私が愛したのは

月簡

私が愛したのは

  私には愛するものがある。

 それが何なのかは、私以外、誰も知らない。今日も会いに行く。

 その愛するのは私の大好きな本屋にいつもいてくれる。

 私の行きつけの本屋は、言ってしまえば陰気臭い。けれど、おもむきがある。

 私がなぜ愛するのか。話せば……長くはならないので話しておこう。


 私は一人っ子で、家でいつも一人だった。けれど、図書館に行けばいつも会えた。

 その時からだった。愛するようになったのは。

 一人の寂しさも、普段のつまらなさも、どちらも一瞬で吹き飛ばしてくれた。

 私はどんどんと、思いを寄せるようになった。

 特に、両親が死んでしまい、近くに住む高圧的な祖母に引き取られてからは、より想いを寄せていた。


 まあ、こんなところだ。よくある話だとも思う。けれどこれは、私が人生で最初で最後に恋をした、私にとっての逸話なのだ。

 そして、失恋はきっとしない。私の想いは伝わっているかはわからない。少なくとも認知くらいはされているだろう。

 やっぱり、今日もいてくれている。毎日、仕事三昧だろうに。

 目を合わせるのは少し恥ずかしい。だから壁のポスターを眺めるふりをする。

 いつもならポスターを無心で見つめているが、今日は新作映画のポスターが貼ってあり、気になったので見入ってしまった。

 気づくと約1分たっていた。

 たったの1分だが、本当はポスターなんかに費やしたくなかった。

 だが、これもカモフラージュのためだ、そう言い聞かせて心を落ち着かせる。

 そろそろカモフラージュを、解いてしまってもいいだろう。

 だが、私は目を合わせた。

 やっぱり今日もかっこいいし、かわいい。それでいて、存在感がある。

 見惚れてはいけない。

 見れただけで本当は満足だが、なにか買っていかないと。

 私は愛するものを抱きしめ、レジへと向かったが、後ろから声をかけられた。

 振り返ると、店員が立っていた。

「お客様、本を抱きしめるのはお辞めください……」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

私が愛したのは 月簡 @nanasi_1

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ

同じコレクションの次の小説