逃げ出した相手と、再会と。
綾乃姫音真
逃げ出した相手と、再会と。
「あの、すみません」
漫画棚の品出しをしていると女の子に声を掛けられた。
「はいどうしました?」
この本屋の入っているショッピングモールから8駅離れた場所にある高校の制服を着ている。ある意味、見慣れた制服でもある……私が住んでる地元だし。私は中学時代の同級生が好きじゃないどころか、ぶっちゃけ大嫌い。だから同級生の大多数が通う地元の高校から逃げるようにわざわざこのショッピングモールの近くにある別の高校を選んだし、バイトもこっちでしているのに……まさかここで地元の制服を見るとは。
「――」
女子高生が目を見開いて私を凝視していた。
「?」
私としてはお客さんである相手の言葉を待つしかない。催促すると、うるさい人だと苦情入れられたり、キレられたり面倒くさいから。
にしても、地元の高校って校則ユルユルなんだよねぇ。目の前の娘も、髪を茶に染めてるわ、毛先は遊んでるわ、スカートの丈も弄っているのがわかる。私の学校なら確実に呼び出されている。
「……んんっ、この漫画を探してるんだけ――ですけど」
なんだかタメ口を利きそうになって慌てて付け加えた感。店員にタメ口なんて割と居るし、こっちとしては微妙な気分になっても大した問題ではなかった。まぁ接客態度は多少変わるけど。
「これですか? 少々お待ちください」
差し出されたスマホの液晶に表示されていたのは今月発売の百合漫画だった。確かSNSの百合好き界隈でそれなりに話題になっていて、私も買っていた。在庫はあったはずだけど、どこだろ。この出版社は隣の棚だったよね。
「…………」
棚に並んでいる漫画の背表紙を順に見ていく私だけど、視線が気になる……。
「こちらですね。どうぞ――あ」
お客さんの目当ての本を手渡したときに、ようやく気づく。この娘、中学時代の同級生だ……私、中学って碌な思い出がないし、思い出したくもない。特に目の前に居るこの娘の所属するグループにはイジメられてたし。
「あ、ありがと――ございます」
これはあれかな? イジメてた相手だし、内心では見下してタメ口で行きたいけど店員に訊いてる身としては敬語じゃないとって感じ? というか、敬語使えるんだなんて失礼なことを考えてしまう……。別に失礼じゃないか。目の前の相手は私の前で好き放題言いまくってたもんね。思うだけなら問題ない。
「?」
目当てのモノがあったんだからさっさとレジに行けばいいのに、何故か私の顔を見ては口を開きかけて、閉じる。そして本棚を見ては、私に視線を戻すんなんて動きを数度繰り返していた。
「あの、漫画詳しい、よね?」
あ、同級生モードになった。私もそうしようかな……というか、この娘に敬語使いたくないという本音もある。
「漫画ばっか読んでるってイジメられるくらいにはね」
このくらい言っても許されるよね? 中学時代は毎日会う同級生ということもあり、変に口答えしてただでさえ悪い人間関係が更に悪化するのが嫌で我慢して泣き寝入りしていたけど、今はもう他校の生徒で早々会うこともない。嫌われるのを気にするような関係じゃない。そもそも既に私も向こうが嫌いだし、向こうも私が気に入らないはず。
「――オススメの漫画教えて貰えたりする?」
「は?」
思わず素で返してしまう。意外な内容だったけど……もしかして高校生活で漫画趣味に目覚めた? こんな離れた本屋に来たのも、地元のお店で誰かに見られるのを避けるためとか?
「ごめん、なんでもない」
中学時代はアレだけ絡んできたのに、あっさりと引き下がっていく。
「……好きなジャンル知らないから、その手に持ってるのと同じ感じでいい? ――はい」
個人的に好きな漫画を手渡した。話題のタイトルに興味を持つなら気に入るだろう作品だ。
「……」
そんな意外そうな目で見ないで欲しい。
「今は店員とお客さんだから」
それでお話は終わりとばかりに品出し作業に戻る。彼女の気配が遠のいていくことに、ホッと安堵の息を吐いた。好感度としては最悪の相手だから緊張感ハンパない。それこそ恐怖を感じるくらいだった。実際に心臓が嫌な速度でバクバクとしている。
けどこれっきりのはず。向こうもわざわざ私の居る本屋に来ることは無いだろう――なんて思っていたら、彼女は定期的にお店に来るようになった。その度にオススメを訊かれるけど、どうやら好みが合っていたらしい。彼女のオススメを試しに読んでみた結果、私も気に入ったから間違いない。
あれだけ逃げたくて、実際に逃げて、同じ高校に行くことを避けた相手なのに……いつからか来店を待つようになっていた。
中学時代は完全に敵で、高校時代は共通する趣味を持つ他校の友達。
そしていま――同じ大学に進学した私たちは親友で同居人になっていた。彼女は何度か中学時代の事を謝ろうとしてきたけど、させなかった。今更だし、イジメられていた事実は変わらない――それに、イジメが原因で距離を置こうとしたからこそ、あの再会があった訳で。たぶん、普通に同じ高校に通っていたらこんな関係になっていないと思うし。
そんな逃げた相手と本屋で再会したお話。
逃げ出した相手と、再会と。 綾乃姫音真 @ayanohime
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
同じコレクションの次の小説
関連小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます