氷上コントラスト〜フィギュアスケーターの軌跡〜

レコード

シニアデビュー編

第1話 銀色の誓い

世界ジュニア 男子シングル


40人以上がエントリーするショートプログラムを勝ち抜いた上位24人によるフリースケーティングも、残すところ後2名。

場内のざわめきが収まり、23番滑走の俺の名前がコールされる。


「今日まで、よく頑張ったな。」


フェンス越しに手を握るのは、コーチである宇佐美先生。

スケートを始めて以来、ずっと一緒だった先生に見送ってもらえるのも今日が最後。

強い眼差しを向け、口元を微かに緩めて笑みを浮かべた。


「まだ終わってませんよ。」


「お前は自慢の生徒だってことを世界に証明してやる。」


「いってこい!」と背中を押され、リンク中央へと滑り出す。

大きく頷いてからプログラム最初のポーズを取った。


『ニュー・シネマ・パラダイス』


映画に魅せられた主人公の一生がテーマの曲。

沢山の喜びや悲しみを経験し、少年はやがて青年となる。

俺は昨シーズン、右膝の怪我の影響でほとんどの試合を欠場せざるを得なかった。

だからこそ、この一年で流した涙と喜びの全てを託す。


両立が「ハの字」に見える形から、ぐっと氷を踏み切って舞い上がる。

冒頭の四回転サルコウが決まると、失敗を恐れる感情などはどこかに吹き飛んでいた。

まさにゾーンに入った状態となり、気づけばノーミスで演技を終えていたらしく、総立ちの客席から湧いた歓声が耳に響く。


『245.72』


三位だったショートと合わせてもパーソナルベストの点数。

暫定トップ、この時点で表彰台は確定だった。


悔いはない、そう思っていた。


次の演技が行われるまでは



ミハイル・モンデックス


アメリカ代表の15歳が最終滑走で姿を現す。

左足のアウトサイドにエッジを傾けながら滑る動作はルッツジャンプの構え。


(まさか、四回転ルッツ⁉)


シニアでも跳べる選手は限られる大技。

幅、高さ共に完璧に着氷するとすぐさま次のジャンプへと向かう。

俺が四回転二種類三本に対し、モンデックスは三種類四本。

内一つは、体力のきつくなる後半に組み込まれている。

俺の一年間の成果を一瞬で抜き去っていく様。

差は歴然など、言うまでもなかった。


『260.08』


圧倒的王者の点数を俺は、ただじっと見つめていた。


「気持ちはわかるが、そんな顔でカメラに映るのか?」


表彰式の前、宇佐美先生が軽く頬をつねる。

我に返り、強張っていた表情が和らぐのを確認し、前を向く。

せめて取材が終わるまでは我慢しようと笑顔を取り繕った。


首から下がった銀メダルは、俺の自己満足や慢心を打ち砕いてくれた。

ここで負けなければ今の俺には出会えていない。


「リベンジはシニアですればいい。お前の獲る金メダルは何だ?」


これは、銀色に頂点を誓ったアスリートの物語

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