幸せの電話

「おめでとうございます、あなたは全国の人の中から選ばれました!」


 場違いに明るい声が受話器から聞こえ、私はげんなりとした。

 こんなあからさまなセールスがあることは知っていたが、まさか実際やっているやつがいるとは信じられなかった。そして、そんな電話が自分の固定電話にかかってくることも。


 私は何か言おうとしたが、それよりも早く相手が言った。


「いやあ、本当におめでとう。では、これで」


「え? ちょっと待ってくれ」


 私は反射的にそう言っていた。どうやら相手が切ってしまう前に、その言葉は届いたらしい。答えが返ってきた。


「どうしました?」


「いや……」


 なぜ引き留めたか、別に理由はなかった。だが、引っかかる点はある。


「セールスかなんかじゃないんですか?」


「ああ、違いますよ。私はそういう仕事をしているんです」


「と、言いますと?」


「つまり、幸せをプレゼントする仕事です」


 まったく話が見えない。晒然としていると、相手はそれを察したらしく、説明を続けた。


「一ヶ月ごとに電話帳で数人の人を選んで、こういった電話をするのです」


「はあ……それってお金になるんですか?」


「ボランティアですよ。いや、違うかな? まあ、自分に幸せが返ってくるようにと言いますか」


 こうやってずるずるとやってる内に、何か買わされるんじゃないかとも思ったが、私はついつい聞き入っていた。


「よく、わかりませんが」


「人間っていうのは、自分が幸せになれば他人に分けようとするものなのですよ。 だから、例えばあなたが幸せになれば、あなたは他の人に幸せを分ける。そうやっていけば、いずれ私にも幸せがやってくるのです」


「そんなにうまくいくものかね」


「いきますよ。どうです? あなたは幸せな気分になれませんでしたか?」


 言われてみれば、なんだかよくわからないが、最近あまり感じたことのない充実感が、体中に広がっているような気がした。


「なるほど。言われてみればそうかもしれない」


 そう言うと、相手は本当に嫡しそうに言った。


「それはよかった。それでは、私は次の人に幸せを送らないといけませんので」


「ええ。では、がんばってください」


 電話が切れた。しばらくしてから、ようやく私も受話器を置く。


 おかしな事をしている人がいるものだ。しかし、さっきの人は本当に満足そうな声をしていた。

 他人のために何かをするっていうのも、充実感がある仕事なんだろう。最近充実感の全くない日常を過ごしている私にとって、そんな彼がうらやましく思えた。


 しばらく電話を見つめたまま突っ立っていた。どうするでもなく、ただ立っている。


 やがて、思い立って受話器を握った。

 他人に幸せを配るために。

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