KACの浮遊霊たち
宿木 柊花
『ぬいぐるみ』 ぬいぐるみ症候群/ホラー
『体育の授業が嫌いだ。
これだと少し語弊があるかもしれない。
少し前、新しい教科書で指を切るまでは体育もそれなりに好きだった。
教科書が何の教科だったかは問題ではない。
言いたいことは唯一つ、運動神経が鈍いから嫌いというわけではない。ということ。
勘違いしてほしくない一点だ。
体育は危険だ。
転んで怪我したらどうしてくれる?
そう、手当てだ。
その手当てが嫌だ。
だからこそ危険は回避する。例えサボりと言われようとも教師に追われようとも母に連絡されようとも、絶対に回避しなくてはならない。
秘密を守るために』
空き地で拾った分厚いノート。
日記ともエッセイともとれるそれは続きが破り捨てられていた。
ざっと1センチはあるだろう厚さの切れ端が連なっている。
ページが戻っても白紙が続く。
時折ぐしゃりと握ったような痕があったり、ただ一本線が引かれていたりする。
もう残りもなくなった頃、また文字が綴られ始めた。
綺麗な大人の字だ。人に読ませるためのきっちり整列した文字。
最初のページの字は中学生や高校生くらいの自分が読むための文字が並んでいた。
書き手が変わったのだろうか?
『これを読んでいる君は知っているだろうか?』
思わずドキッとしてしまう。
『【ぬいぐるみ症候群】という病気を。
これは簡単に言えばぬいぐるみになる病だ。
比喩でも何でもなく、今無意識に浮かんだその柔らかいぬいぐるみに人間がなるんだ。
信じられないだろ?
僕らも初めての発症者が確認されたとテレビで知った時には大層驚いたさ。
パンデミックの恐怖に人々は疑心暗鬼になり、差別も起こった。ぬいぐるみを燃やして回る過激派まで現れたんだ。
でも今は違う。
発症は突発的で感染はしない。
因果も原因になりうる条件も見つからないとくれば、人間ができることなど対処療法といい塩梅で妥協した死亡判定くらいだった。
病には誰も太刀打ちできなかった。
だって完全に神のルーレットが決める気紛れなのだから。手の平で踊る人間にはどうすることもできやしない。
初期症状は傷口から血が出ない・綿が出るなど多岐にわたり、生物の常識から逸脱する
本人またはごく近しい人が気づくレベル。軽度。
(まだ隠せる)
そして症状が進むにつれ、血肉が綿となり内臓までも綿と化し、飲食を必要としなくなる。瞳が大きくつぶらになる。
(異常な吐き気や倦怠感に襲われる。出るものも綿or出なくなる)
友達など知り合いが変化に気づくレベル。中度。
(だが誤魔化せる)
皮膚が弾性を失い、骨が綿になる。
(骨が綿に変わる時がめちゃくちゃ痛い! 全身の骨が砕け散っていく感じ)
知らない人も見た目で気づくレベル。重度。
(入院を進められる多分モルモットとして)
そして少しずつ縮み子供が抱えるようなサイズになるころには自我を失う。
末期。
(縮むときの痛みは想像を絶し、地獄の業火より熱く感じる)
そして早い段階で脈拍、呼吸、瞳孔、脊髄反射を失うため、死亡確認は自我の消失のみ。
死。
受け答えやジェスチャーなど意思疎通の喪失の
これを拾った君へお願いがあります。
警察には届けずにここへ連絡をお願いします。
■■■-■■■■-■■■■』
携帯番号のようだ。
怪しいと思いつつ、指示に従った。
ものの数分でぬいぐるみを抱えた少年が現れた。
「拾ってくれてありがとうございます」
ノートを差し出す。
ぬいぐるみがこてん、と頭を倒す。お辞儀をしているような仕草だ。
「おじさんも『アリガトウ』と言っています」
わかるんですか? そう聞くと少年ら不思議そうにこてん、と首を倒す。
「そりゃ生まれた時から一緒にいればわかりますよ。それに今はこれがありますから」
少年はぬいぐるみが背負っていたリュックから小型の液晶画面を見せる。
『アリガトウ』と表示されたそれから伸びたコードはぬいぐるみに繋がっていた。
その時、ぬいぐるみ症候群の本当の恐ろしさに気づいた。
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