南大魔道古書店は大魔道士達の性癖博覧会だった
クマ将軍
南大魔道古書店の実態
体を変化させる魔法は多岐に渡る。
例えば体を幻影で覆い、特定の姿に変化する魔法。
これは対象の魔素を解析し、対象と似た魔素を体に包み込む事で対象と同じ姿になる魔法である。魔素を纏うため匂いも誤魔化す事ができるが、やはり姿だけ似ているだけで対象の仕草は自力で真似をしなくてはならない。
だが他の魔法とは違い習得難易度が比較的容易であり、自身のみならず他者を対象に幻影を纏わせる事が出来る汎用性の高い魔法だ。
次に自身の姿のみを変化させる魔法。
これは先の魔法とは習得難易度が跳ね上がっており、使える者は名の知れた魔道使いぐらいだろう。魔素を肉体に浸透させ強制的に変化を及ぼす魔法なため、制御を誤れば後遺症が出てくる可能性がある魔法だ。
だがそれを補って余りある効果を持つ魔法でもある。真似をする対象も必要はなく、好きに全身を作り替えるため、裏の世界で重宝される。
しかし欠点としては性別を変えることは出来ない点だ。性別は胎内の時点で魔素が固定されるため、この魔法では変化させる事ができない。
そして本書において本命となる魔法を紹介しよう。
これは姿を含めて性別を変化させる魔法だ。
細胞レベルにまで魔素を浸透させ、強制的に変化させる魔法だ。使えば肉体的変化による疲労で睡眠を促進され、強制的に眠りに落ちるだろう。その後約六時間に及ぶ長時間の変化が行われ、性別が変わった状態で目が覚める。容姿もまたその者の外見を参考に最適化がされるため、誰もが美男美女となる。
これは魔道具に制御を任せる形で使う魔法のため、一定の実力を持つ魔道使いなら誰もが容易に扱える画期的な魔法である。
ところで読者の皆さんはTS百合という物を知っているだろうか。
浅学ながら私は百合という概念に理解はなく、何故同性同士で恋愛をするのか理解できなかった。しかし変化の魔法を研究し、性転換魔法を発明した際に私は学びを得たのだ。
中身は男性でありながら外見は美少女。実質NLカプなため共感も得やすく、外見だけは華やかなため見ているだけで癒される。これが理想郷なのかと私は思った。
故に私は決断したのだ。
我が性転換魔法を用いてTS百合を流行らせて見せると――。
◇
――パタリ。
「なにこれぇ……」
クッソ長い前置きからこのクソみたいな決意表明に私は本を閉じた。
南大魔道古書店の売り上げが悪いと言われ、視察に来た私ことメライア・ローザ。しかし手に取った本がまさかこんなTS百合を広めようとする物だとは思いも寄らなかったのだ。
「何故こんな物がここに?」
「売りに出されたので買い取ったんですよ」
「店長……」
私の言葉に反応したのはこの南大魔道古書店の店長を担うカナリアという女性だ。私は彼女に向かって当然の疑問をぶつけた。
「いやこんな有害図書を置かなくていいじゃないですか」
「ですがその本の作者を見てください」
「え、はぁ……え!? これ、あの大魔道士ティー・ユリスキー様の著書じゃないですか!」
遥か昔、数々の国に潜入した百貌の大魔道士。最期はとある大国の大魔道士と相討ちになり、死後に潜入した際に入手した国家機密を暴露するようにした魔法が発動。それが結果的に政府に透明性を持たせ、市民の暮らしが向上したという逸話があるお方だ。
「一応大魔道士の著書なので置かないわけがなく……」
「流石潜入のプロ……こんな物までが潜入してくるとは……」
しかしこれだけでは店の売り上げが下がるわけではない。
私は適当に他の魔道書を読むことにした。
◇
性転換魔法でTS百合を広めようとする愚か者がいるようだが、そんな物は欠陥魔法に過ぎない。真のTS物とは女体化親友と男親友の恋愛だろう。
そこでこの魔法だ。
この魔法は対象者を性転換させる点ではTS百合化魔法と同じだろう。しかし決定的に違うのは対象者の精神にも作用する点だ。
周囲に心を許す相手がいた場合、その者を頼り、素直になろうとするよう働きかける。あくまできっかけを作るための精神作用であり、恋愛感情を操作するわけではない事が肝だ。
今まで男同士の友情だった筈が、片方が女体化する事でいつもの日常に変化が起きる。毎日見ていた親友の表情が全く別の表情に見え、本来芽生えない筈の感情が芽生える。
そこに葛藤をしながらも徐々に自分の感情を受け入れ始め――。
◇
――パタリ。
「なぁにこれ……」
まさかここにも性転換魔法を記す本があったとは。しかもさっきの本の著者と対抗するような内容だ。一体誰が書いたのかと作者を見てみると……。
「え、これティーエ・ユージョー様の本!?」
あのティー・ユリスキー様と相討ちした相手の大魔道士である。
よもや戦った理由がこの性癖の違いじゃあるまいな……?
「なんでTSというと女体化の方がポピュラーなんでしょうね。男体化によるBLとか見てみたいですよ私」
「いや知らないわよ……」
駄目だ、店長は腐っている。
「まさかこんな感じの本がまだまだあると……?」
「失敬な、この店にあるのは性転換魔法の魔道書だけじゃないですよ」
そう言ってカナリア店長は一冊の本を渡してきた。
「『爪コレクターによる爪高速再生魔法』……てぇっ! 何て物を渡すんですか!?」
「まだまだありますよ。ほらこういう『鏡魔法で鏡の世界に入って好き放題する方法』とか」
それと同系統で『絵本の世界に入り込んで好き放題する方法』という物もあった。
「リアルで鬱屈している大魔道士多いですね……」
「はい。何気に特殊空間に入って好き放題するシリーズが好きな人も一定数いるようですよ」
特殊性癖持ちの人たちがこの店の収入を支えているのか。
これどうやって本社に言おう……。
「しかしこのままでは売り上げ低迷で取り潰しの可能性があるんですよ?」
「そんな……! せっかく『召喚したクリーチャーに人間並みの知性を付与して恋愛する魔法』を買い取ったばかりだというのに!!」
「貴女がそんなんだから変な本がやって来るんでしょうが!!」
もう駄目だ、おしまいだ。
早くこいつを何とかしないと。
「ま、まぁまぁ……ここはこれで何とか黙認を……」
「こいつ……とうとう賄賂を」
自然な動作過ぎてつい受け取ってしまった。
試しに本の表紙を見てみると……。
「『純真無垢な少年に懐かれ、頼られる魔法』……ほほう?」
ふむ……これは中々。
特に相手の精神に作用するのではなく、自身に魔法をかけて雰囲気を変えるだけの魔法が気に入った。これで堂々と仲良く出来るのではないだろうか。
「……コホン。まぁここにどんな危険な魔道書があるか分からないですし、購入者の安全を確認するのも視察者として当然の義務でしょうか」
「やったぜ」
不本意だがまだまだ私の仕事は終わらないようである。
はーやれやれ。
余談だが、後にこの南大魔道古書店は世界中のマニアックな性癖を持つ魔道士がやって来るその道最大の本屋になるのだが……それはまた別の話である。
南大魔道古書店は大魔道士達の性癖博覧会だった クマ将軍 @kumageneral
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
同じコレクションの次の小説
関連小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます