戦う料理人グリエの成り上がり ~いわれなき罪で追放された料理人、隣国の女王に見初められて名を上げる。特殊食材の調達も調理もお任せあれ。戻って欲しくても、もう遅い~

宮城こはく

第1話『宮廷料理人グリエの追放』

「グリエ、横領おうりょうの罪でお前を解雇する!」

「おう……りょう? 横領って……なんのことだ?」

「はっ! 貧民生まれはしらばっくれるのも得意らしい。お前が宮廷の高級食材を横流ししてもうけてることはバレてるんだ。さっさと出ていけ、このクズが!!」


 ――そんな風に料理人仲間に詰め寄られ、グリエは困惑するしかできなかった。



 グリエは美食の殿堂であるグラッセ王国の宮廷料理人だった。

 雑用の立場からぐんぐんと成長し、ついには伝説の料理人アルベールの遺言によって肉料理専門のコックに任命されるほどになっていた。

 宮廷において一つの部門のコックに選ばれることは名誉でしかない。

 特にこのグラッセ王国において、メインディッシュの肉料理を担当するコックは料理長シェフよりも名誉とされる。

 グリエもその誇りを胸に働いていたわけで、大切な食材を盗んで儲けるなんて、するわけがなかった。


「俺は何もやってない! 俺は旨い飯を作ろうとしてるだけ。それ以外のことは何も――」

「黙れ! お前が貧民街に出入りしてることはわかってるんだ。最近も荷を運んでただろう!?」

「育った場所に行って何がおかしい? それにあれはただの薬草。狩りのついでに摘んだものを渡しただけで、責められるいわれはないっ」

「信じられるものか。高価な香辛料が消えてるんだ。お前以外に怪しい奴はいない!」


 その後も、グリエが弁解しても全く聞き入れてもらえなかった。

 グリエを問い詰める料理人たちの目は怒りに燃えている。――その奥でただ一人ほくそ笑んでいる男を除いては。


「本当に何もやってない。……アントレ、信じてくれ」


 グリエは無駄だと思いながらも、そのほくそ笑む男――アントレに言う。

 アントレは先代の料理長アルベールの息子であり、先代が亡くなった後に料理長になった男。彼が納得すれば、この場は収まると思ったのだ。

 しかしアントレはわざとらしく鼻をつまんで見せた。


「貧民がしゃべるな、臭すぎるっ。盗人ぬすっとどもの中で育ったヤツが弁明をしても、意味はないんだよ」


 その嫌な表情を見て、アントレは変わった……とグリエは思った。

 確かに昔から冷たい眼差しを向けられることはあったが、先代の料理長アルベールが存命だった頃のアントレはここまで露骨ではなかった。

 もしかするとアントレは憧れの父アルベールの前では演技していたのかもしれない。

 アルベールが病死した後に人が変わったように罵倒するようになったからだ。


 アルベールの遺言書に『グリエに肉料理部門のトップである“ロティスール”の称号を与える』と書かれていた時の、怒りに燃えるアントレの顔が忘れられなかった。


(味方はいない……か)


 グリエは途方に暮れるように宙を見上げた。

 現在の宮廷の厨房において料理長アントレに逆らえる者はおらず、普段は仲の良い他の料理人たちも、アントレの顔色をうかがってうつむくばかりだった。


「俺をクビにした後、メインディッシュはどうするんだ? 味が変わったとガッカリされるだろうに」

「はっ! そもそもお前が肉料理部門のトップロティスールになったせいで味が落ちたって、もっぱらの噂だ! 貧民の作る飯は臭いってことだな」

「味が落ちた? ……誰が言ってるか知らないが、それはただの言いがかりだな。アルベールさんが亡くなる前……それこそ何年も前から、メインディッシュを担当してたのは俺なんだから」


 メインディッシュの肉料理をアルベールから一手に任されていたのは、他ならぬグリエ自身だ。それなのに「味が変わった」なんて言うんだから、グリエは呆れてしまった。

 そんなことを言う奴がいたとしたら、彼らが味わっていたのは料理ではなく「世界的な料理人アルベールの自慢料理スペシャリテ」という“情報”だったんじゃなかろうかとさえ思う。


 グリエが呆れる中、アントレは嫌味な感じで笑ったままだ。


「今まで料理してたのが貴様? ははっ。言うに事欠いて、親父の功績を横取りしようというわけだ。下民の卑しさには反吐ヘドが出る」

「横取りするつもりなんてないさ。アルベールさんの専用の厨房でやってたから見えなかっただろうが、アルベールさんはずっと俺に任せてくれていたんだ」

「そんなわけあるかっ! 料理人失格の大ぼら吹きめが!」


 アントレの逆鱗げきりんに触れてしまったのか、一気に怒りの熱を上げた彼に生ごみ袋をぶちまけられ、グリエは頭から酷く汚されてしまった。

 まわりにいるアントレの手下たちはそれを見て鼻をつまむ。


「雑用風情が一丁前にコック服を着てんじゃねぇよ。脱げ。クセェんだよ!」

「おいグリエ、衛兵に連れて行ってもらえ。……宮廷の外に、丁重にな」


 その言葉でグリエが気が付くと、いつの間にか衛兵たちが厨房の中に詰め掛けていた。

 しかしその中に意外な人物がいることに気が付く。

 それは儀典ぎてん長――宮廷で催事を司る部門の長、ガトーという名の中年の紳士だった。


 彼は宮廷では料理人たちの上役であり、歯向かうことを許されていない。

 そんな貴族然とした男がグリエの前に立った。


「まだ居たのかね。我らが神聖な宮廷をけがす罪人はさっさと失せなさい」

「儀典長、これは何かの間違いなんだ。俺は横流しなんて……」


 ガトーは口ひげを整えながらグリエに厳しい眼差しを向ける。


「横領とは愚かなことを。……特に美食を司る我がグラッセ王国において貴重な食材を盗むとは、許されることではありませんな。国外追放。……それが妥当でしょう」

「国外……追放……?」


 宮廷から解雇されるだけでも途方に暮れるのに、この国からも追放されるだなんて思いもよらなかった。

 しかしガトー儀典長の決定に料理人は逆らえない。いや、逆らったところで余計な罰が増えるだけでもあった。

 グリエはギュッとこぶしを握りしめ、震わせる。


「受け入れるしか……ないってことなのか。……しかし、今後の食材の調達はどうするつもりだ? メインディッシュの食材はずっと俺が狩ってたんだが」


 グリエが伝えると、アントレは鼻で笑い始めた。


「ははっ。許されたいとは言え、大ぼら吹きもそこまで行けば大したもんだ! 狩りこそ狩人や冒険者の領分。お前なんぞにできる訳がないだろう? さっさと出ていけ!」


 そう言って、アントレは水をぶっかけてきた。

 グリエにとって最後の忠告だったわけだが、聞く耳がないなら仕方ない。

 彼はコック帽と白衣を脱ぎ捨てると、衛兵と共に厨房を出ていくのだった。



  ◇ ◇ ◇



 国外に追放された後、グリエは魔獣の住まう危険な森にやってきていた。

 貧民街の友人たちに会えなくなったのは心残りだが、すでに遠い昔に家族を亡くした孤独な身にとって、絆を断ち切られたのなら前を向くしかない。

 そしてたどり着いたのが、グラッセ王国から少し離れた地にある『魔獣の森』であった。


 この森は危険な魔獣がウヨウヨしているせいで周辺国が手を出せず、どの国にも属していない。

 しかしグリエにとっては狩りで気軽に訪れる庭のようなもので、彼は滞在用に作った樹上の小屋に陣取りながらサバイバル生活を始めていた。


「……さて、解体も完了だ。見事な霜降り肉。熟成が楽しみだぜ」


 グリエは獲ったばかりの獣をさばき、包丁を横に置いた。

 そして肉を見ながら宮廷の自慢料理スペシャリテの食材を思い出す。

 『料理長のスペシャリテ』と呼ばれるメニューの食材は、そのほとんどがグリエ自身が各地の危険な狩場で仕入れていたものだ。

 それをちゃんと伝えようとしたのに、アントレたちはまったく聞く耳を持たなかった。

 このままではメインディッシュがことごとく作れなくなるわけだが、彼らはどうするつもりなのだろう?


 ……そんなことが気になったが、アントレの顔が思い出されたので考えるのを止めた。

 もうクビにされた身。あいつらも自分のことは自分で責任を持つだろう。

 むしろ関係がなくなって清々するっていう事だ。


「嫌なことは忘れるに限る。そしてストレス解消には飯がピッタリだ」


 グリエは首を振ると、小屋の厨房にある鍋の蓋を取った。

 鍋の中にはこってりと色づいた骨付き肉が泳いでいる。

 その香しい肉汁の香りを顔に浴び、よだれが口にあふれ出た。


 猛獣と名高いジュエルボアのスペアリブ。

 香草で肉の臭みを消し去ったうえ、宮廷では幻とも言われていた常夜茸とこよたけと一緒に煮込んであるので、いくら食べても手が止まらない。

 ホロホロに崩れる歯触りも相まって、我ながら絶品だとグリエは思う。

 肉を食うごとに怒りも消化されていくようだ。


 しかし腹が膨れる頃。怒りとは別の、どこかむなしい気分をグリエは覚えていた。

 その原因はもちろん分かっている。

 ――食べてくれる客がいないからだ。


 グリエにとって料理とは“誰かのため”につくるもの。

 このスペアリブはつい癖で完璧に仕上げてしまったが、自分だけのためならここまで頑張る必要はない。グリエ自身は適当に塩を振った肉でも満足できた。


 旨そうに頬張ほおばるお客の顔が見たい。

 満腹になって幸せそうなお客の顔が見たい。


 貧民街で生まれ育ったグリエにとって食事は何よりも大切で、肉のひと欠片さえ宝石の輝きに感じられた。

 そして今の自分には狩りと調理の腕があり、自分自身を満腹にさせるのはたやすいこと。

 だからこそ、グリエは“お客”という存在に飢えていた。


「……あぁ。働きてぇな……」


 グラッセ王国以外の土地は、狩場以外は何も知らない。

 ひとまずの食事にありつこうと魔獣の森に来たまでは良かったが、そろそろ人里に降りるべきと思うようになっていた。



 ――その時だった。

 グリエは小屋の外に鼻を向けた。


「……これはチャリオットベアの臭い。――近いな」


 まるで犬のような鋭敏な嗅覚が狂暴な魔獣の接近を知らせる。

 そして次の瞬間、若い女性の悲鳴が響き渡った。


「た……助けて……っ! 誰か…………!!」


 こんな深い森の中で珍しい。

 ただ事ではないと察し、グリエはとっさに立ち上がるのだった。



 = = = = = = =

【後書き】

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