第20話 王都へ


 ノースウェルの正門へと向かうと、すでに千人の兵士が待機していた。


「フーヤ様! 兵士五百人集まっております!」


 兵士を集めていたシャルロッテが叫んでくる。


「助かる! では急いで王都に出陣する! 『逸風・天馬陣』!」


 俺が陣形を宣言した瞬間、兵士たちの側に大量の翼を生やした白馬が出現する。


 この馬たちは天馬ペガサス、神の加護を受けた聖なる馬だ。


 通常の馬に比べて足が速いのもだが、その背中で飛翔することが最大の強み。


 本来なら山や川などは進軍速度が落ちる。だがこの『逸風・天馬陣』ならば、山や川などの地形を無視できる。凄まじい速度で進軍が可能だ。


 ボルギアスの工作時間を減らすためにも、少しでも早く王都に着くのにもってこいの陣形だった。


「おお! この駿馬であればすぐに王都につけそうですね!」


 シャルロッテが感激の声をあげる。


 ちなみに彼女は副官として軍に編成している。軍編成時に副官がいると色々とメリットがあるのだが……今は関係ないからいいか。


 ……そういえば武将って一兵士として運用できるのだろうか? ゲーム上だとそんなシステムはなかったけどどうなんだろう。


 いやそんなことを考えている時間はないか。


「兵士たちよ、天馬に乗れ! 急いで王都に向かうぞ!」

「「「おおー!」」」


 こうして俺達はノースウェルを出陣し、天馬を駆けさせて街道を走り出した。


 もはや自動車にも劣らぬ速度で進んでいき、数時間で王都目前についたのだが……。


「フーヤ様! 前方の街道を塞ぐように、山賊の集団が待ち構えております!」





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 王城玉座の間では、ボルギアスがセリア姫に詰め寄っていた。


「女王陛下! リーンが倒れた今! このボルギアスが政務をお手伝いさしあげます!」

「え、えっと、あの……リーンは起きるかも……」

「何を仰いますか! いつ起きるか分からぬ者を待つ間に! この国の政務が滞って滅茶苦茶になりますぞ!」


 玉座に座るセリアは、ボルギアスの勢いに完全に押されていた。


 彼女とてこの状況で分かっているのだ。この状況でボルギアスに権力を与えれば、間違いなく好き放題するに決まっていると。


(ど、どうすれば……ボルギアスの勝手を許すわけにはいきません。でも私が政治をしても、結局酷いことになってしまう……!)


 セリア姫は自分の無能さを理解していた。


 下手に自分の手で政務を行おうものなら、すぐに国の状態を傾けることすらあり得ると。


 以前に彼女が政治を行った時に前例があり、その時はリーンになんとかしてもらったのだ。


「女王陛下! 国民のためを思うのならば! このボルギアスに全権を与えるべきです! そうでなければこの国は、すぐに他国に攻められて滅びます! 今この時も狙われているのですよ!」


 ボルギアスの言うことは正しかった。


 この国は東西南北を四つの国に囲まれているのだが、どの国も隙あれば土地を奪おうと待っている。


 ここでリーンが倒れたのを放置して政務が滞れば、隣国たちは隙ありとこぞって攻めてくるだろう。


 リーンが倒れた以上、誰かが代役を行う必要があるのは間違いない。問題はボルギアスが他国と通じていることだが。


「え、えっとえっと……そ、そうだ。鬼霊討伐の英雄が……フーヤが……」

「あの者は北の都市にいるのですよ! 仮に今からこの王都に呼び寄せて、来るまでどれだけかかると! それに私の調査によると奴は他国と内通している! 信じてはなりません!」

「ひっ!?」


 ボルギアスがあらん限りの大声で怒鳴り、セリア姫は思わず悲鳴をあげた。


「そもそもです! 古くからの忠臣たるこのボルギアスを差し置いて! あんな新参者が出てくるなどおかしな話! 諸侯も納得などしません!」

「そ、それは……」

「早く! 早くこのボルギアスに全権を! 分かっているのですか! 貴女が迷っている時間で、どんどん危機に迫っているのです! 国を潰す気ですか!」

「…………」


 セリア姫は黙り込み、どうすればいいかを必死に考え始めようとする。


 だが頭が熱されて空回りし、思考がまとまらない。彼女の髪にボンヤリと紋章が写っていく。悪魔の呪いによる呪詛が。


 セリア姫が何かを考える度、何かを学ぼうとするたびにこの呪いが出現して、思考能力を完全に奪ってしまう。学んだ記憶を消し去ってしまう。


 この呪詛は目を凝らしてもそうそう見えない。おつきのメイドですら未だに気づけておらず、リーンしか知らぬことであった。


 セリア姫の動揺を見て、ボルギアスは下卑た笑みを浮かべ始めた。


「しかしですなぁ。ここまで女王陛下が優柔不断ですと、私も色々と考えないといけませんなぁ」

「い、色々とは……?」

「私も自分の土地や民を守らねばなりませんので。これ以上は言わなくてもお分かりいただけると嬉しいのですが」


 ボルギアスは暗に、裏切りを仄めかした。ここで決めるために勝負に出たのだ。


 セリア姫はその言葉を聞いて、口をパクパクさせて唖然としている。

 

「女王陛下! ご自身の無能さで国を潰すおつもりですか!」


 ボルギアスの一喝。あまりにも滅茶苦茶な論理だ。国を潰すのは彼の裏切りであろうに、それをセリア姫の責任にしているのだから。


 だがセリア姫は反論する言葉を失い視線を床に落とす。ボルギアスがもし裏切れば、この国の半分に近い土地が寝返ることになる。


 それは到底容認できるものではなかった。

 

 そして無能という言葉は彼女にとってトラウマでしかない。とうとうこらえきれずに、セリア姫の目から涙が落ちた。


 少女の心の折れた波を見て、ボルギアスはニヤリと笑う。


 セリア姫は口を震わせながら言葉を紡ぎ始めた。


「……わ、わかりました」

「ほほう! では早く言葉にしてくだされ!」


 ボルギアスはニヤリと笑みを浮かべて、己の勝ちを確信する。


(ごめんなさい、リーン……私は結局、誰かがいないと何もできないのです……) 


 心の中で本当の忠臣に謝罪しながら、セリア姫は言葉を続ける。


「ボルギアス……あなたに、全権を……与え……」

「お待ちください!」


 セリア姫が言い切る寸前、玉座の間の扉が開く。そこに立っていたのはフーヤと、血にまみれた化け物いやシャルロッテであった。


「セリア女王陛下! そんな者の言うことなど聞く必要はございません!」

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