全部が好きだった
孝司と春乃の出会いは5歳の時だった。
5歳の時の春乃は、気が強く、我儘で、大人でも手を焼いていた。
幼稚園でも、周りに怖がられて、密かに嫌われてもいた。
なので、春乃に声をかける子はほとんどいなく、友達は1人もいなかった。
《幼稚園時代》
「春乃、遊ぼ」
「え?!」
ニコニコして近づいて来たのは、孝司だった。
春乃は幼稚園で初めて遊ぼうと誘われ、驚いた。
「かけっこしたいんだけど。あと、春乃抜かせば一番だから」
「バカじゃないの?私の方が絶対速いから」
「そうかなぁ」
春乃の嫌味に孝司はニコニコして言った。
競争してみると孝司の方が足が速かった。
「ヨッシャー!勝ったあ!」
「今のなし!もう一回!」
「いいよ」
また、孝司はニコニコした。
次は春乃が勝った。
「ほらね。私の方が速いじゃん」
春乃は意地悪そうに言った。
「でもさ、これで一勝一敗でしょ?次勝った人が勝ちね」
「イッショウイッパイ…?」
春乃はなんの意味か分からなかった。
「何だ知らないのぉ?バカじゃん」
「うー…」
孝司は、唸る春乃を見てまた笑った。
それからも、孝司は、春乃を遊びに誘う事が多かった。
孝司も春乃も、割りと何でもできる子供だったので、話が合った。
ある時、孝司は、春乃がクラスで1人でいることが多い事に気がついた。
「春乃、他の友達誘って、ケイドロやろ」「やだ」
「じゃ、誰か誘ってくる」
「やだって」
孝司は、4人の友達を連れてきた。
「え、春乃いるの…?」
「うん」
孝司は、軽く答えた。
「いつも、わがまま言うよね…」
「ね」
春乃は悔しくてたまらなくなった。
「でも、春乃、足すごい速いよ。俺のチームに入れていい?」
孝司は言った。
「あー、そうだった。俺もそのチームに入る」
「えー、ズルい」
「じゃ、じゃんけんして決めよ」
そんなこんなで、警察と泥棒にチーム分けして、ケイドロをした。
春乃がいたチームはほとんど勝っていた。
「楽しかったね。また、明日も6人で遊ぼう!」
「うん!」
「次、俺、春乃のチームね」
「ずるいよ」
これをきっかけに、春乃は孝司以外の友達と遊ぶようになった。
春乃は、前とは真逆でクラスの人気者になっていった。
それでも、春乃にとって、孝司は特別だった。
「春乃ー、こっち来て!」
孝司が春乃を呼んだ。
「何?」
「ミミズ」
「気持ちわるっ」
「あはは。本当はこっち」
孝司が、握っていた手を開くとてんとう虫がいた。
「かわいい」
「あげる」
孝司は、春乃の手と自分の手を合わせて、てんとう虫を移動させた。
「わー」
てんとう虫が可愛いのと、孝司の手に触れた事と、どっちにもドキドキしていた。
孝司のフラットに接してくれる所も、頭が良くて色々な事を知ってる所も、何気に顔も、
全部が好きだった。
一方、孝司にとっても、春乃は特別だった。
孝司が素でいられるのは、17歳年上の兄と春乃の前でだけだった。
孝司は、外では大人でしっかり者だが、春乃にはいじわるするくらい子供っぽかったし、2人でいるのがすごい楽だった。
そういう意味では、家族と同列に並んでいるのが春乃だった。
孝司は、春乃とはお互い彼女彼氏ができても、結婚しても、ずっと友達関係を続けていくんだろうと思ってた。
繋がりが深いからこそ、孝司にとって春乃は恋愛対象じゃない、唯一無二な存在だった。
春乃は、孝司がそう思ってくれてる事に気づいていなかった。
春乃は孝司と付き合える人が、孝司にとって一番大事な人だと考えていた。
「春乃!彼女できた!」
孝司が嬉しそうに報告してきたとき、自分より大事な人ができたんだと、思った。
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