褐色美女は童貞を捨てたい~迷宮を美少女と共に~

世も末

迷宮ダイヴ

第1話変態脅される

「ふぅ…………ッチ。スリルが足んねぇな」


 灰がかった色の頭髪に深紅の瞳の女性が機嫌が悪そうに呟いた。


 たった今殺した魔物の血を蹴りを放ち振り落す。口調の荒い女が脚部に装備している漆黒のグリーブ。貴重な竜の鱗を加工して製作されており、そこいらの探索者では手が出ない程の高級品だ。


 この女性探索者が装備する“モノ”は通常の装備とは次元が異なっていた。


 探索者とは迷宮と呼ばれる場所に深くまで潜り、様々なお宝を持ち帰ることを生業としている。その過程で迷宮深度と呼ばれるレベルが高くなるほど、潜っている探索者の身体が強化されて超人となっていく。


 往来の性格や特質が反映され腕が大きくなったり、獣の様な特性を得たする。髪の色が変わる事など一般常識であり現在の日本には黒髪の人間など稀な存在だ。


『超越者』――そう呼ばれる人間が世界には数十名ほどいる。


 超越者の身体は人間を超え一種の魔物となってしまっていると、近年研究者の報告で判明している。そして、魔物や特殊な金属を加工して製作した武器や防具も探索者と共に成長するのだ。


 これは探索者の常識であり、愛用する武器は厳選に厳選を重ねて選択される。迷宮深度のレベルが高い場所に挑戦する際に強化されている武器が無いと話にならないからだ。


 そして、探索者の女性がが装備している『レガリア』と呼ばれる特別なグリーブ。


 名を『悪食貪竜あくじきどんりゅう』呼ばれており。超越者達のみが使用できるレガリアの中でも特に気性が激しく、魔物を攻撃する際に喰っていくのだ。


 デメリットも存在しており一定期間魔物を捕食しなければ装着者の肉体を内側から蝕み始めてしまう。うっかりグリーブへの餌やりを忘れようものなら、大量の血液が流れ出てしまう。


 超越者の装備するレガリアはどれも強烈なデメリットが存在するが総じて強力だ。装着者と融合し巨大な狼に変身するモノや、数万本の触手を伸ばすモノ、要塞の様なロボットになり固定砲台になるなど千差万別だ。


 この女性のレガリアの特性は悪食。


 超越者になる前は普通の性癖を持つ内向的な女性であった。それが急激な成長による肉体変化の過程で性癖を捻じ曲げられ、レガリアの性質に引きずられ半陰陽フタナリとなってしまった。


 攻撃的な言動に変わり魔物との戦いでスリルを求め、男性的な性的思考になってしまった。


 特にタチが悪いのは――――


「んっ――――あんっ!」


 探索中の迷宮内でないと“イケなく”なってしまったのだ。


 超越者となった人間は老化する事がほぼ無くなり、永い時を生きることになる。


 この女性は迷宮が発生した黎明期から生きており、数十年も使用されることない筋金入りの処女なのである。


 それなのに一部だけ男性化されれば色々と拗らせてしまった。


「ふっ――んぅ」


 性格も荒くなり背が二メートル近くに伸びた。彫刻の様な美しい肉体美を誇り、胸も大きくハリがある。健康的な褐色肌には女性らしいくびれだってある。


 だが――モテない。超越者である彼女が道を歩けば人々が道を開け。迷宮探索者協会へ依頼を受けに行けば室内が静まり返る。


 探索者の間では『人間喰いマンイーター』と不名誉な二つ名で通っている。もちろん彼女は一度だって人間を喰った事は無いしずっと昔から独り身だ。


 いずれ、尽くしてくれる可愛い女の子をゲットして、ちやほやされアヒンアヒンな毎日を送ってやると心に誓っている。


 言動は荒くなっているが内面は意外とロマンチストであり超奥手なのだ。


 今日も今日とて迷宮内で“励む”。


 超越者としての頑強な肉体には余計な装備は足枷にしかならない。女性の格好も丈夫な革製の水着の上にホットパンツを履いている痴女スタイルである。


 スカートを履こうものならナニの膨らみを目撃され悪質な二つ名が増えてしまう。


 ホットパンツをズラして励んでいるがここは迷宮内であり、周囲の警戒を怠ってはならない。


 彼女は油断していた。なかなか“イケない”事に普段より熱中して警戒が疎かになっていたのだ。


 ――ああ、もう少しでイケなのに……時間が掛かるのは世の中が悪い。


 女性は自身の不幸は全て世界が悪いのであって自分はまったく悪くないと意味の分からない厭世観えんせいかんを胸に抱いた。


 悶々とする中、背後から砂利を踏む音が聞こえた。


 手にナニを握ったまま背後へ振り向くと普段お近づき出来ないであろう美少女が驚愕の表情をしていた。


 迷宮の調査の為に開発された『魔導器アシガル』。探索者の背後に追従し映像を撮影したり、情報の送受信機能も付いている。


 金銭を支払えば様々なオプションが選択できる。物資の運搬ができるウェポンラックや牽制目的の重機関銃なども付け替えることが出来る。


 特に人気コンテンツである『迷宮配信者』なるものが台頭しており、美少女の背後に浮かんでいる魔導器アシガルには配信者用のオプションが装備されていた。


 女性のハイスペックな視覚と判断能力が社会的に最悪な事態であると答えを出している。


「――あ゛」


 イク寸前であったナニは無情にも暴発してしまい。今まで生きてきた中で最悪のシーンを撮影されてしまう。……そうだ、魔導器アシガル君を破壊すれば。


 女性が行動に移す前に美少女に手を打たれてしまった。


「!! 動かないで下さいッ!! ――この撮影したデータは私の専用サーバーに送信しています!! もし、私を消した殺したとしても探索者協会の調査が入ればあなたの痴態が世間に出回りますよ!?」


 綺麗な黒髪を振り乱しながら精一杯脅してくる美少女ちゃん。女性には可愛いワンちゃんがきゃんきゃん吠えているようにしか見えないのだが、女性の状況はかなり悪い。


 生配信を行っていなかったことがせめてもの救いであった。


 動くな! と言われてしまい律儀に従う女性。


 内心、手に付いたナニを拭い取りたい気持ちで一杯なのだが動くことも出来ずに困ってしまう。


 早く示談するなり要求を突きつけるなりしてくれと心の中で懇願する。


「この映像を消す代わりに私に協力して下さい。――迷宮の最深部を目指すと言う目的の為に」


「は?」


 その要求がどれだけ重たい事なのか理解していないのであろうか? と女性は思う。


 数多くの迷宮は世界に存在するも一度たりとも踏破された事は無い。一説によれば全ての迷宮は根の様に広がっており心臓部たる最深部は全て繋がっていると。


 なぜ? と問いたいが今は脅されている身。


 ナニを離したくても離させてくれないのだ。――どうしよう……でも美少女とお近づきになれるチャンスなのでは?


 欲望に塗れた葛藤を抱きながらも美少女は返答を急かしてきた。


「あなたの答えは『はい』か『YES』その二つだけです。いえ、『是』でも『ダー』でもいいですよ? 日本國人です……よね?」


 どうやら『人間食いマンイーター』の事を知らない新人の迷宮配信者なのだろう。いくら浅い迷宮深度であっても彼女を知らない探索者など……割といるかもしれない。


 真剣な目で訴えて来る美少女に女性は違和感を覚える。確かに探索者の至上命題は迷宮踏破だ。

 

 だが、毛も生えていなさそうな初心者ぽい者にできる事ではない。何か理由が――


 会話で警戒を怠っていたので美少女に迫る魔物にギリギリまで気づく事ができなかったようだ。


 美少女の背後から頭部目掛けて獣型の魔物が迫って来ている。すでに口を大きく開け頭を噛み砕く寸前だ。


 ――仕方ない。


起きろGet Up――悪食』


 獣の咆哮とも言うべき言語を女が発するとグリーブ『悪食貪竜あくじきどんりゅう』が目を覚ます。各部位が口の様に裂け鋭い牙がギチギチと音を立てる。


 美少女には女性が消えたようにしか見えなかったであろう。地を蹴り音を置き去りに美少女の背後に移動する。


 迫り来る魔物の口内へ蹴り足を叩き込むとそのまま体内へ突き進んで行く。


 高速の蹴撃に対応しながら開いた竜顎で魔物の臓物を喰い荒らしていく。


 このスプラッターな戦闘スタイルが女性の超越者としての本骨頂であり、人間喰いマンイーターと呼ばれる所以ゆえんである。


 体内を喰い荒らされた魔物は絶命して肉塊になる。しかし悪食の食事は終わらない。


 バリバリと魔物を喰い荒らす凄惨なシーンは美少女にはきつかったようだ。口元を抑えながら嗚咽を耐えている。


「お嬢ちゃん、これでも俺に協力を要請するのかい? ――バリバリと頭から喰われちまうかもよ?」


 そんなことを思ってもいないのだが、これがどこか捻くれた女性の処世術だ。


 仲良くなる事で嫌われる事を恐れてしまう。だから、知り合う前にやんわりと拒絶するのだ。


 諦めてくれただろうと美少女に背中を向け去ろうとする。


「――ま、待って下さい! お願いします――妹の、妹の為に私は迷宮に潜らなければいけないんです!!」


 その言葉に女性は足を止め振り返る。


 美少女の瞳に見える仄暗い光は、死を覚悟している様に見えた。過去に何度も見た事がある。そいつらは迷宮に決死の覚悟で挑み――二度と帰って来ることは無かった。

 

 感情が高ぶったのか涙を流し始めている。――いじめるつもりはなかったんだけどねぇ。


 少し長めの溜息を吐き顔を振る。頬を掻きながら照れくさそうに美少女に返事をする。


 女性は他人と会話すること自体久しぶりだったので自己紹介をするのが恥ずかしかったのだ。


「――お嬢ちゃんの名前は? 俺は黒喰クロハミ。ただの、クロハミだ」


 黒喰は美少女に近づくと手を伸ばし握手を求めた。


「私の名前はアサガオ リン――リンでいいです。…………それと、汚いので触らないで下さい」


 黒喰の手には白い粘性の“ナニ”が付着したままであった。


 凛はゴミクズでも見るような目で黒喰を軽蔑していた。


 美少女の手には肘まで届く黒い革製の手袋をしている。潔癖症のきらいがありそうだな、と思うもいかんせん“ナニ”のシーンを目撃されているからそうも言えない。


 二人の出会いは最悪の一言だった。


 迷宮最深部へ潜るために黒喰を利用するために彼女は妥協してお願いしているようだ。


 先程見せた強さももちろん彼女の中で加味されているのだろう。


 迷宮内で“ナニ”をしている変態と誰だって一緒に居たくない。


「妹の為に変態さんと迷宮最深部を目指すのです。本当は一緒に居たくありません――ですが、私を助けてくれたので悪い人ではなさそうです。なので――協力、お願いしますね?」


 その時見せた笑顔に黒喰はきゅんきゅんしてしまう。――迷宮探索を付き合うぐらいなら良いかな? と、なるくらいには胸がきゅんきゅんしたようだ。


 握手の姿勢をしたままだった黒喰は手を引っ込めると黒い革製のホットパンツで拭い取る。だが、その時二人は気付いてしまった。


 ――ナニを出したままである事を。


「き、きゃああああぁぁぁぁぁああぁああぁぁぁっ!!」


 凜は迷宮出口へ駆けだして行く。


 その場に残されたのは間抜けな格好をした変態だけであった。

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