第8話:異世界ロックンロールは恥ずかしいです

「男爵様。体調不振でしょうか。顔色が真っ青です」


 さきほど伯爵さまの邸宅に、リース様がわたくしを迎えに来てくださりました。


 なんでも重要な準備をせねばならないとの事。


「まだ王都に慣れない所すまない。最難関の試練がついに来てしまった」


「なんでしょう」


「舞踏会だ。二十日後、王宮で貴族すべてが招待されたパーティーが開かれる。

 もちろんパートナーを連れていく。

 つまりルシェル嬢。あなただ。これからダンスの特訓をしなくてはならない」


 な、なんということでしょう。


 わたくし、異世界ガジェット1号は頭脳特化型。

 身体強化どころか、運動神経がぶっちぎれております。

 元の修道女さんが相当ひ弱だったのでしょう。


 ダンス教師のスタジオに着き、馬車から降りるときは、わたくしの顔も真っ青となっていました。


 なにか良い方法は?

 高速演算をしましたが、ループ思考におちいりました。


「ちょ、ちょっとお花を摘みに行ってまいります」


「花を摘む? なんだそれは」


 プリムがリース様に説明をしている漫才を無視し、お手洗いへ速足で駆け込みました。


 トイレがあってよかったです。

 庭で用を足すのはご勘弁を。


 誰もいないのを確かめてから、胸の多目的ペンダントの前でアイザックさまの聖なる印を結びます。


「ほ~い。焼肉が焦げちゃうから、ちょっと待っててね~」


 聖なる印から、二メトルくらいのところに3Dホログラムが映しだされました。

 でも映し出されたのは白い煙だけ。


「え~と。換気扇オン!」


 シュ~~ン。


 瞬く間に白煙が消え去り、ほっぺたにご飯粒を付けた神々しいアイザックさまのお姿が空中に映し出されました。


「やあ、ルシェルちゃん。おひさ~。ちょっとだけボーナスが入ったのでA10ランクのお肉を買ったんだ~」


 お箸で焼肉を見せてくださいました。

 アイザックさまが嬉しいということが、わたくしの幸せでもございます。


「アイザックさま。現在、秘密結社の組織拡大プログラムに重大な障害が持ち上がりました。わたくしでは解決不能との結論。

 なにとぞお力添えを」


 わたくしがジャパニーズお辞儀をするとプロジェクターが下を向き、アイザックさまの下半身が床にめり込みます。


 アイザックさまはどんな仕草でも素敵です。


 わたくしが現状を説明しますと、流石は万能なる創造主。

 即座に解決策を提案してくださいました。


「じゃ、追加プログラムをそっちへ送るから、それで今回はしのいでね。使用時間は五分間。ご利用は計画的に~。じゃね~。ああああ、お肉が、お肉が消し炭にぃ~~~」


 再び巻き起こった白煙とともに、アイザックさまのお姿が消えていきました。


 さて。

 アイザックさまの事です。

 きっと素敵なプログラムを頂けるのでしょう。


 わたくしはリース様とのダンスの練習に向かいましょう。


 ですが……、二部屋もある、なんとも広大なダンス練習場の建物で、三十分間迷子になってしまいました。



 ◇ ◇ ◇ ◇



 女王陛下主催の舞踏会です。


 もちろん男爵以上の貴族は必ず出席せねばなりません。

 そして殿方はエスコートする女性を伴っての出席。


 まずは男爵位の下級貴族から入場いたします。


 あまり人がいらっしゃらなくて良かったです。


 馬車から降りて、会場の隅にある下級貴族の集まる場まで歩くのに何度もつまずき、リース様に腰を支えらました。


 その度に、狭心症の発作が。


 大丈夫。

 ニトロ剤はきちんと用意いたしました。


 リース様用のペンダントをお贈りすると、微妙な表情で受け取っていただけました。


「こういったプレゼントは、普通は贈る側が逆では……」


 というつぶやきが聞こえましたが、ペンダントを逆さにしたら装飾品としての機能が低下すると思うのですが。




「女王陛下の御出座である!」


 ファンファーレと共に、ムーサ連合王国を統べるヴィクトリアさまがお出ましになりました。


「皆さま。今年も良き年であること、貴族だけでなく国民全員の努力のたまもの。

 その気持ちさえ忘れなければ、ムーサ六女神さまの加護がこの国を導きますでしょう。

 国民の代表としての貴族。その誇りをもって、ここに連合王国建国の祝賀をいたしましょう」


 その御言葉が終わると共に、愛国歌『ルール=ムーサリア』が全貴族によって熱唱され始めました。


「これだから強い、我が国は。国民すべて一丸となり外敵に当たることができる」


 そのリース様の言葉に反応する声が聞こえました。


「リース卿。そなたは武人としては、この上なく優秀。だが貴族社会の暗闘。外交の裏側には疎い。これからはそれを知らねばなりませんぞ」


 声をかけて来たのは、どうやら陸軍での同僚である男爵のようです。


 そうですね。

 武力だけで何とかなる世界ではありません。

 外交力、謀略、経済力、文化力。

 これら全てが戦力となって国を守ります。


 このパーティー会場にも、敵国に通じる謀反人と、その予備軍が沢山いるでしょう。


 リース様がさらに陞爵しょうしゃくしていくためには、これらを蹴散らして勲功を立てるのが一番の近道です。


 そしてわたくしの秘密結社計画を邪魔するものを排除するタスクと重なります。


 心してかからねば。

 そしてそれを目立たずひっそりと遂行していくのです。




 地球で言うところのワルツが流れてきました。


 さあ、これからが難関です。

 二十日間、たっぷりと練習してリース様は、ダンスにとても熟達いたしました。

 流石は運動神経のよい武人様です。


 わたくしは……、聞かないでくださいませ。


「ルシェル嬢。大丈夫だ。練習通り、体重を俺に預けてくれ。ステップは踏んだように見せればそれでいい」


 コクコクとうなずきながら、目立たないように、この数分間を過ごす事だけに全集中です。



「さあ、参る」

「はい」


 リース様の腕が、こ、腰に!

 何度やっても、背中から首筋にかけての神経系統が悲鳴を上げます。

 ふるふると震えながらのダンス。


 つまずき一度目。

 二度目。

 三度目。

 ・

 ・

 ・


 何度目かのつまずきで、遂にわたくしの全神経系統が暴走を始めました。


 このままでは無様に転んでしまい、悪目立ちをしてしまいます。

 それでは秘密結社アイザックを作ることが難しくなります。

 わたくしは最後の手段として、新プログラムをエンターしました。


 途端に新プロトコルが発動。

 外付けデバイスである異世界ガジェット6号、ちょっと未来的なダンスシューズが起動。


 わたくしの身体を置き去りにするくらいのスピードでステップを踏んでいきます。


「なんだ、ルシェル嬢。こんなに上手にステップを……おっと」


 はい。

 ステップだけです。

 上半身は置いてけぼりです。


「やはりルシェル嬢には、この俺がいないと……なんでもない。そちらのステップに合わせるからまかせろ」


 そうです。

 わたくしが合わせるのはまずは不可能。

 でもわたくしの壊滅的なステップに合わせるのは、いかにリース様とて不可能です。


 よって自動的にステップを踏むプログラムをコーディングしていただきました。


 が。

 なんということでしょう。


 途中からリズムが、なぜジョニー・A・バッドになるのでしょうか?

 アイザックさま。

 これもあなた様から与えられた試練でございましょうか。


 はずかしいです。




 <別人物の視点>


「ふふ。面白い人物のようね。あの灰色の聖女さんは。そう思いませんこと?」


 物陰に隠れていたハーフマスクをつけた女性が、同伴した財務官僚らしき貴族に話しかける。


「そうですな。色々なことに手を出しているようで。私にも手を伸ばしてきて、財務省の機密を要求してまいりました」


「それは使えますね。たとえ養女とはいえ、そのような大罪を犯すものが身内にいるとなれば、ウェルズリー伯爵を罠にはめるチャンスを作り出せるでしょう」


 ハーフマスクの女性は、妖艶な口元をゆがませて異世界に似合わないダンスを踊る、新進気鋭の男爵とその許嫁を眺めていた。




 ◇ ◇ ◇ ◇


 次回。

 遂に敵が牙をむく!

 ルシェルはどう立ち向かう?


 一応面白いと思われた方は★1つ。

 面白い!と思われた方は★3つで評価してください(^^♪

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