旅路の果てに
思えば、長い人生だった。
男は来た道を振り返り、独りごちる。
一番嬉しかったことは?
一番悲しかったことは?
そんな問いがいかに無粋で無意味であるか、男は今、身に沁みて感じている。
人生という旅路の中に、優劣や順位をつけられるものなど何もない。
全てが刹那的で、そのどれもが大切だった。
身に余るような幸福も、耐え難いような悲しみも。
終着点は近い。
その先にはもう、道はない。
ぼんやりと、人影が見える。
あぁ…ようやく、この旅も終わる時が来たのだ。
『久しぶり。待ちくたびれたよ』
少し呆れたように微笑むその笑顔は、あの日から少しも変わっていない。
ずっとここに存在して、今日の日を、待ち続けていたのだ。
『すまない、随分と待たせてしまった』
男は、皺の刻まれた目元を柔らかく細め、微笑んだ。
年月を刻み、頼りなく細くなった男の腕を支えるその指には、真新しい銀の指輪が光っている。
男の指に光る指輪もまた、かつては同じ輝きを放っていたのだろう。
年月は、その恐ろしい力で全てを変えてしまう。
人は老い、草木は枯れ、何もかも朽ちていく。
それでも変わらないものが確かにあることを、今、固く結ばれた二つの手が物語っている。
長い長い旅路の果て、変わらぬ想いだけが、ただ此処に在った。
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