第3話 歴史を変える始まり
エルス国北都ノースウェル。
平和な街で国民たちは活気に満ち溢れて生きている。
つい先日に王が崩御して一人娘が女王に即位したが、今のところは問題は発生していない。いや正確に言うならば今この瞬間までは何もなかった。
平和の空気を吹き飛ばすように、都中に警鐘が鳴り響く。
『ま、魔物の襲撃だ! 正門に大量の魔物が現れた!』
魔法によって声が王都中に響き渡る。明らかな緊急事態に都の住民たちは動揺し始めた。
「お、おい! 正門で魔物の襲撃だって!?」
「大丈夫だ! 正門は頑丈だから簡単には破られないはずだ! それに王都軍が対応してくれるはず……!」
「……気になるな、見に行くか。流石に正門の防護結界は優秀だし破られないだろ」
だが悲しきかな。人はスリルを求める習性か、野次馬根性で正門に集まる者が多かった。
そんな正門の前では大量の人型が外で跋扈していた。
頭に角、身体は筋肉の鎧を身に着けていてその姿はまさに鬼だ。しかも全員が身の丈ほどある金棒を持っている。
そんな鬼が軍のようになって、王都の外の正門前にいた。
その数、ちょうど千。『千鬼夜行の金棒鬼』、このエルス国に降りかかる死災のひとつ。
なお今は昼であり別に鬼は夜しか活動しないわけでもない。夜行はあくまで比喩の類である。
他の鬼よりも一回り大きい者が、正門へとゆっくり近づいていく。だがこの門に扉の類はなく、来るもの拒まずといった態だ。
そんな門の入り口をふさぐように、光の壁が出現した。魔障壁、この世界における城門は全て魔法によるバリアを張れるのだ。
このバリアがあるからこそ、民も緊急事態においても安心できていた。
「魔物め! この正門は突破できぬぞ!」
正門の内側では兵士たちが集まっていて、彼らの先頭に立っている男――領主が叫ぶ。光の壁は透き通っているので、内外の様子が筒抜けである。
領主は剣を引き抜いて空に掲げた。
「化け物め、二千の兵に勝てると思うな! 『弓陣』にて敵を撃つ!」
そう叫んだ瞬間、集まった兵士たちに光のオーラのようなものが纏われた。それと同時に各兵士の手元に弓矢が出現し、軽装の鉄鎧が装備された。
「矢を放てぇ!!!!!」
領主の号令と共に各兵士が矢を射る。放たれた矢は鋭く正門の光の障壁をすり抜けて、鬼の軍勢へと襲い掛かっていく。
雑兵の矢ではない。全員が弓の名手のように鋭い矢を放っている。
だが…………鬼たちの身体に矢じりが刺さらずに跳ね返された。
「……ば、バカな!?」
「脆い! 矢も魔の障壁も! しょせんは人ごときよな」
鬼の大将は金棒を振りかぶり、一気に振り下ろした。
金棒が正門に直撃して、バリアごと門は粉砕されてしまう。
「い、いいっ!? あ、あり得ぬ……!? ぐ、ぐっ、矢を射続けろ! 近づかせるな!?」
領主はその様子を見て茫然としながらも、声を裏返して叫んだ。
「はああああっ!」
兵士たちは渾身の一矢を放ち続けるが、全ての矢は鬼の肌に弾かれ続ける。
矢の雨をもろともせずに鬼たちは突進してきて……兵士たちの目の前まで迫った。
「……う、嘘だ」
「矮小な人間、死ね」
鬼が片手で無造作に金棒を振るう。兵士は鎧ごと身体が粉砕されて死んだ。
他も同様だ。兵士たちは近距離で矢を放つが、やはり鬼の肌すら傷つけられず反撃で無惨に殺されていく。
「くくく……それで戦ってるつもりか? では今度はこちらからだ」
今度は鬼たちが兵士を襲い始めた。兵士たちは全く歯がたたず、金棒どころか拳や投げ飛ばされて惨殺されていき悲鳴が響く。
「ひ、ひいっ!? 近づかれたら弓陣じゃあ!?」
「に、ニゲっ……」
兵士たちは弓しか武器を持っておらず、近接では戦えない。
この世界において陣形とは、各兵士を強化する力を持つ。また優れた者が率いるほど、兵士の力も向上していく。
今回ならば弓陣を敷いたことで、軍の全ての兵士が弓の名手となれた。だが強い力には欠点があるものだ。
一度軍の兵科を決めてしまえば、軍を解散するまで変更できない。
本来なら前衛を敷いて戦う兵科で、今回は城門が盾となるはずだった。
「ば、バカな……こんな、こんな馬鹿なぁぁぁぁぁ!?」
「ふん。雑魚が」
目の前の光景を信じられずに唖然とする領主を、一匹の鬼が金棒で潰した。
その瞬間に兵士たちの弓や鎧、そして彼らを纏っていたオーラすら消え失せる。
「ひ、ひいっ!? 領主様がやられた!? 兵科陣形が維持できないぞ!?」
「に、逃げろっ!?」
兵士たちはもはや勝ち目はないとばかりに逃げようとする。だが領主が死ぬ前よりも遥かに動きが遅い。
「ぐはは。逃がすか!」
そうして二千の兵たちは鬼に殺されるか、守るべき門を捨てて王都の中に逃げ散った。
もはや邪魔者はいない。ゆっくりと正門をくぐろうとする鬼たち。
今から始まるのは災害だ。一ヵ月もの間、王都は蹂躙されて燃え続ける地獄と化す。それが四災の千鬼夜行、この国を崩壊させる要因の一つ。
だがそんな彼らに対して、更に王都内部から向かってくる軍があった。
先ほどに比べればかなり少ない兵士の軍。かつまた鎧も武器も持っていない。
そんな軍を率いていたのは、赤髪を持つ少年――フーヤ・レイクだった。
「待て! 金棒鬼の千鬼夜行よ! 正史通りに暴れさせはしない! 『黒装・破魔陣』!」
フーヤが呟いた瞬間、兵士たちの身体が大柄に膨れていく。さらにそんな身体を包み込むように、重装甲の鎧に兜や盾が出現した。
さらに彼らは身の丈を超える、鬼の金棒にも劣らぬ黒色のメイスを持っていた。鎧や盾、メイスには細かな文字が至る所に書き込まれている。
いたるところに書き込まれた文字のせいで、鎧や兜は漆黒の闇のように黒い。
「おおおおおおお!」
フーヤは単騎で鬼に向けて突撃していく。彼もまた兵士と同じく、身体も装備も変貌していた。
「馬鹿め、人間ごときが!」
先頭にいた鬼があざ笑いながら、フーヤに向けて金棒を振るった。
その一振りは大岩すら砕くほどの剛力だが……フーヤはその金棒を軽々と盾で受け止めた。
「……は?」
悪鬼羅刹だった者が間の抜けた声を出した瞬間、フーヤは右手のメイスを鬼の脳天にたたきつけた。
鬼の頭はひしゃげて、自慢だっただろう角が割れて粉微塵になる。
鬼退治を成し遂げたフーヤはメイスを空に掲げて叫ぶ。
「鬼、討ち取ったり! 悪鬼羅刹なにするものぞ! 総員かかれ!」
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