第7話 君を呼んだ理由

グランプリファイナル


シリーズの大会のポイント上位6名が集い、シニアとジュニアが唯一同じ日程と会場で執り行われる国際大会。

初めてシオンを見たのは、ジュニア男子のフリースケーティング、自国選手の応援のついで程度の観戦だった。


怪我からの復帰とは思えない快進撃、後から知ったことだが、そのシーズンにおいて国内ジュニア戦は無敗だったらしい。

圧倒的スピードから繰り出されるジャンプはもちろん、音楽と一体となるスケーティングに応援を忘れるぐらい俺は魅了されていた。

バンケット(試合後のパーティー)で声をかけ、カナダに勧誘したのは日本の練習環境の厳しさを知っていたからだ。

減り続けるリンク、日本出身でスケートを習っていた母親は「才能があっても、育てる環境がないと潰れてしまうわ。」と現状を危うんでいた。


「…途中からオモチャにされてた気がする。」


服屋を出るとシオンに溜息をつかれる。

二十代の多いリンクメイト達の中では若い後輩、性格こそ大人びているが、照れる仕草のあどけなさは年相応で見ていて面白かったと言えば、余計に怒らせてしまいそうなので辞めておく。


「お詫びにいいとこ連れてってやるから、機嫌直せよ。」


手を引っ張り目的地へと案内する。

暮れかけた空にネオンカラーのライトに照らされた繫華街。

俺がバンクーバーで気に入っている景色の一つだ。


「ライデン、久しぶりだな。そっちは友人か?今日は楽しんでいってくれ。」


オフシーズンに通っているライブハウス。

地下に繋がる階段を下った先に熱の籠ったフロアが現れる。

アメリカから越した頃からの知り合いであるバンドメンバーに話を通し、シオンを客席まで案内した。


「1、2、3、4!」


ボーカルの合図でドラムのカウントが入り、ストリート系のミュージックがかき鳴らされる。

最初は困惑していたシオンだったが、周りの雰囲気に当てられたのか、すっかり手拍子で乗り気のご様子。

リンクの上では表情豊かな演者、音楽がかかると自然と気分が上がるのだろう。


「ダンス?」


「このライブハウスの名物だ。」


一曲目が終わると生演奏に合わせてダンサー達がヘッドスピンやスワイプを次々に披露し始める。

観客からの飛び入り参加も多く、フロアの熱気は最高潮だ。


「シオンもどうだ?」


「…でも、俺初めてで。」


「ルールなんてねえよ。行こうぜ。」


バンドメンバーと共にステージに上がり、足だけでもステップを踏むよう促す。

ステップが出来たら手を加えて、次はリズムに合わせて身体を揺らすように。

スケートはもちろん好きだが、偶には自由に踊りたくなる。


「シオンはもっと素直に自分を出してみろ。」


振り付けを再現することだけが表現じゃない。

己が感じたままに踊り、君だけの世界を見せてくれ。


「ちょっと楽しいかも。」


今日一番の笑顔を振りまきながら踊るシオンを見ながら、俺もバトルに参加した。


(ここでなら、お前はもっと強くなれる。)


ありのままの姿こそが、最も人の心を掌握するのだから。





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