第7話:女流作家爆誕。とんだ間違いを犯しました

「わたくしの目はごまかせませんわよ、この聖女をかたる王国に仇なす魔女!」


 連れてこられたエリーザさまの赤い髪が、火災のような勢いで燃え盛っています。


 もっと激高すると青白くなり、更に激怒すると透明に近くなるのでしょうか?

 ろうそくの炎をモチーフにしたファッションなどは売れるでしょうか?


 わたくしが並列思考で商業活動の可能性を探っているうちに、エリーザ様は色々な情報を勝手に教えてくださっています。


「知っているんですからね。あなたが灰色の魔女という異世界からの侵略者だということを。

 まず手始めにこのムーサ連合王国を陰から支配し、それを足掛かりとして世界征服を企む秘密結社を作ろうとしている事を!」


 ぎくっ。


 ここにいる支配人には、ある程度秘密結社のことは話していますが、異世界とかは話していません。


 ましてやプリムには、ほとんどしゃべっていません。

 敏いプリムは、秘密結社を作ろうとしている事には気付いていると思いますが。


「異世界? なんのことでしょう。エリーザ様、どうしてそのようなことを思いつかれたのでございましょう」


「どうしても何もないわよ。あんなに思慮深いお父様と謹言実直なリース卿が、何かにとりつかれたようにあなたのような出自不明の修道女に惑わされるなんて。

 何か理由があるはず。

 そう思っていたら、やっぱりそうだったわ!」


 商会の警備員さんに羽交い絞めされながら手足をばたばたさせて、いろいろと説明しております。


 ありがとうございます。

 エリーザ様。

 調べる手間がはぶけます。


「やっぱりわたくしは悪者でしたか。わたくしも反省いたします。

 つきましては詳しいことを直接お伺いしたいと思いますので、エリーザ様にそれをお教えしてくださった方にお会いしたいですわ」


「あ、案外素直なのね。

 では罪状をご自身で聞いてくることね。わたくしはカンタベリア国教会のハーマン枢機卿の下で神に仕えているマミーカ司教さまからお教えいただきましてよ。

 実はあなたが異教の信徒で、異端の教えを布教している事を。

 それを使って世界を異端の神のものにしようとしていることを!」


 聞いているみなさんは「なにを妄想している、この女」という顔をしています。


 でもわたくしだけは「ぎくっ」という顔をしたのでしょうか?

 おかしいですわね。表情筋が暴走しました。


「そら見なさい。図星という顔をしているじゃないの。やっぱりあなたが東の大陸を支配しているローマン教会のスパイ!」


 おや?

 異世界とかはどこへ行きましたの?


「わたくしのあがめている神はローマンの神とは異なります。それは聖なる印を見ればわかる事です」


 わたくしは常日頃、皆様の前で組んでいる印を結びます。

 この王国で信じられているカンタベリア国教会の印です。


 両手の親指と人差し指で輪を作り、数字の6の字を左右から押し付けます。


 ローマン教会の場合は、その後、左手をそのままにして右手人差し指を降ろし、十字を切ります。


 いわゆるアンクですね。


 ちなみにアイザックさまの印はもっと複雑です。

 二つの6の字の後、十字の代わりに様々な数字を表して、最後にクレクレという感じに右手のひらをひらひらと動かします。


 とっても聖なる印です。


 これを見た方は、ハッとしたような表情を致します。

 その後、なぜかノクタンス商会にお金が振り込まれているのはなぜなのでしょう?


「この二つの輪っかは聖と悪、生と死、光と闇の絡み合いで世界が成り立っているということを表しているのは、エリーザ様も教えられているかと思います」


 このムーサ連合王国のみは、その二つの勢力を承認しているという事です。

 一神教とは違う宗教です。

 わたくしのデータではこちらの方が、侵略や残虐な行為の行われる確率が低いことがわかります。


「では、エリーザ様にわたくしが異端の神を布教しているとお伝えした司教様は、悪を許さないと? それは悪をも許すカンタベリア国教会の御教えに反するのでは?」


 エリーザ様もようやく論理的な破綻が起きていることに気づいたようです。


 そのマミーカ司教と言う方。調べてみましょう。

 何かがわかるかもしれませんね。


「ところでエリーザ様。わたくしのような年増が、仮にも姉だと名乗ることになって申し訳なく思っております。

 改めて謝らせていただきます。ごめんなさい」


 年増と言っても実年齢二十四なのに、外見はエリーザ様よりも幼いくらいですが。アンチエイジング技術の勝利です。


 わたくしはジャパニーズテクニックの奥義。

 スキル『土下座』を使用しました。


 残念ながら皆様には通じなかったようです。

 地球のデータはそのままでは通用しないことが多いです。


「つきましてはお詫びの品として、この本をご査収くださいませ」


 そう言って、ご婦人用の分厚い革表紙のついた薄い本をお渡しいたしました。


「周囲の安全を少しだけ確認し、伯爵家へ連絡して正式な護衛を寄こしていただきます。

 それまでしばらく、その本を読まれ時間を潰しておいてくださいませ」


 時間を潰す時は読書に限ります。

 エリーザ様もきっと喜んでくださると推定します。




 さて。

 どうもこの国には外国の魔の手がいくつも忍び込んでいるようです。

 きっと世界には秘密組織がたくさんあって、多くの陰謀を企んでいるのでしょう。


 あなどれませんね。

 秘密結社アイザックには多くのライバルがいるとは!


 この業界に新規参入する組織であるわたくしたちは苦戦を強いられるでしょう。


 でも負けません。

 こちらには地球で考案された様々な陰謀のデータがあります。

 それを逐一試してまいりましょう。


 一瞬、昆虫食を普及させるとか考えましたがましたが、却下。

 この世界の平民は普通に食べています。

 食肉が不足しているし、粗食に慣れているので消化器官が丈夫なのですね。


 それはともかく。

 裏では陰謀を推し進めつつ、表ではリース様を王国の実力者に祭り上げる。


 今の所、これが一番次の一手を打ちやすくなるプラン。


 お茶が冷めてしまいましたが、お代わりなどという贅沢は自分の良心が許しません。


 冷めたお茶をちびちびと舐めながらこのように考えていると、エリーザ様を軟禁していた部屋のドアがガンガンと叩かれ始めました。


「出しなさい! ルシェル、いえ、ルシェルお姉さま。出してください!」


 どうしたのでしょう?


「どうされました。エリーザ様。まだ今しばらくお待ちください。安全にお帰りになるには伯爵家へ向かった使いが帰ってから……」


「そうではありません。この本です! この本は、どなたが書かれたのでしょう!!??」


 警備の方が少しだけドアを開けると、バァ~ンと令嬢とは思えない強力ごうりきでドアを開け放って、あの薄い本をこちらへ向けます。


「この革命的な本。『イケメン神父。昇天ハレルヤ!』。この芸術的な絵! モチーフが神父と退役したイケメン軍人。この二人の愛情の絡み合い! なんという甘美な世界……いえ破廉恥、背徳感! これこそカンタベリア国教会の善悪の絡み合いの世界ですわ!!」


 昨夜、自分で書いていて自分の罪深さから、部屋の片隅にうずくまること十数回。

 血の涙を流しながらやっとの思いで書き上げた作品を、これだけ喜んでいただけるとは。


 苦悶くもんして書いた甲斐がありました。

 ですが、わたくしの名前は出せません。


「作者は……、チクニー=チクニータ先生です」


 わたくしはとっさに高速思考。

 適当なアナグラムを構成しました。


「チクニータ先生! お慕い申し上げますわ。わたくしもあなた様のような作品が書きたい。この劣情……いえ、創作意欲は誰にも止められません!」


 ああ。なんということでしょう。


 変な方向にエリーザ様の人生が捻じ曲げられてしまったみたいです。


「このような書物の分類は何と申しますの?」


「え、えーと。ブラザースキー・レディーハマルです。略してBLかと」


「素敵な名前! BL、BL、BL~~~ぅ!!」


 今度、紳士向けの書籍にも立派なジャンル名をつけないとですね。


 あと、殿方用書籍の著者名ですが。


「ムネスキー=プリンプリン」

 というものが、最高のパフォーマンスを引き出すとの結論が出ました。

 次点として「シリスキー=プルンプルン」もありましたが。


 本当にこんな安直な名前を殿方が喜ぶのでしょうか?

 そうですね。

 今度、リース様に感想を聞いてみましょう。


 一応、女性人格であるわたくし、それと内なる修道女の意識が「絶対拒否フィールド」を張ろうとしましたが、AT(アイザックタスク)プログラムがそれをやすやすと浸食貫通して、その呼称になりました。




 ◇ ◇ ◇ ◇


 次回。

 チクニー=チクニータ、もとい、ルシェルはどんな恥ずかしい行動をとるのか?

 乞うご期待!



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