第7話 えーい!!

 まずい、この距離じゃ止められない!


「そのバッドエンド、待った!!!」


「?」


「?」


 部屋の中へ急に飛びこんできたのは、螢子だった。けれど、声の主は違った。


「あんたたちねえ、地球の裏側まで行って何をやってんのよ。さっさと帰って来なさい!」


「母さん?」


 螢子がうなずいてささやく。


「さっき電話をかけてスーピーカーにしといたの」


「か、母さん……元気かい?」


「元気かいじゃないわよ!」


 螢子の手のスマホから母さんのよく通る声が響き渡る。


「この大変なときにどこをふらついているのかと思ったら、世界の裏側で親子ゲンカですって? 怒りを通り越してあきれちゃうわ」


 盛大なため息がもれる。


「私今、入院してるのよ。いろいろ家から取ってきてほしいものとかあったのに、うちの男は全然頼りにならないわねえ」


「入院!? 母さん、どこか悪いのか!?」


 父さんが注射器をぶん投げた。それはそれで危ない。


「定期健診でちょっと血圧が高かったから念のため検査するだけよ。ちなみに今20週目」


「20週目? 母さん、それは……」


「もちろん赤ちゃんの話よ。虹典こうすけさんったら相談しようとしても全然つかまらないから、もうひとりで決めちゃったわよ。産むからね、サポートよろしく」


 驚愕の事実発覚!


「えーとそれは、間違いなく俺の子なの?」


「自分で顔を見て確かめたら?」


 ツー、ツー、ツーと寂しい音がする。


「こうしちゃいられない!! 父さんは一足先に日本に帰るよ!」


「無理だって。飛行機とか船とかの交通機関はほとんどストップしてるんだから」


 慌てて飛び出して行こうとする父さんの肩をつかんで引き止める。まるで何も考えず火に突っ込んでいく夏の虫だ。


「ああっ、そうだ。俺のせいで世界はこんなことに……一体どうしたらいいんだ! やっぱり一度死んで呪いを緩和してから……」


「何むちゃくちゃなこと言ってんだよ、それじゃ元も子もないだろ! やっぱり地道にひとりひとり救っていくしか……」


「ねえ、ひとつ試したいことがあるんだけど」


 螢子が口をはさんだ。


「もしかしたら、意外と早く世界を救えるかもしれないわ。おじさんが協力してくれれば」


 父さんは注射器をさっと拾いあげた。


「わかった。一思いに殺してくれ」


 螢子はそれを笑顔で受け取った。そして……


「えーい!!」


 床にたたきつけ踏みつけた。ポキッと針が折れる。


 きっとあのブーツのヒールはダイヤモンドよりも固い。


絨毯じゅうたんが染みになっちゃうけど、ゆるしてねおじさん」


 ポカンとしている親父に悪びれもせず謝り、キュキュッとかかとの水分を床にこすりつける。


「まずは孤軍奮闘してる颯也を助けにいかないと。あとで絶対ねるわよ、あれ」


 真っ二つに折れた注射器の針が、とても心を不安にした。


「胸騒ぎがする。こういうときはこめかみがうずくんだ……」


 螢子がうーんと首をひねる。


「それって仮面の輪ゴムのせいじゃない?」


 ああ、どうりで。

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