俺にしか抜けない件
松丘 凪沙
伝説の始まりと終わり
「らーしゃっせー」
店に入るなり金髪のチャラチャラした男がやる気のない挨拶をかけてくる。第一関門は突破。
店内をざっと見回って知り合いがいないのを確認。第二関門も突破。
マガジンラックから適当な週刊誌を二冊抜き出してアダルトコミックコーナーの一角へ向かう。棚にはギチギチに本が詰まっていた。この棚には少なくとも十年以上売れていない『伝説の勇者にしか抜けない本』があると地元(男子限定)で有名だった。
念のため、右見て、左見て、もう一度右を見る。敵影は無し。作戦を開始する。
左手で他の本を押さえつつ、右手に力を込める。およそ三十秒。永遠にも思える長い格闘の末、お目当ての本を抜き出した。
俺は素早くその漫画を週刊誌でサンドすると一直線にレジへと向かった。
先ほどの金髪の男に商品を差し出す。もう勝ったも同然だ。そう油断していた俺は背後から迫る死神の足音に気付けなかった。
「村田さん、休憩時間なんでレジ代わりますね」
背後から聞き覚えのある女性の声がした。振り返ると、同じクラスの宮前がこの書店の制服代わりであるエプロンを後ろ手に締めながら近づいてくる。
まずい!?知り合いがここでバイトしてるなんて思わなかった。俺は必死に目の前の村田というチャラ男店員にアイコンタクトを送った。
(頼む! あんたが会計してくれ! 男たるもの普通の雑誌に挟んで買うものといえばアレしかないだろ!)
しかし私の無言の訴えにはまるで気付くことなくチャラ男はバックヤードへ引っ込んでいってしまった。
レジへと入った宮前は俺の顔を見るなり開口一番に「あれ、勇斗くんじゃん、家近所だっけ?」と話しかけて来た。もう言い逃れもできそうにない。俺が返事をできずにいると宮前のバーコードをスキャンする手が止まった。
見られた。
「……1850円になります」
そこから先は無言だった。宮前はもう俺の方を見ようともしない。俺は商品の入った袋を引ったくるように受け取ると足早に店を出た。
涙を堪え、何度も転びそうになりながら家路に着く。
俺は自室でレジ袋から本を取り出した。
俺が買ったのは、性癖がニッチすぎて『伝説の勇者にしか抜けない』と巷で囁かれている熟女モノのスカト◯エロ漫画だった。あれだけ警戒していたのに、よりにもよってクラスメイトの女子に買うところを見られてしまうなんて……
遅かれ早かれ俺がこの本を買った事は周りに知れわたるだろう。俺は『伝説の勇者』として今後語り継がれるに違いない。そうしたら俺の高校生活は終わりだ。
俺はパンツを降ろして股間の剣を抜いた後、今後の学校生活に想いを馳せ、股間と目頭をティッシュで拭い泣いた。
俺にしか抜けない件 松丘 凪沙 @nagisamatsuoka
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
同じコレクションの次の小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます