第11話 ひな人形の怪(2)

なら、夕飯はとんかつにしようか!」と母が言って、いつも用意している特大のブロック肉を厚く切り始めた。


魔物浄化に行く前には母は必ず験を担ぐ。入試じゃあるまいし!とも思うが、肉は颯さんの大好物だから、これで良しとしている。


颯さんは浄化に行く前、私にいつも注意点を話してくれる。今回はかなり厄介だ。


「ひな人形というのは、元々産まれてきた子供が災厄に見舞われないよう人形に移し、身代わりとして作られたものだから魂が入りやすいんだ。魂の入っていない人形に災厄を宿した魂が生まれる。魂を持ってしまった人形であっても毎年飾って、愛し、手入れをされている時は決して災いをもたらす事は無い。だが古くなり、時代とともに忘れられ、供養もされず粗末に扱われた人形は時間が経てば経つほど強烈な怨霊となってしまう。」


「つまり、歴史館に展示されている人形達は忘れられていた存在という事ですか?」


今、展示されている人形達は個人の寄付が殆どだという。


「ああ。確かにそういった気配もあるが、そこまで強烈ではなかった。今回はとてつもない妖気を感じるんだ。それに今夜は私一人で行く。明日香は関わらない方がいい。」


「どういうことですか?!」


「明日香は人間だから。それに・・・」そう話しかけたところに、母が慌てた様子で来た。


「明日香!瑠衣ちゃんが病院へ運ばれたって。お祖母様から連絡がきたわ。」


「えぇ!どういうこと!」


「学校から帰ってきて倒れたらしいの。今検査してるって。」


それを聞いた颯さんは「もしかして・・・。明日香、すぐ病院に行こう。」と言ったのだ。

「はい!」取るものもとりあえず、母の運転で急いで病院へ行った。


病室に入ると人形のように白い顔をして、目を開けているが全くの無表情で天井を見ている瑠衣がいた。病室には顔面蒼白の瑠衣の祖父母もいた。「明日香ちゃん…。」と苦しそうな表情で私を呼んだ。


息を吞んで「お祖父さん、お祖母さん。これは一体…。」と言うのが精一杯だった。


「学校から帰って部屋に入ったきり呼んでも返事が無かったから部屋に行ったの。そしたらブツブツ何か言っていて、名前を呼んでも反応しなくてね。そしたら急に意識が無くなって。慌てて救急車で病院に来たの。でもどこにも異常は無いって。だけど、こんな状態になってしまって…」と、お祖母さんが涙声で言った。


すると姿を消して私の側に居る颯さんが「瑠衣ちゃんから妖気がする。辛うじてお守りに守護されているがこのままでは乗っ取られる。」と言った。「え?!」 思わず叫んでしまった。まさかお守りが効かなかったの?!


「「??」」


瑠衣のおじいちゃんとおばあちゃんは一瞬不思議な顔をしたので、慌てて「瑠衣があまりにも白い顔してるのに異常が無いってどういうことかと思って。」と、取り繕った。


「本当にね。だが医者はどこも悪くないと言うんだ。この子は娘夫婦に散々傷つけられてその傷がやっと癒えたのに、またこんな事になってしまって。何故この子ばかり苦しまないといけないんだ。」とお祖父さんも辛そうに声を震わせた。


この瞬間、瑠衣をこのままには出来ない。助けたい。颯さんがダメと言っても一緒に行かなきゃ!

そう決意した。

娘の何かを察した母は「明日香。お母さん用事があるから帰らないと。また明日来たらどう?」


「うん、そうする。お祖父さんお祖母さんすみません。明日また来ます。瑠衣は強い子だから絶対に良くなると信じてます。」そう言って病室を後にした。


颯さんはずっと無言で何か考えているようだった。家に着いてから私は颯さんに話しかけた。


「颯さん、私も行きます。瑠衣を助けたい。」「・・・。」

「お願いします。一緒に行かせてください。」


「瑠衣ちゃんが元に戻るかは五分五分だ。あの状態だと体も心も乗っ取られるのは時間の問題だ。

明日香も憑依される恐れがあるんだ。そうなってしまったら私でも手を焼くかもしれない…。」と、重い口を開いた。


「自分の身は自分で守ります。私には精霊の笛という強い味方がいますから。絶対颯さんの足手まといにならないように気を付けますから。」そう懇願した。


すると「行くなら、これを持っていきなさい。」と父が小さな巾着袋に入った何かを持ってきた。

「これは?!」「御守りだよ。中には不動明王像が入ってる。明日香の力になってくれるよ。」


袋を開けるとシルバーグレーに赤褐色がちょんちょんと混じった高さ10㎝くらいの不動明王像が入っていた。


「父上。これは…。」颯さんが少し驚いている。

「颯。これで心配は無いよ。」


「この不動明王像は、この寺が開かれてからずっとあるものだ。強力な魔除けの石で出来ていてしかも不動様の霊力もたっぷりと入ってる。これで明日香は守られる。」

さらっと父は言ったが、つまり千年前の物。しかも当時は超貴重なヘマタイトの石。


「それって国宝級!というか国宝じゃない!!そんなの持って行ける訳ないじゃない!失くすかもしれないし壊れるかもしれない。そうなっても責任取れないし!無理無理!何考えてるのよ!あ~~もう!訳分かんない!」と喚いた。


そんな私に父は静かに「大丈夫。元々これはこういう時のためのものだ。」

「いや、しかし。」

「明日香、これを身に着けるなら連れて行こう。」

「・・・はぁ、分かった。でも何かあっても責任はとれないけど。」

そう言った私は間違っていないと思う。


そして夕飯にとんかつを食べてエネルギー補給をし、準備万端整えて夜10時頃歴史館へと向かった。

私は精霊の笛を母手作りの布袋に入れて袈裟懸けにし、太くて丈夫な縄に巾着袋の紐を通して腰に縄を何重にも厳重に巻いて結んだ。いつものように颯さんはオオカミに姿を変え、私は背中に跨った。


**


歴史館は街外れの東側にあり、豪農が住んでいた屋敷が今は歴史館となっている。

観光スポットとしても人気がある。棟門を入ると池泉回遊式の庭園があり、手入れがされた立派な松に、春は梅や桜夏はつつじ秋は紅葉を楽しめる。


建物の外観は入母屋造りでとても大きく、中に入ると手前から奥に部屋が三部屋あり、それぞれの部屋が20畳ほどある。襖で区切られた部屋を開け放ってひとつの空間にして展示がし易いようになっている。


**


歴史館に着くと、颯さんは建物の外から警戒しながら気配を探っている。

下弦の月が建物をうっすらと映している。不気味な静寂が辺りを包んでいた。


「外も中も気配が全然無い。」「隠れているのでしょうか?」


「中に入ってみよう。」そう言って、警戒しながら中へと入った。玄関に入って上がりかまちを昇る。

奥に少しずつ進むと、巨大な20段飾りのひな壇が一番奥の部屋にあった。何故かその部屋だけ明るく電気が灯っていた。

そして私達は展示スペースを見て驚愕した。そこには、ひな壇があるだけで人形が一体も無かったのだ。


「え!!!人形が無い!!」


「いや・・・。必ずこの屋敷内に居る。」


すると突然ハッ!!と颯さんは後ろを振り返った。その勢いにビクッとして私も後ろを見た。


「うっ・・・・!!」驚きすぎて声が上擦った。


いつの間にか私達の後ろにおびただしい数の人形が姿を現していた。

内裏雛、右大臣、左大臣、仕丁、三人官女、五人囃子。1000体はあるだろう。

その人形全ての眼が生きているように瞬き、しかも本来座っている形の人形も全部立っていた。


ふいに一対の親王が話し出した。「クックック!来たか。卑しい人間とあやかし風情が。我らに勝てるつもりでおるのか。」「まあ、吾が君あがきみ。そのような物言いはお控えなさいませ。このような下賤な者共、相手にする価値もございませぬ。」「そうよのう。ふ、ははは!」

「おほほほほ!」


それを皮切りに「さもありなん!」「身の程知らずが!!」「下郎!」「馬鹿に付ける薬など無いわ!」「月夜の蟹みかけだおし!」「うんつくバカ!」「あばずれ!」「カッコつけんなよ!」など大昔から現代の悪口雑言のオンパレード。散々な言われようだった。


本来は美しくて可愛くて上品な雛人形が口汚く罵ってくる様ってどうよ。今後、自分のひな人形見たらトラウマになりそうだ・・・・。



言いたい放題の人形達を静かに見ていた颯さんだったが、ひと言「いい加減正体を現したらどうだ。妖鬼。」と言った瞬間ピタッと止り、静寂が戻った。


「クク。ほほほ。そうか。気付いていたのか。」男女の声が混じって聞こえた。

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