夜の本屋さん

霞(@tera1012)

🌃

 こつ、こつ、ぱたん。

 とびらの閉まる音がする。

 さあ、本屋さんの夜のはじまりだ。


 絵本コーナーの色とりどりの背表紙から、にょきにょきと動物たちが顔を出す。小鳥にキリンにライオンさん。ピンクのゾウに、みずいろのゾウ。パンダさんだけは、いつもきまって白黒だ。


 てまえのたなからは、おいしそうなにおいがあふれ出す。ケーキにパンに手作りプリン。ラーメンもピザも、みんな一番のおめかし姿で、雑誌コーナーをねり歩く。


 虫メガネを持った探偵たんていさんは、念入りにお菓子の足あとを調査中ちょうさちゅう。のこされた痕跡こんせきをぺろりとなめて、「これはカラメルソースだな。ということは犯人は……」なんてぶつぶつつぶやく。


 お店の奥には、きむずかしそうな戦国武将、うひゃうひゃ笑いながら飛び回る黒い影に、ペタペタはい回る、顔のとけたゾンビたち。


 ピンク色のあふれたエリアでは、魔術師まじゅつし術式じゅつしき虚空こくうに書き込み中だ。そのとなりで、銀髪碧眼ぎんぱつへきがん貴公子きこうしが、見た目は平凡だけれど性格の良さそうな令嬢れいじょうを熱心に口説くどいている。カップルの周りでは、頭の上に何やら数字を乗っけた男たちが、あちらこちらでケンカ中。そんなつもりは……といいながら、おっさんが彼らをバッタバッタとうち倒す。

 

「さあ今日は、新しいお仲間がいらしたのよ」

 文豪ぶんごうの全集からわき出した、パラソルをさした古参こさんのおばさんが、思い思いに羽をのばすみんなに、声をかけた。

「はじめまして」

 もじもじとあらわれたのは、つるつるの厚手の紙でできた、重たそうな本だった。

「わあ、君は、なにさんなの?」

「僕は……写真集です」

 新参しんざんの本はぺこりとおじぎをすると、そっとおなかをひらいて見せた。とたんに、部屋いっぱいに、きらめく満天の星空が広がる。


「わあ……」「きれいだねえ」「命の洗濯ですな」「ワオーーン‼」「遠吠とおぼえうるさ!」


 夜の本屋さん。そこには紙だけしかないけれど、無限の世界が広がっているのだ。

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