第7話 飯塚病院の関係者

 途中でタクシーを拾い、トオルが入院している病院に向かった。ケンジのメールには部屋番号も書かれていたので、受付に寄らず二人は306号室に向かった。


 一応ノックをしてみる。だが、中から返事はなかった。昴はゆっくり静かにドアを開いた。部屋は個室で、中央にはトオル男がベッドに横になっていた。

「うぁ……」

 昴の後ろから、環琉が彼を見て小さく声を漏らした。


 寝ている男は、髪が真っ白になり頬がこけている。ケンジが二十二だと言っていたので、彼も多分同じ年だろう。だが、どう見ても同じ年頃には見えないくらい老け込んでいた。首には、確かに紫色の跡がある。しかしそこは膿んでいるのか、時折乳白色の汁が流れるので首の下にタオルが置かれている。その汁の匂いなのか、少しくさい。卵が腐った香りが部屋に漂っていた。

 栄養剤と、何かの点滴が腕に付いている。自分で飲食をしないのでその補給と、暴れないように睡眠薬でも飲まされているのだろう。苦しそうだが、小さく寝息が聞こえる。


 ふぅ


 昴がそんな状態のトオルに向かい息を吹くと、次第にケンジが言っていた腕が姿を現した。腕はトオルの首を引っかいたりごしごしと強く撫でたり、波のようにうねっていた。

「どちらも、女だね。新しいのと――少し古いの」

 環琉が、小さく呟いた。

 昴が指を鳴らす――トオルに結界を張ったのだ。途端、彼に張り付いていた女たちが押し出される様に姿を現した。


 赤いワンピースの女と、白地に藍染め模様が入った着物姿の女。ケンジが話した二人だ。彼女たちは下を向いたまま、昴に威嚇するような気配を見せた。その姿は半透明で、間違いなくではなさそうだ。


「何故君たちは、彼に執着する? 他の男達ではなく、この男に」

 美しい低めの声で、昴は歌うように尋ねた。女たちが幽霊でなければ、多分うっとりと聞き惚れるような声音だ。


「……」

 着物姿の女が、腕を上げて窓の方を指差した。雨が降る窓の外には、例の廃病院跡がある山が広がっていた。

「答えは、あの病院か。君が彼女まで巻き込んだのか?」

 昴は、着物の女の後ろに控える赤いワンピース姿の女に視線を向けた。赤いワンピース姿の女は、昴の視線を受けると水が弾けるかのように姿を散らし、床に吸い込まれるかのように消えた。


「やれやれ、逃げた――と言うか、に飛んだか。恨みは恐ろしいね、いつの世になっても」

 昴が溜息を零しながらそう呟くと、着物姿の女が地を這う声音で一言口にした。


『永遠に赦さない』


 着物姿の女は、どろりと水の様に姿を変えると赤いワンピースの女の様に床に吸い込まれる様に消えた。


「どっちから片付けるんですか? 昴さん」

 環琉は、横に立つ美しい男を見上げた。

「若い方は、勝手にまた姿を現す。着物の女を調べよう――飯塚病院だ、行こう」



 二人は図書館に行き、古い新聞を調べた。飯塚病院は、明治の中頃に出来た病院で昭和の初めに閉鎖されているそうだ。親子二代が経営をして、三代目が廃業している。三代目は婿養子で、突然病院を閉鎖して何処かの田舎に引っ越していった。

「この三代目が気になる……古い事を知っている人はいないのかな」

「梓さんに聞いてみます? 誰か知らないかって」

「そうしよう。書物で調べるには、限界がある」


 図書館を出ると、雨が上がっていた。お腹が空いたと言う環琉に、話を聞いてからだと昴は冷たく言い、梓に紹介された飯塚家の親戚の家に向かった。飯塚家は隣町のG市では有名な一族らしかった。医者を始め市議会議員や弁護士などの者から、農家まで幅広くいる。今回話を聞かせてくれるのは、三代目の嫁の妹の娘のヨウコさんだ。G市で夫と農家をしていたが、夫が先立ち今は隠居生活をしているらしい。

 そう遠くない距離を歩いて向かうと、長男一家と暮らしているヨウコさんの家に着いた。


「まあまあ、随分お綺麗な人と可愛らしい男の子だ事。目の保養になるねぇ」

 軽く名乗った二人にヨウコさんはそう言って、愛想よく二人を家に入れてくれると良く冷えた麦茶を出してくれた。

「突然お邪魔してしまって、すみません」

 ソファに座る前に頭を下げた昴に、ヨウコさんはにこにこと笑いかけた。

「梓さんの紹介じゃ、ちゃんとおもてなししないとねぇ。気にしないでください、私はほら、足を悪くしてね。話し相手になってくれて、嬉しいんですよ」

 長い農業生活の為か病気か事故か――確かに、ヨウコさんは左足を軽く引きずっていた。


「トシノリさんの話ですよね、母の姉の旦那……婿養子で、山の病院を継いだ。また、随分古い話ですねぇ……ですが私が覚えている限り、お話させて頂きますよ」

 ヨウコさんは水羊羹みずようかんも二人に勧めながら、話を促した。

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