第3話 奇岩住居
気づけばヒラクは岩の洞の中にいた。
むき出しの白い岩肌がえぐられて、棚のようなものができている。
出入り口の穴の前には三段ほどの上り階段があり、壁には四角い窓穴がうがたれて朝の光が差し込もうとしていた。
道具も何もなく人が住んでいるようにも思えないが、そこが住居であったことはヒラクにもわかった。眠っていた場所は、床からけずり出して作られた寝台だ。
ヒラクは寝台から起き上がると、出入り口の穴から身を乗り出して外を見た。
そこには信じられない光景が広がっていた。
砂漠の中にいくつもの奇岩が点在し、赤紫色に染まる朝焼けに奇妙な影を浮かび上がらせている。それはいびつな形のキノコのようにも見えるし、得体の知れない生き物の骨のようにも見える。ヒラクが今いる岩屋もその一つだ。
ヒラクは出入り口から地面に飛び降りた。
ヒラクがいた場所は外から見ると、岩屋の二階部分で、一階部分は中まで砂利が入り込み、ほとんど砂に埋もれていた。
岩の中は一定の温度に保たれていたようで、外に飛び出た瞬間、ヒラクは全身で外の冷気を感じた。
ヒラクはぶるっと身震いした。遠くに岩山が見える。その向こうにはアノイの地があるのだろう。
「ユピー、どこにいるのー?」
ヒラクは朝の寒さに震えながら、砂漠の奇岩住居の中を見て回った。
青白くかげる奇岩群は北の山をはるか後方にして南西方向にのびている。
東には砂漠が広がる。
ヒラクはユピを探しながら、奇岩群の中を南に向かって進んだ。
歩き始めてもう数時間が経過しようとしていた。
すっかり昇った太陽が頭上から容赦なく照りつける。
ヒラクは腰に巻いた帯をほどき、小袖の暖衣を風にはためかせた。
乾いた風が砂塵を運び、汗ばんだ体にはりつく。
砂まじりのつばを飲み込み、ヒラクはのどの渇きに耐える。
携帯している水は残り少ない。山越えのときよりも体力の消耗が激しい。
ヒラクはユピの身を案じた。
(ユピ、どこ?)
ヒラクは全神経を研ぎ澄ませ、ユピの存在に意識を集中する。
一瞬風がやみ、かすかな声が岩の中から聞こえたような気がしてヒラクはハッとした。
形も色も他とは何も変わりないが、ヒラクの目には一つだけちがって見える奇岩がある。
(ユピ、そこなの?)
ヒラクは奇岩の一つをめざし、出入り口から中に飛び込んだ。
「ユピ!」
岩穴の中に入り込む砂にまみれてユピが倒れていた。
「ユピ、しっかりして!」
ヒラクは駆け寄り、ユピの頬に手をあてた。
「……ヒラク?」
ユピは薄く目をあけた。
「……ここは?」
「ここは山の向こう側だよ」
「……山の、向こう側?」
「そうだよ。ほら、来てみてよ」
ヒラクはユピを抱え起こして岩屋の外に連れ出した。
ユピは呆然としながら、砂地に半ば埋もれかけた奇岩群を見渡した。
「どうしてこんなところに……」
「狼が連れてきてくれたんだよ。ユピもそうでしょう?」
ヒラクは明るく笑って言うが、どうやってここまで来たのかユピにはまるでわからない。ただいつもの闇に沈む感覚が残る。ヒラクが言う狼の姿は、まるで自分が見たかのように脳裏に焼きついている。その理由を考えようとすると、激しい頭痛に襲われる。
「ユピ、大丈夫? 顔色悪いよ」
ヒラクは心配そうにユピの顔をのぞきこんだ。
「大丈夫だよ……。それより、これからどうするの?」
ユピは不安げに尋ねるが、ヒラクに何か考えがあるわけではない。
「わかんない。とにかくユピを探さなきゃって思ってたし。でもこれだけへんな家があるんだから、一人ぐらい誰か住んでいるかもしれないよ。探してみよう」
「この岩を全部見てまわるつもり?」
ユピはあきれたように言った。
「この炎天下でむやみに動き回るなんて危険だよ。水だって残り少ないし」
「もう少し太陽が傾けば、岩陰に沿って移動できるしだいじょうぶだよ」
ヒラクは元気に言ったが、結局、その日は何もみつからず、ヒラクとユピは喉の渇きに耐えながら、奇岩住居の一つで夜を明かすことにした。
「月が欠けてるね……」
岩屋の天井近くにうがたれた小さな窓から月を見上げてユピがぽつりとつぶやいた。
イルシカならば三日もかけずに山を越えるが、ヒラクたちの山越えは、思った以上に時間がかかり、アノイを出てから四日後の満月には間に合わなかった。
ヒラクは山を越える前に満月になってしまったことにとっくに気づいていたが、決して口には出さなかった。
「僕のせいだね」
ユピはヒラクが思ったとおり、自分を責めるように言った。
「僕が君の足手まといになったから……」
「でも、おれたち山を越えられたよ」
ヒラクは明るく笑って言った。
「次の満月まで待てばいいんだよ。月は欠けてもまた満ちるさ」
ヒラクは明るい明日を信じて疑わない。
ユピは何も言わなかったが、次の満月まで一体どう過ごせばいいのかという不安でいっぱいだった。
水は明日までもたないだろう。
ヒラクにもそのことはわかっていた。
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