街角探偵は書店を歩く
四葉みつ
書店を歩く・1
書店はいい。
とある昼下がり、迷い犬探しの仕事が一段落した私——
店内をうろうろしていると、ふと1冊の本が目に付いた。
「なぜこの本がここに……?」
海外文学が並ぶ棚に、なぜか数学の参考書が挟まっている。
しかし本屋ではままあることだ。おおかた買おうと思って手に取った本を、心変わりして適当に棚に戻したのだろう。
別に私は本屋の店員ではないが、こういうものは綺麗に並んでいないと気が済まない。その本を手に取ると正しい分類の棚へ向かって歩き出す。
通常、書籍は日本十進分類法というもので仕訳されている。様々な知識を1から9の数字で分類し、書籍の主題に当てはめる。どれにも属さない知識を0と分類するがその話はここでは置いておく。
図書館では綺麗に区別されているが、小さな書店では全ての分類を取り扱っているわけではないのでこの限りではない。しかし私のお気に入りであるこの古本屋にはそこそこの蔵書があり、十進分類法に基づいて丁寧に本が並べられている。これがお気に入りになっている
図書館では三桁の数字で表されているが、ここはさほど大きくない店。最初の二桁で分類されている。
さて、手元にあるこの参考書だが、数学の分類は「41」だ。該当の棚へ行くと、そこで私は更に一冊の本を見つけた。
数学の書籍に挟まれて、高校生用の経済参考書を見つけたのだ。
(ははあ、これは高校生の仕業だな)
経済の参考書を手に取ったまま数学の参考書を探しに来たが、目当ての書籍が高額だったので両者を天秤に掛けて経済が負けたというところか。
私は経済の参考書を手に取ると、空いた隙間に数学の参考書を戻した。
すると今度はここに居場所のない本が手元に残ったわけだ。なるほど、今度は経済の棚に行く必要がある。分類は「33」だ。
私は予感していた。
経済の参考書が収まるべきところに、きっと別の本が入っているはずだ。なんとも仕方のない高校生だ。しかし選ぶ本でなんとなく人物が想像できてしまうのは実に面白い。
そうしてたどり着いた経済の棚で、私は小首をかしげた。
「……ボーア戦争」
ボーア戦争、つまり南アフリカ戦争だ。高校生なのだから世界史で習うのかもしれないが、紀元前の出来事から勉強する学校の授業で、アフリカのことだけを掘り下げることはないだろう。
(大学生かもしれないな)
気を取り直して私はそのボーアの本を取る。当然この本は経済の分類ではない、「24」アフリカ史だ。
世界史を専攻している大学生が、家庭教師のバイトのために経済と数学の参考書を手に取っていた。私はそうストーリー付けた。
そうしてアフリカ史の並びに置かれていたのは、宇宙物理の参考書だ。いよいよ家庭教師の線が色濃くなってきた。
宇宙物理の分類は物理ではなく天文学、「44」にあたる。場所は最初の数学の位置に近い。
いやしかし、高校で宇宙物理なんて習ったかなと首をかしげながら天文学の棚で見つけたのはニーチェの代表作『ツァラトゥストラはこう言った』だ。これは「13」の西洋哲学に分類される。
(なるほどなるほど、世界史や西洋学を専攻している大学生だな)
などと考えていると、次に目の前に現れた書籍は太宰治の『走れメロス』だ。突然の日本文学だが、メロスの題材は紀元前ギリシャのシチリア島にある伝説が元になっているので世界史からは大きく外れない。
ニーチェに太宰治、有名どころの本は読んでいて損はない。さぞや勉強熱心な大学生なのだろうと思いながらメロスを持って日本文学、つまり「91」の棚に行くとそこには建築学入門の書籍があった。
「建築……?」
世界史の専攻はやめて建築の道に進むということか? サグラダファミリアにでも感化されてしまったか。
(いやいや、そんな馬鹿な)
店内で本を選んでいる途中で専攻が変わるわけがない。
何かがおかしい。
私は違和感を覚えると、建築学入門を手に取って足早に次の場所へ向かった。建築学は「52」の棚だ。
違和感の理由はひとつ、途端に人物像が見えなくなったからだ。
仮に参考資料を集めている小説家だとしよう。しかし建築入門の本を買うにしても高校の参考書を買うのに理由がないだろう。だったら数学も物理も、もっとちゃんとした専門書を買えばいい。まさか我が子のために買ったとでもいうのか。
そもそも書籍の場所を入れ替えている人物は、これらの本を手に取ってはいるが購入したわけではないのだ。
建築学の棚で次に見つけた本のタイトルは『武士道の真髄』、ほら、今まで手にしてきた本ともおうどことも接点が思いつかない。
(武士道は東洋思想……12か)
足を運んだ「12」の棚で、私は世界的ベストセラーの本を目にする。魔法使いの少年が魔法学校に入学し、その学園の秘密や死に別れた彼の両親の過去に迫るという、数十年前に爆発的に売れたイギリスの有名なファンタジーだ。
分類は英米文学「93」、つまり最初の数学の参考書を見つけたあの棚だ。
私は元の位置にその本を戻した。
手元にもう本はない。
「これで一回りというわけか」
結局、本を入れ替えた犯人は1冊も書籍を購入していないようだ。入れ替えるだけ入れ替えて、満足して帰ったのか。まさかここまで来て、全て別の人物の仕業でしたということはないだろう。これだけ綺麗に繋がっているのだ。
何かを訴えている。
私はハッと顔を上げると、馴染みの店長が座るカウンターへと足早に駆け寄った。
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