終わりのここから始まる物語
猫矢ナギ
終わりのここから始まる物語
伸ばした視線の先。見慣れたガラス扉に、無常にもそれは貼られていた。
「……マジか」
【『閉店のお知らせ』3月31日をもちまして、閉店させていただくこととなりました。】
学区内に二件しかない、貴重な本屋の終焉の報せである。
何も不思議ではない。全国で本屋の閉店が相次いでいるという話は知っていた。ネットの普及で本が売れないだとか、流行り病で客足が遠退いただとか、光熱費の値上がりだとか。推測できる理由は、俺の頭でもいくらでも思いつく。
ただ、人間はそんなに理性的な生き物ではない。いざその瞬間が訪れた時、一介の学生に出来ることと言えば驚いて呆けるくらいである。
「いらっしゃいませー」
立ち尽くす俺の心情など露知らず。間もなく開いた自動ドアの内側から、店員の声とよく調整された空調の生暖かい風が流れてくる。
踏み入れた店内は、まだまだ通い慣れたままの姿だ。こんなにいつも通りなのに、終わりだけが決まっている現実が、俺にひどく寂寥感を抱かせた。
そうは言っても、客である俺がやることは何も変わらない。
出たばかりの新刊やメディアミックス化された本の平積みを眺め、気に入れば手に取る。
俺も、雑誌や漫画は電子書籍で買うことが多い。それでも本屋を訪れることが好きなのは、何も知らないまっさらな出会いがこうして存在するからだった。
しばらく店内を巡っていると、また自動ドアが開かれる音がした。
「まじかぁ……」
微かに聞こえた身に覚えがありすぎる呟きに、思わず視線を向けてしまう。
そこには、開き行く自動ドアに貼られた紙を目で追いながら、茫然と立つ少女が居た。
──あ。あの子。
よくこの本屋ですれ違う女の子だ。普段着ている制服から、俺とは別の高校に通っている同年代だと思う。
なんて考えていると、ふと少女と目が合う。
──うわ、気まず。
咄嗟に目を逸らすと、彼女も恥ずかしそうに上気する顔を背けた。独り言を見知らぬ男に聞かれたあの子と、女の子をガン見していた俺、痛み分けの瞬間だった。
当然のように時は過ぎ、在校生の俺にはいうほど代わり映えのしない学生生活が続いていく。
一つ大きく違うとすれば、学校帰りに寄る本屋を変えざるを得なくなったことだ。
遂に学区内唯一となった本屋は、ショッピングセンターの中にある。噴霧させたアルコール消毒液を手に馴染ませながら、二階にある本屋へ行くべくエスカレーターに向かおうとした時。
「あ、あのっ」
服の端を引かれ、立ち止まる。
「え?」
振り返ると、そこに居たのは今は無き本屋の常連同士。名前も知らないあの少女だった。
「え、っと。やっぱり、ここ、来ますよね」
「あ、はい。まあ、もうここしか無いんで……」
通い慣れたあの店はもう無いが、そこへ集う者の趣向が変わったわけではなく。それは、あまりにも当然の再会だった。
この先きっと、何度だってあの本屋の思い出を語り合うことになるだろう。建物が無くなろうとも、出会わせてくれた本は、今も俺の手元にある。
これは俺と彼女の、一つの終わりから始まった物語のプロローグだ。
終わりのここから始まる物語 猫矢ナギ @Nanashino_noname
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