進め!魔法青年ベルナルトwithスズ
佐楽
第1話
柔らかな陽射しにさらりとした淡い色の髪が透けて長いまつげがその下に見える。
目元にかかる髪をそっと退ければむずむずと鼻をひくつかせて薄く目を開ける。
「おはようスズ、よく寝れたかい?」
眼鏡をかけた優しげな男性が声をかけると少年は起き上がってくるまっていたシーツをすとんと落とすと猫がするような仕草で顔を擦った。
露わになった艷やかな髪から三毛模様の猫のような三角耳が生えている。
男が耳のあたりをくいくいと触れるとくすぐったそうにするのが可愛らしくてついつい撫で続けてしまうがあまり長い時間やると嫌なのかふい、とその場から離れてしまうため注意が必要である。
適当なところでやめると、男はスズがまたぼんやりと座っているベッドから立ち上がり部屋の扉を開けた。
「朝ごはんにしよう、おいで」
階下から漂う良い匂いにつられスズはのっそりとベッドから立ち上がって男のあとについていった。
階下に降りていくと宿屋の主人が声をかけてきた。
「やあ、おはようベルナルトさん。よく眠れたかい」
「ええ、ゆっくりできました」
まだ眠たげなスズを見て主人が微笑む。
「坊主はまだ眠たげだな」
スズはちら、と主人を見るがまたふいと顔をそらして大きく欠伸をした。
ベルナルトが苦笑する。
「彼はあまり人間の言葉がわからないんです。すいません」
「いやいや、いいさ。席についてくれ今メシ持ってくから」
食事をしていると、隣のテーブルの客らがしている話が耳に入ってきた。
「やっぱり迂回するしかねえかもなぁ」
「ああ、どうしようもないもんな」
旅装の商人のような身なりの男二人がぼやきながら話していると、そこに宿屋の主人の妻である女将がやってきた。
「聖木の街道かい?あそこまだ通れないの?」
「ああ、何でも街道の途中にとんでもないバケモンが出るらしくてな。旅人を襲うらしいんだ。俺たちはこれからフリート国に行きたいんだが昨日それを聞いてどうしたもんかと考えているところさ」
フリート国へは聖木の街道を通るのが一般的であり最も近いルートである。
ベルナルトはナイフとフォークを置くとイスから立ち上がり話をしている3人のもとに近づいた。
「すいません、今聞こえたのですが聖木の街道通れないのですか?」
三人がベルナルトの顔を見る。
いかにも大人しそうで物腰の柔らかい彼に特段警戒はしなかったようだ。
「ああ、あんたも街道通る予定なのかい。今あそこ通れなくなってて引きかえして迂回するやつがたくさんいるんだよ」
「俺らもあそこ通ってフリート国に行こうと思ってたんだが引き返してきた奴らからそう聞いてね」
はぁ、とベルナルトは顎に手を当てて考える素振りを見せた。
「聖木の街道といえば名前の通り聖木が護る安全な道として有名ですがそんなところに魔物が?」
「いやー俺たちもよくわからないんだが、引き返してきたやつらも何故か通れないっていうんだ。前に進もうとしても気づくと後退してるとかで」
「それは妙なことですね。結界か、幻惑系の魔法か何かでしょうか」
「さぁね、だから近々魔法都市から調査に来るらしいがそれまで待ってもいられないしな」
男たちと女将は深いため息をつきながら早くどうにかならないものかと延々と愚痴をこぼしている。
ベルナルトは少し何かを考えてその場から離れテーブルに戻るとすっかり満腹になったスズが顎をテーブルの上に乗せて寛いでいた。
「満腹かな?もう少ししたら出発するからね」
ベルナルトは宿屋のある村の魔法アイテム店で治療薬を見繕うと、スズと共に聖木の街道へと足を向けた。
聖木の街道をとは聖なる巨木がシンボルとなっている古い道でありいつもなら多くの旅人で賑わっているが今日は人影はまばらだ。
しかも殆どが途中で引き返していく。
すでに例の地点から帰ってきた連中がこれから行こうとしている者たちに注意喚起をしている。
「よくわからんが気付いたら引き返してしまい前に進めねえ」
ベルナルトも彼らの一人から教えられ、その場で礼を言いながらも引き返すことはせず前へと進んでいった。
やがて、異変が起こったのは聖木に近づいた辺りだった。
鬱蒼としている巨木の影に差し掛かった辺りでなんとなく頭に靄がかかるような不快感を覚えたかと思うと今まで前方にあった巨木を背にしている。
通り過ぎたのではなく、知らないうちに踵を返しているのだ。
ベルナルトはしげしげと巨木の木肌を見上げると突如手のひらに炎の球を発生させそれを巨木に向かって発射した。
途端にボヒュン、と火の球が空中で消える。
風もないのに巨木が枝を震わせた。
気持ちの悪い風が頬を撫でる。
「誰だ!聖木のもとで火を使う不届き者は!」
地震のように怒号が響く。
スズの耳がピン、と立った。
「すいません、どなたさまでしょうか」
ベルナルトがいつものように腰を低くして尋ねると声の主はさらに苛ついた声を上げた。
「お前知らないでいきなり攻撃してきたのか」
「はぁ、とりあえずこの妙な魔法の発生源だったものですから」
すると声の主は呆れたと言わんばかりの声で咆えた。
「これだから若いやつは…常識がない」
「すいません」
へらへらとベルナルトが頭を下げる。
「けしからん、誠にけしからん。それが尊い神の加護をうけた儂に対する態度か」
枝葉がより一層ざわついたかとおもうと、巨木の木肌が泥流のようにうねりぽっかりと3つの穴と裂け目が現れた。
「不敬である。儂は寛大ゆえ見逃してやるから尻尾を巻いて引き返すが良い」
「聖木そのものが原因なのか…」
ベルナルトはまた何か考えるように顎に手をあてた。
「フン、長年にわたり旅人を見守ってきてやったのに最近では感謝もせずただその辺の木と同じように素通りしおって…」
「それで旅人を通さないようにしてたんですか?」
「通す価値が無いからな」
ベルナルトははぁ、とため息をついた。
つまりは誰にも見向きをされなくなった老人がへそを曲げたということである。
(めんどくさい…お祖父様みたいだ…)
「それではどうすればまた通していただけますか?
」
ベルナルトが引き攣るのを抑えて極めて優しく話しかけた。
「そうだな…我を称える祠を道の真ん中に作るが良い。いや、神殿の方が相応しいか」
「…」
「壮麗で入るものすべてが儂を崇めたくなるようなものが良いな」
「…」
「神官は見目麗しい者たちで揃えよ。そのほうが儂も目の保養に」
「面倒くさ」
極めて小さく呟いたつもりだったが巨木が聞き漏らすことは無かったようだ。
「何だと貴様」
ざわり、と枝葉が震える。
「聞き捨てならぬ。もう一度口に出すことを許す」
「面倒臭すぎます。いくら時間と金がかかると思ってるんです?もし神殿が建造されるとして稼働させるまでずっと道を塞ぎ続けるつもりですか?」
「貴様言わせておけば…そうだ。塞ぎ続けてやる。誰も通さぬ」
「これだから頑固者は…それなら方法は一つですね」
ベルナルトの手に再び火球が出現する。
「ふん、儂を力づくで抑え込むつもりか。やれるものならやってみるがよい!」
火球が発射されると同時に、巨木の枝や根が槍や矢のようにベルナルトに向けて飛んでくる。
それを素早く魔法壁を展開して全て防ぐ。
火球はまたもや枝に弾かれて消えた。
ならばと片手で魔法壁を展開しながら突風を発生させる。
ばさばさと枝葉を揺らすがダメージは受けているようには見えない。
「ははは、そよ風よな」
巨木が嗤う。
「でしょうね。スズ!」
木陰からスズが飛び出し、木の上目がけて火矢を放つ。
「哀れな…その程度で儂に一矢報いたつもりか」
ヒュン、と空に向かって放たれた火矢がパンと何かを破裂させる。
その時、火の雨が巨木の枝葉に降り注いだ。
「油か…!小癪なり!」
「最大火力でいきます!」
スズが木から離れたのを確認して、手を気に翳す。
短い詠唱により発生した炎が赤からさらに高温の白味がかった色となり巨木を舐めるように業火が包んだ。
巨木の断末魔が木霊する。
まるで竜巻のような炎に焼かれ、木は沈黙した。
黒く焦げた巨木はぶすぶすと燻りながらその場に立っている。
魔力の気配も感じさせない。
ベルナルトはふーっと息を吐き、額の汗を拭った。
少しほつれた髪が首筋にはりついて気持ちが悪い。
次の宿で湯を浴びよう。
ガサリ、と音をたてて草むらからスズが現れた。
何も言葉は発さないが、きらきらとした目がベルナルトを見上げている。
「スズもお疲れ様」
顎の下を撫でると満足げににんまりとスズが笑う。
人間の姿なので妙なスキンシップだが二人はこれが普通なので何の疑問にも思っていなかった。
「次の街に市場はあるかな。なんか美味しいもの食べよう」
カリカリと気持ちよさそうに目を細めていたスズが突如目をカッと見開いた。
そして叫ぶように高く、鳴く。
ベルナルトの額から、細長い木の根が突き出している。
眼鏡に血が伝い、今までスズを撫でていた手が力なく垂れ下がったかと思うとそのまま地に倒れ伏せた。
ドクドクと広がる血の海からずるりと引き抜かれた根がするすると主のもとに戻ってゆく。
「哀れな者どもよ…この程度の炎で儂を倒せるとでも思ったか」
黒焦げになった木の肌がパラパラと剥がれ落ち、そこに聖木の顔が再び出現する。
山火事などにあった際表皮を焦がすだけで芯の部分が無事という事例は多い。
あれだけの高温で焼かれたにも関わらず生きているとはさすがは聖木といったところか。
「それに引きかえ人とはなんと脆いものか」
今だ流れ続ける血の海に足元を汚しながらスズは動かなくなったベルナルトの体を見下ろしている。
「貴様は生かしておいてやろう。儂に歯向かうものがどうなったか喧伝するが良い」
くつくつと巨木が嗤う。
その時だった。
「…油断したなぁ」
ぬらり、と影が浮き上がるようにそれは身を起こした。
「詰めが甘かったようだね。いや勉強になる」
血溜まりの中に坐し、吹き飛んだ眼鏡を拾い上げて血を拭い掛け直すと未だ額から滴り続ける血をものともせずそれは笑顔を浮かべた。
「貴様…何者だ」
巨木の声に緊張の色が混ざる。
「人間の姿で死亡するたびに帰らないといけないんだからなるべく死にたくないよね」
冷たい空気が地を這い、晴れていた空が途端に暗くなる。
いかにもいまから不吉な事がおきるかのように。
「さて、そろそろいい加減に眠ろうか。永久の眠りにつくと良いよ」
茶色みがかった暗い色の瞳がぎらりと獰猛な光を帯びて金色に変わる。
「その金色の眼…貴様魔族か!」
「正解、ではさようなら」
ベルナルトがパチンと指を鳴らす。
パサ、と落ちた小枝が砂のようにどこへともなく消えていく。
それに伴い、巨木本体もさらさらと崩れ始めた箇所から黒い砂となり空に融けるように消えてゆく。
巨木は最後まで何か呻いていたがやがて言葉を発していた機関すら消滅したのか沈黙し、やがて全てが無に帰していった。
あとにはなんの痕跡も残っていない。
ただ昔からそうだったかのように平たい大地があった。
「…フリートに行く前に一旦帰らなくちゃね」
ベルナルトはスズの手を取り、またパチンと指を鳴らした。
途端に二人の姿が消える。
風が場に漂っていた血生臭さを運んでいった。
次に二人が姿を現したのは硬質な床が一面に広がるどこかの城の広間のようであった。
「あーやだやだ。いちいち帰ってこなきゃならないなんて次元移動がどれだけ疲れるかお祖父様はわかってないんだから」
ため息をつくベルナルトを見上げたスズが呆れた声を出した。
「ベルナルト様がちゃんとしていればいいだけの話なんですよ。仮にも天界の管轄のものを消しちゃうし」
魔界の獣人であるスズは人間界の波長とは相性が悪いのかあちらでは人語を話すことはできないが魔界に帰ってくれば饒舌なものである。
「天界…ウウッ、天界の
「未来の奥様なんだからいかにもめんどくさそうにしちゃだめですよ」
「あんなのさ、天界が対処すべきなんじゃないの」
「それ言ったらお小言が長引きますよ。天界からの試練だとか言って。グダグダ言うなら迂回すれば良かったんじゃないですか」
「何でスズはそんな可愛い顔して慰めようとしてくれないんだい?」
「僕が可愛いだけでベルナルト様は十分でしょ。ほら、行きますよ」
辛辣な事を言ってスズに手を引かれたベルナルトはぶつぶつ言いながら魔界にある居城の自室へと向かった。
「ベルナルト様はどうしてそんな人間の姿で人間界を旅して回るんですか」
着替えるベルナルトの背中を見ながら、ベッドに転がるスズが問いかける。
「ほんとならあんな古い木、指パッチンで一発でしょうに」
マントをばさりと羽織ったベルナルトがふふ、と笑った。
「人間の姿でいたほうが人間界を調べて回るには都合が良いものさ。旅先で思いもよらぬ話を聞けたりもする。それが旅の楽しみでもあるんだよ」
それに、と眼鏡を魔法で消してスズに向き直ったベルナルトは晴れやかな顔で楽しげに話を続けた。
「レベルアップというものは良いよ!新たな力が湧いてきたり魔力や体力が高まる感覚のなんと気持ちの良いことか!」
「僕には理解できないですね」
スズがばっさりと言い放ちベッドにぽすんと沈むと同時に部屋の扉がノックされた。
「ベルナルト様、謁見の間へお越しください…」
その声を聞いたベルナルトの表情が一気に曇る。
わかった、と返事をしベッドに腰掛けスズの髪を撫でた。
バシリ、とスズがその手を跳ね除ける。
「ちょっとぐらいいいだろう?!」
「気分というものがあります。行きますよ」
モフることすら許されないベルナルトは泣く泣く謁見の間へと赴いた。
魔界、ストヴァーレ城。
魔界五名家のうちストヴァーレ家の本拠地であるその城の大広間に大勢の魔界の有力者が勢ぞろいしている。
「ベルナルト・バルファ・ストヴァーレ様のおなりです」
かけ声とともに今まで談笑していた人々が静まり返る。
重々しい音を立てて開いた巨大な扉の向こうから全身を黒い衣服に身を包んだ男性が歩いてくる。
一斉に膝をついた諸侯を左右に一見することもなくストヴァーレの紋章が縫い込まれたマントを翻し彼は真っ直ぐにただ前だけを見て歩いてゆく。
その背後を三毛猫の獣人の少年が続く。
やがてその先にある数段高くなった場所にある荘厳な椅子に座すると一斉に傅いた諸侯らが声を上げた。
「我らの土地、魔界を統べる者たるベルナルト王に永久の忠誠を!」
進め!魔法青年ベルナルトwithスズ 佐楽 @sarasara554
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます