不思議な本屋さん

舞波風季 まいなみふうき

不思議な本屋さん

 ここは本屋さん。

 いつから開いているか詳しく知っている人は誰もいません。

 かくいう店主の自分すらいつから始めたのかとんと記憶にありません。

 ついこの間始めたような気もするし、はるか昔からやっているようにも思えるのです。


 店構えはというと間口は2間ほど、奥行きはその倍くらいでしょうか。

 中央と両壁の書架にびっしりと本が並んでいます。


 歴史、文学、科学、政治、経済などから娯楽本の類までほぼすべての本が揃っています。


 ほぼすべての本?

 この狭い本屋に?


 ありえない、そう思うでしょう?

 ですが、事実そうなのです。


 というのも書架の本はいつも同じ、ではないのです。


 例えば私がとある国のことを知りたいと思ったとしましょう。

 そうすると書架はその国のことが書かれたあらゆる本でいっぱいになります。


 その国の歴史が知りたいと思えば歴史書が、生活文化が知りたいと思えば服飾や料理の本が並びます。中には個人の日記のようなものまで。


 そして店内をぐるっと一周して戻るとそこにはまた新しい本がならんでいます。

 そしてまた一周して戻るとさらに新しい本がならんでいるのです。


 そう、ここはまさに尽きることのない知識の宝庫なのです。


 ところでここにお客さんは来るの?

 という疑問の声が聞こえてきそうですね。


 もちろんお客さんはいらっしゃいます。

 しかもひっきりなしに。

 とはいえ私も本をお売りしたことは覚えている限りではないのですが。


 それは本屋とは言えないのでは?


 確かにそうですね。

 そもそもここは本屋と謳っているものの本を売ることを目的にしている訳ではないのです。


 知識の蓄積と閲覧とでも言えばいいのでしょうか。


 この世界のことすべて、というよりこの宇宙のすべて、始まりから今の今までのすべての事柄がここに本として並べられているのです。


 知への探究心が旺盛な方にとってはまさに楽園と言ってもいいでしょう。


 まあ、書架に並ぶ本にはさして興味を示さずに奥の部屋に入っていってしまうお客さまも多いのですが。


 そしてここに来るお客さまの殆どは、前の人生を終えた方です。


 ですが中には人生を終える前にここに辿り着ける方もいらっしゃるようです。

 稀ではありますが。


 え、私ですか?

 そうですね、名前などはないのですが。

 格好をつけて『すべてを知る者』とでも名乗っておきましょうか。


 あなたもいずれはこの本屋さんに来られることでしょう。


 その時にお会いしましょう。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

不思議な本屋さん 舞波風季 まいなみふうき @ma_fu-ki

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ