セカイと名乗る幼女の口車に乗ったらデスゲームに巻き込まれたのだが

石坂あきと

第1話

 姉からのメールが届いたのが3日前。実はさらにその3日前にも同様のメールが届いていたのだけれど、読む気にはなれず無視を決め込んでいた。

 今日こうして禁忌の扉を開こうと試みるのは、何というか虫の知らせを感じ取ったから。

 合わせて6日、じっくり寝かせた文面をいよいよ読もうと思う。

 

(再送!!!!!!!!!!!!!!!)

 お姉ちゃんだよ。


 やっほー。

 早速だけどこの前のメールした件についてだけど。

 あれあれ? お姉ちゃんまだ返信もらってないぞ?

 困るなー。

 あ、もしかして見忘れ? 見落とし? スマホれた? 

 ま・さ・か! お姉ちゃんのことを無視? 

 なわけないよね(笑)

 と、いうわけで、そっちに行くね。

 具体的には3日後の19時間34分――ごろかな。

 色々準備もあるからね。

 そういえば島に行くのって随分と久しぶり、だったりするんだよー。だから楽しみ! もちろん君に会えるからこそ、だね!

 ではでは。


 追伸

 逢わせたい人がいるよ!

 誰だと思う?

 くくく、きっとびっくりすると思うぜ。

 お楽しみに!

 だから、部屋のお片づけ、ちゃんと済ませておいてよね。あっ、なんにもなかったね部屋笑

 それでは晩御飯の準備よろしく!

 フレンチ所望。いえーい。


 今日じゃん! と、声を出して言いたくなった。

 断腸の思い、は言い過ぎかもしれない。

「憂鬱だ……憂鬱だな」 

 どれだけ憂鬱かと言うと、無意識で思わず呟き、頭の中の片隅で無我夢中に憂と鬱の画数をじっくり数え、足して、掛けて、割って、引いて、裂いて、重ねて、捏ねて、丸めて、揚げて食べたくなるぐらいに、憂鬱だ。だから、空腹だ。どれだけ空腹かと言うと……まぁいいだろう。

 取り敢えず空腹なんだから。

 憂鬱で、空腹なんだから。

 総合すると最悪だ。

 返信ぐらいは……しなければいけない、だろう。ならどうすれば最大級の無関心を(怨念的に)込められるか真剣に考え、その結果『なんか色々と了解しかねる。』と、打ち込んで送信を終えた。

 内容を知っていたのならもっと早く読んでいたのに。それで無理だ、と突っぱねていたのに。

 否……たとえ事前の行動を早めたとて、どんな事情があろうが、一切合切は問答無用で、あの人は来てしまう。

 意気揚々と、面白がって。

 刻一刻とこの島にやってきている。それはまさに時限爆弾。気分は滅入る。ならせめて空腹ぐらいは誤魔化してくれ。

 まったく、マイナスにマイナスを掛けてプラスに出来るのは机上の空論だと大いに嘆く。

 おいおい、ほんとデメリットしかない、いま現在。今後の好転に期待する。

 期待ぐらいはいいじゃないか。

 さておき。

 いやいや……さておけるものではないけれども、兎も角。空腹ぐらいは解消しなければマジやばい。だからぼくは一つの問題を解決するための積極的な行動を開始する。


 10時55分――午前中の大学の講義が終了した。


 日本帝国直轄領、世界で9基だけある人造島〈神武〉にぼくは住んでいる。

 ここは人の手によって作られた島。偽物の島。そこにある大学の構内に数ある学食レストランの一つ〈向日葵〉にいま向かっている。

 広い店内は休憩場所としても解放されている。よってレポート用紙に直向に向かい合っている連中も散見する。

 なんとも、大学らしさが伺える。そんな光景を横目に食券自動販売機のボタンを押してカウンタへ直行。空腹は一刻を争うのだ。

「カレーかい?」

 と、昼のピーク前に備えて(?)暇そうにしている学食のおばちゃんがカウンタの向こう側から顔を覗かせる。確かにぼくはカレーの食券を手にしているが、それはまだ提示していない。

 どうしてわかったのか不思議だな、なんて考え込むようなことはなかったし、わざわざその理由を問い質したいとも思っていない。にも関わらず、食い気味で「あんた、カレー顔してるよ」と、言ってきた。

 さてどんな顔なのだろうそれは、ショーユ、ソースに続く新たな分類……なわけがない。

「はぁ、そうなんですか?」

 と、疑問形にならざるをえない。

「そうだよ。あとハンバークも好きそうな顔してるね」

「はぁ、そうなんですか」

 うん。まぁなんでも構わない。カレーを出してくれるなら。

「長年の経験でわかるようになっちゃうのよ。的中率は8割超! ふふふ、すごいでしょ?」

「それは……すごいことですね」

 否定することもないだろう。

 それにきっと、すごいのだ。

 カレーもハンバーグも確かに嫌いではないけど、嫌いの反対が好きであるはずもなく。そもそもそういえば好物だといえる好物が咄嗟に思い浮かばない。皆さんどういう基準でそれを定かにしているのだろう。

「どうでもいいか……」

 カレーを選択したのは、メニューを吟味する時間で空腹に苛立つより、はずれの可能性の心配が少ないカレーを選んで速やかに空腹を解消したいという欲求に忠実になっただけなのだから。

「はい、お待たせ。っあ、福神漬けもちゃんと取って行ってね。余るから」

 と、事前に温められていたであろうカレーとご飯をよそわれ渡される。

 福神漬けって余るんだ。

「ありがとうございます」

 カレーを載せたトレイを持って(福神漬けも忘れず)、店内を見渡し手頃な席を探す。手頃というのはつまり、食堂でたむろっている集団からなるべく離れている場所だ。

 しかし、先客たちは見事なまでに分散していて、どうにもここだという場所が見つからない。

「これは困った」

 と、口に出すほど困ったことではないのかもしれない。そんなとき、ガシャリという音が先か、背中に感じた衝撃が先か、ともかく何かが音を立てて背中にぶつかってきた。

 振り返ると、そこには一人の少女……、のようなツインテールの女性(大学だから少女はおかしい?)がおろおろしながら困り顔でトレイに載った食器類が落ちないようにバランスをとっていた。

 音は食器の音だったようだ。

 ラインナップは炊き込みご飯、わかめのお味噌汁、旬の塩野菜炒めに、フレッシュサラダ、デザートにティラミス、各種フルーツ盛り合わせ……。

 ていうかこの量を本当に一人で食べるの?

 ともかく状況から、ぶつかってきたのは彼女が犯人で疑いようもない。

 混み合う昼時ならいざ知らず、いまこの時分でぶつかってくるなんて、どうしたのだろう。

「あ、ああえっとすいません!」

 頭を下げられた。その勢いはツインテが宙を泳ぐほどのもので、食器が再び音を立てる。トレイから落っこちてしまいそうなほどの勢いだから、どうにも見ていてハラハラする。

「ごめんなさい。わたしうっかり屋さんなもので」

 頭をこつんと片手で作った猫の手で叩きながら。猫の手で叩きながら! 片手で持ったトレイのバランスが崩れたのは言うまでもない。

「えっと……ぼくも立ち止っていたのが悪いし、こちらこそすいません」

「いえいえ、こちらこそすいません」と、再び頭を下げる。

 これはあれだ、無限ループに突入予感だ。そうとわかったなら早々に打ち破らなければ。

「それじゃあ……気を付けて」

「はい、どうもありがとうございます」

 と、そんなやりとりをしていた隙に数名からなる団体が席を立った。突如として出現した空席に向かい歩いていくと、背後にぴったりとした気配を感じた。

 まさかねー、と振り返ることをしなかったのが敗因なのか、目的のテーブルに辿り着いて椅子を引く音が重なったにもかかわらず気に留めなかったのが悪いのか。

 彼女は、ぼくより先に席に着いていた。

 座ることに躊躇っていると、「どうしたんですか?」と小首を傾げられる。

「あなたがどうしてるんですか?」 

 と、思わず言いたくなったけど、ぐっと飲み込んで、ともかく……座ろう。

 なんだこの無理やりなギャルゲー展開。

「っあ、お茶を取ってきますね。お茶でいいですか?」

「っあ、水でお願いします」

 ナチュラルにお願いしてしまった。

 これでは相席の了承も同然ではないか。

「かしこまりですー」

 可愛く敬礼された。そして二つの飲み物をコトんとテーブルに持ってきて再び着席。「ではいただきまーす」と手をぴたりと合わせて当然のように食事を始める。

 流れに乗ってぼくも食事を始めよう。という気にはなれなかった。

 …………。

 空席はある。もちろんだ。

 なのに、ぼくの目の前という席を選択した。

 公共の場である以上は誰がどこに座ろうが構わない。とは言えだ。

「どうしたんですか? カレー辛かったですか?」

「いや……別に」

 そもそもまだ一口もスプーンを動かしてないし。

 まぁ簡単な話、ぼくが席を移動すればよい。それで単純に解決する話なのだけど、それはどうにも話が違うんだよ。

 というかやけに馴れ馴れしい話し方。ひょっとしてぼくと彼女は実は以前にどこかで知り合っていて、実は今日この時間に食事の約束をしていた、なんてこともあり得るのではないか?

「どこかで会ったことありました?」

 あんた誰? 

 藪から棒に訊くのはどうにも直接すぎるのでちょっと言い方をマイルドにしてみた。

 もぐもぐ。

 ごくん。

 と、彼女は咀嚼を終えて。

「え? えっとー、さっきそこで、ばったり。ですけど?」

 違いましたっけ? みたいな感じの顔をする。

「ですよね……」

 言い終えて彼女はどろっとしたドレッシングがかけられたレタスを口に運ぶ。唇についたドレッシングをペロリと舌で舐めとる様子がどうにも蠱惑的で、そしてそんな様子がツインテールと相反する。

 何が目的なのかをがつんと質さねば落ち着いて食事もできない。そもそも誰かと食事という状況が落着けないぼっちリズム。いやまて……彼女がぼくの目の前に座った理由というか目的……それはひょっとしてつまりぼくそのものにあるのではないのか?

 だとすればそれは……そういうことなのだろうか。

 待て待て、そんなギャルゲー展開があっていいわけがない。

 あって欲しいと願う気持ちもさらさらない。

 なんてことを考えていると、ワイワイガヤガヤと集団の気配を感じた。ちらりと見ると、やはりそこには男女数名のグループがまっすぐこちらに近づいてきて、隣のテーブルに陣を取った。例によって空いている場所はまだあるというのに

 まじ脂肪(泣)とツイッターに呟いてフォロワーさんたちから「何事?」とかリプ貰いたい。聞き返されたい。心配されたい。 

 でもネガツイートはフォロワーさん減っちゃうんだよね。

 まぁ、SNSなんてこれっぽっちもしてないからいいけど。

 さーてと。

 初対面の女の子と食事相席というだけでなかなかなのに、追い打ちでこれだ。瞬間で立ち上がり颯爽と座席を移動するのは簡単だけど、それを行うことはすなわち敗者ではないだろうか――。

 ぼくは逃げない、何事からも。

 早く食べて、早く去る。色々なことに覚悟を決めて、カレーを掬う。


「午後はもうさぼろうよ」

「サボる? サボってどうすんだよ」

「もち遊びに行くに決まってるー」

「うーん。次は必修でもないし、良いんじゃね」

「なら決まりだね♪」


 盗み聞きをしているわけじゃない。耳が勝手に音を拾うのだ。ぼくは特別な訓練を受けている人間ではないので、外界のあれこれを意図的に選択し、視聴する能力は持ちあわせてない。

 目の前の彼女は何食わぬ顔でティラミスを食べている。こいつ特殊な訓練を受けているな? というかもうデザート! 食べるの早い。

「…………はぁ」

 ため息。サボりの話を午前からしてんじゃねぇよ。

 まったく今どきの学生は……。

 しかし、サボることの話だけかと思いきや、いやサボることだけの話だったのだが、ちょっとだけぼくの興味を引く話題をし始める。


「ねぇねぇ、あれ、信じる?」

「何だよ突然。幽霊の話? 時期早くね」

「違うって。《世界》が来るって話、だろ?」

「そう、そっち。すでにちらっと目撃した人もいるって話なんだって。ネットに書いてあったけど、ホントかな。一人でビックマック食べてたって」

「……なんでビックマックなんだよ、絶対にデマだろ……。てか、来るとしてもそこいらをうろつくわけねぇし」

「なんかの雑誌に、実はお忍びで《世界》はお忍びで視察をして回るって、書いてたよ。どっかの王様みたいに」

「デマだよ、デマ。ソースをはっきりさせろよ」

「え、醤油しかないけど、貰ってこようか」

「バカ、情報源って意味だよ」

「ああ、そういうことか」

「でもセレモニーがあるのは本当でしょ? 総理大臣とか、あと軍の偉い人たちが《世界》に会いにこの島に来るってのは本当だよね。これはネットじゃなくてニュースで言ってたことだよ。それって直接会うってことでしょ?」

「さぁ、カーテン越しとかだったら面白よね」

「……カーテン?」

「高御座のことだろ」

「え、なにそれ?」

「でも本当に《世界》が自分勝手に街中を歩いてたら面白いよね。実はあなたの隣にいる人がそうです。みたいな!」

「それって水戸黄門みたいだよね」

「いや、あれは特殊だから」

 

 随分とミステリアスで、愉快な会話をしている。

 世界の名前ぐらいはぼくも知っているが、容姿がどうだなんてことはもちろん知らない。男なのか、女なのか。どんな声? 子供? 大人? 

 全てが不明で、全てが謎。知っている人のほうが圧倒的に少ない真実だからこそ、大衆は興味を抱くのかもしれない。何かの調べによれば女性だと考えている人が圧倒的に多く、ある一部の団体では世界のアイドルだと持て囃しているらしい。

 偶像の理想。愛らしく、華やかで艶やかな姿を誰もが想像するのは人の性というやつで本当にどうしようもない。かと言えどぼくがそうであるかと言えばそうでもない。ならどうして偶然耳に飛び込んできた他愛のない噂話に少なくない興味を持ったのか。それにはちょっとした理由が――。

「あるのだろうか?」

 漠然とした自問である。

 答えは出ない。

「やっぱり、興味があるんですね」

「え?」

 目の前の彼女はもう食事を終えていた。じつのところ終えたからしばしの時間が経っている。なのに、席を立とうとしていなかった。

「…………」

「私は立花林檎って言います。文学部の二回生です」

 唐突な自己紹介。

 先輩であることに多少の驚き。

 何をきっかけに彼女が自らを紹介しようと思ったのか、思い当たることは何もないけど、無理やり解を当て嵌めて結論するなら……このサボりたがりの学生たちの会話、ということになるだろう。

「あのですね実は……っあ、カレーお好きなんですか?」

 無理やり間を繋ぐために飛び出した言葉、みたいな言葉を立花さんがひねり出す。この次にびっくりどっきり一目惚れ告白タイム! に確変突入するならぼくもあれこれ考えるが、経験上そんな事態にはならないと確信。

「それとハンバーグが好きらしいですよ」

「好きらしい……ですか?」

 意味がわからないといった顔をされる。

 大丈夫、ぼくも意味がわからない。

 なら意味が通じそうなところでぼくも自己紹介をするべきだろう。

「ぼくはササルです。訳あって苗字がと言うか、一部の家族が嫌いなんで名字は名乗りたくないので名乗りません。とか言ってみたら今どきのちょっと影のある危ない感じの主人公になれるかもとか思っちゃうんですけど、立花先輩はどう思いますか?」

 と、持ち前のユーモラスを全開にして言ってみた。

「え、えっと家族とは仲良くしたほうがいいんじゃないかな?」

 おっとあまり面白くなかったか。

「考えておきます」

「……えっとうん。ごめんね。あ、ああそれと敬語でなくてもいいから」

 困り顔な笑顔でそう言われた。真面目なんだな、とありきたりな感想。

「それで、林檎ちゃんの用件は?」

「え、林檎ちゃん? っあ、わたしのことですよね。えっとそのちょっとしたお誘いなんですけど」

 まさか本当にデートのお誘い? いやいや、ほらぼくに限ってそういう展開が起こるわけない。ああ、嫌だな。何が嫌ってもう諦めてる自分が嫌。

「えっとですね……イベントをしようと思ってるんです!

「イベント?」

「そうです。別に変なイベントとかじゃないですよ。みんなで楽しもうって、ただそれだけのイベントなんです!」と、徐々に熱を上げていく立花さん。「それにササルくんも参加して欲しいってピーンときたんです。出会った瞬間にこの子は誘わなくちゃって思ったんです! だから参加してください! えっと参加料とかそういったのもないから!」

 パンと両手を合わされて頼まれる。

 怪しいな。

「怪しすぎる。

「その……いきなり参加してくれって言われても、そのイベントがどういった人たちの集まりで、何をするイベントなのかはっきりさせてもらわないと返答のしようがないんだけど」

「《世界》です!」

 突如として声を大きくして出されたワードの脈絡のなさに、面食らいながらも「世界……ですか」と、復唱する。

「そうなんですよ。わたしたちは《世界》をモチーフにしたイベントを行おうとしてるんです。成績優秀者には賞金も出るんですよ」

 ……なるほど、ここに先ほどの盗み聞きが繋がるわけか。

〈世界〉その存在そのものがグレーである以上、胡散臭さは拭えない。

「林檎ちゃんが主催者なんですか?」

「いえいえ、主催者ではないんですよ。立ち位置的にはほとんどアルバイトみたいなもんです」と、言うが、口調はどこか誇らしげ。「ササル君も《世界》に興味あるんでしょ?」

 声を潜めてそう言ってくる。

「ササル君、そういう顔してるもん」

 一体どういう顔をぼくはしているのだろう。いますぐ鏡を持ってきてください。

「人数とか集まってない感じなんですか?」

 と、ぼくが言うと立花さんは落ち込んだ様子で、「まぁその……」と言い淀む。

「でもね、集まってないのは最後の一枠だけなの」

「一枠だけなんですか? ……ならもうそのまま始めちゃえばいいじゃないですか」

「それがダメなの。ちゃんと決まった人数で揃ってないと成立しないの。以上でも以下でも、始めちゃダメなの」

 妙なこだわりだ。

 おそらく人を集める為の方法として旬な《世界》と関連付けて計画したのだろうが、もっと気軽に身軽にやればいいのに。

 なんだかな……面倒な状況だ。

 断れば断れそうな気もするが、案外食い下がってきそうな気もする。見た目可愛らしいのに根性ありそうだし林檎ちゃん、もとい立花先輩。

「とりあえず保留ってことで大丈夫ですか? その時の予定とか、そう予定ですね。それが合わないかもしれないのですぐにはなんとも言えないです」

「考えてくれるだけでもありがとうだよ」と、立花さんは言う。「じゃあこれね」

 言って立花さんは取り出した手帳に何かを書き出し破る。「これ私の携帯番号と、アドレス。それとイベントのチラシだよ」と、言ってメモと共に置かれる。「開催場所とか、日時とか、書いてあるから。じゃあ連絡待ってるね」

 いつの間に食べ終わっていたのだろう。そう言い残して立花さんは立ち上がり食器返却口に向かって行く。去り際に満面の笑みで手を振られ、姿を消した。

 ぼくは残っていたカレーライスを食べきり水を飲み、椅子からゆっくり立ち上がる。近くに陣取っていた集団も消えていた。

 出てすぐの自動販売機でペプシを買って、歩きながらキャップを開けて、ゴクリと一口飲むと炭酸の刺激が予想以上に辛かった。

「あー、憂鬱だ……」

 手に持ったチラシとメモの切れ端を併せて掲げ、見比べ畳んでポケットにしまう。

 丸文字が可愛らしいメモは置いておくとして、大きな見出しが特徴的なチラシのセンスは欠片も感じないが、インパクトは確かにあるかもしれない。

 

『世界護衛任務開催』


 そう、書かれていた。


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セカイと名乗る幼女の口車に乗ったらデスゲームに巻き込まれたのだが 石坂あきと @onikuosake

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