【KAC20231】本屋恋物語

天鳥そら

第1話本屋の本の森の影で

 俺は本屋が好きだ。なぜ好きかと聞かれたらわからない。物心がついたころから本屋に通うようになっていた。両親は本をそれほど読むわけじゃない。友達に本好きがいるわけでもない。先生に勧められたわけでもない。なのに、高校二年生になった今では、学校帰りに本屋か図書室に通い、休日には古本屋や遠方にある大型書店に通う日々を送っていた。


「なんで、本屋が好きなんだろうね」


 両親も親戚も祖父母も友人も目を丸くする。ただ、祖母だけは、漫画ばっかり読んで、ゲームしかしないよりはずっといいと笑ってくれた。おそらく、自分は家族、親族の中でも変わり者の部類に入るのだ。


 今日も学校帰りにこの町で一番大きい書店に行く。二階建ての建物だが書店は一階にしかない。以前は、二階にブックレンタルとDVD・CDレンタルのチェーン店があったが、今ではジムに変わってしまった。一階の書店はそのままなのが不思議だった。


 駐車場だけでなく、自転車やバイクを置く場所もある。自転車で来る奴もけっこう多いから、いつも自転車置き場はいっぱいだった。俺は、自転車をとめた後、一台の自転車に目を向けて、すぐに店内へと急いだ。


 最初は、平積みにされている本を確認する。それから、新刊の存在も見て回った。明日になれば、いつも見ている雑誌が発売される。今日は特に目新しいものはなく、ただただ、背表紙を見て歩くばかりだった。


 気になる本があれば開いてみる。目次、あとがき、著者の経歴、参考図書なんかにも目を通してから、また本棚に戻す。気に入った本があれば買うこともあるが、そうそう本ばかり買っていられない。なかには高額のものあるから、古本屋やネットで価格が下がった古本がないか探すことも多かった。


 町の大きい本屋さんだがそれほど広くはない。特に、ここの本屋は毎日のように来ているから、本の位置も把握してしまっている。バイトをすれば、即戦力になるだろうかと考えながら、普段、足を踏み入れない絵本・児童書のコーナーへとやってきた。


「いた」


 思わず声を上げて、ふとまわりを見まわした。マスクをしているから声がもれるどころか、口が開いたのも気づかれていないだろう。それでも、誰かに見られているのではと落ち着きなく確認した。特に自分を気にしている人がいないのに安心して、静かに絵本の棚に近づいていく。


 一冊の絵本を手に取って、ページをめくっている女子学生の隣に立った。他校の制服だが、高校生だということだけはすでに調べてあった。彼女が持っている絵本と同じものを手に取る。先に言っておくが絵本に興味はない。絵本・児童書コーナーも、小学生までには卒業していた。


 隣にいる彼女の方をちらっと見ながら、絵本のページをめくっていく。絵本ではあるものの大人に向けて描かれた絵本だと思った。動物の出てくる話だが、ストーリーの初めで友人が死んでしまっている。その友人の死を受け入れ、新たな友を得て旅立つまでの話だった。


 絵本だからすぐに読み終わってしまう。隣にいた彼女も同じなのだろう。絵本を棚に戻して、しばらく考え込む風だった。


(あの、絵本好きなんですか?)


 いつもいつものどから出かかっている言葉を今日も飲み込む。肌寒い春のはじまりの日、彼女はマフラーに首をうずめるようにしていた。肩までの黒髪が揺れて、こちらを向いた。


「あ、すみません」


 隣にひとがいるとは思わなかった風な表情だった。軽く目をみはって、おやというように俺の手にある絵本に目をとめた。マスクのせいで表情がわかりづらい。ただ、俺のことが彼女の世界に入ったのだと気づいた。


「いえ、あの、夢中になって読んでたみたいですね」


 絵本を軽く上げて見せると、彼女はあっと声をあげて視線をそらした。すぐにこちらを向くと頭を下げて通り過ぎようとする。急に話しかけたりしたから困らせただろうか。ここ一ヵ月ほど、何度も何度も会話をシミュレーションをしてきたが、まったく役に立たなかった。これは失恋だなと肩を落としていると、軽やかな声が響いた。


「あなた、本当はSF小説が好きなんじゃないの?」


「え?」


「いつも一生懸命読んでるじゃない。SF小説の棚で。私が隣にいてもちっとも気づかないけど」


 かあっと体中が熱くなる。見ていたのは自分だけじゃなかったのか。なぜ気づかなかったのだろう。彼女のことは、よく見ていたはずなのに。


「ごめん。あの、いつから?一体いつから?」


「一ヵ月くらい前から?よくいるなあって」


 俺も同じ。一ヵ月くらい前から、一ヵ月くらい前から気にしていたよ。君のこと。そう話したかったが、緊張して言葉が出てこなかった。気まずい空気が流れて、ふと彼女が店の外に視線を向ける。そろそろ日が落ちて暗くなる。帰らなければならないのだろうと察した。


「あの、俺、本屋好きで、本も読むし、今度、一緒に、一緒に……」


 本屋巡りをしないかという言葉が口から出てこなかった。こんなこと、友達も親も嫌がるのだ。たまになら付き合ってくれるが、本屋が好きな人間ではない。これまでだって一人で本屋を巡っていた。前の彼女には、行く場所が本屋ばかりで嫌われたのだ。もう、同じ間違いは繰り返したくなかった。言葉が続けられないでいると、彼女が恥ずかしそうに口を開いた。


「絵本や児童書の専門店でもいい?」


 彼女の言葉に、ぶんぶんと首をたてに降った。


「SFに強い古本屋、行ってもいいかな?」


「都心にある大型書店、私、行ってみたいの」


「個人で経営されている、こう、独特の本屋さんとか」


 二人で話していると、次々と本屋の名前がでてくる。よかった、よかった。大好きな本屋へ、好意をもった女の子と一緒に行ける。天にも昇るような心地だった。店から出てからもしばらく盛り上がり、帰る間際になってようやく気付いた。


「名前!」


 そう、お互い名前も知らぬまま、恋をしていた。本の森の合間から、そっと相手をうかがって、声をかけるタイミングを待っていた。本の森の影で恋を育んでいた。



 

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