日常

ちょっと長いよこの話だけ

◇◆◇◆◇


姉さんが風呂に消えた事を確認して、俺は本を読み始めた。


 え?お前に本は似合わないって?


 俺も数年前まではそう思ってたよ。だけどね、赤ん坊の頃に「クール系がやっぱりモテるよね」って思った俺はクールな言動を心がけたんだ。そうしたら、いつのまにか思考の仕方とかそういうのが以前の落ち着きのない感じから、落ち着いた感じに変わってたんだよ。嘘も100回言えば真実になるっていうのかな。演技うそが素しんじつになったというわけなんだ。(本当か?)


 そしてその一環で俺は本好きになったというわけ。


 俺がソファに座り直し本を開いて瞬間


「ただいまー。かなとちゃーん。お母さんが帰ったわよー」

「おかえりー」


 そう言いながら母さんはリビングの扉を開け、俺の姿を視界に入れると姉さんと全く同じ動きで俺に抱きつこうとして――止まった。


「お、お母さん今日風邪気味の患者さんの診療したから……お風呂にすぐ行って出てくるわ!」

「ちょ、待って奈々美……」


 めちゃくちゃ悲しそうにしながら止まった母さんは、俺の静止も聞かずに汚れを落とすべく風呂に突貫していった。

 なんというか我が母奈々美は天然っぽいところがあるのだ。だから時々人の話を聞かないし、変なところでドジをしたりする。それと会話から分かるように母さんは医者である。専門は友達に勧められて整形外科にしたそうだ。それを聞いた時俺は思った「その友達グッジョブ!」と。だって外科とかいっていたら母さん今頃医療事故で刑務所の中だもんな。


 ちなみに俺が母さんを名前呼びしているのは母さんに頼まれたからだ。

 なんか母さんって呼ばれるより、奈々美って呼ばれる方が一人の人間として扱われているみたいで嬉しいのだそうな。

 ………過去に一体何があったのだろうか?


 そうやって延々と続く思考を打ち切り、夕飯の準備に取り掛かる。

 いつもなら少し早い時間だが、今日は明日に備えて早めでいいだろう。

 そう思いながら俺は冷蔵庫から鶏肉を取り出すのだった。


 △▼△▼△


「ん〜美味しいわ〜♪」

「ほんっと美味しいわ。私もう死んでもいいかも」

「レイナ姉に死なれたら悲しいな」

「はうっ!」


 いつもやっている髪の手入れを我慢してもらいいつもより早い夕飯を食べていた。


 親子丼を食べ終わり食器を片付け、テレビでも見るか、と思っていると母さんが真剣な顔つきで「話があるの」といってきた。なんだろう。またパソコンのパスワードが分かんなくなった?いやそんな事でこんなテンションにはならない。じゃあ……まさか医療事故か!?いつかやるとは思っていたけどとうとうやったのか……。


 テーブルを挟み母さんと姉さんの正面に俺が座った。……姉さんのあの面持ち……医療事故で確定か。

 となると、これは俺との別れ話か。法律で犯罪歴のある人間は息子を持てないって決まってるからな。

 ……でも、男である俺が裁判を起こせばワンチャン温情でなんとかなるかもしれない……!なら!俺は絶対に諦めない!!


「ねぇ。奏斗「わかってるよ。奈々美がおこしてしまった事の大きさは……でも俺は奈々美の味方だから。だから俺は諦めない!最後まで奈々美といっしょに戦うから!」……へ?」


 俺の言葉に母さんは、それどころか姉さんも虚をつかれたようだな。二人とも鳩が豆鉄砲を食らったような顔をしている。

 まぁ今の俺の発言はこの世界の男であれば絶対に言わない事だから仕方がない。

 だが俺は異世界出身だから、価値観が普通の男と違うのだ。


「わ、わ、わ、私いまプロポーズされた!?さ、されたわよね!ちょっと違う気がするけど最後まで一緒って、け結婚のことよね!」

「お、おお落ち着いて!奏斗がお母さんに告白するわけないじゃない!だって奏斗は私と結婚するって約束したんだから!」

「いや、俺そんな事言ってない!?」

「す、捨てられた!結婚して三秒で捨てられちゃった。ふぇ〜〜ん」

「ちょ、いきなり泣かないで!?別に奈々美の事捨てたりしないから!ほら、レイナ姉も泣き止ませるの手伝って!?」

「いやよ。いい思いしたんだからそのぐらい放っておけばいいの。慰める必要なんてないわ」

 

 俺の言葉で母さんが泣き、姉さんは拗ね、俺はその対応にあたる、というとんでもないカオスが発生した。

 これを収めるのに結局1時間ぐらいかかることになった。


 疲れた


 △▼△▼△


「ううぅ……お母さんが医療事故をおこしたって思われてたなんて……」

「本当にごめんね?でもあの時はそれ以外考え付かなかったから」


 俺はいまだに落ち込んでいる母さんを慰めていた。


「奏斗。母さんは放っておいて本題を話すわよ」

「いや、さすがにそれは……」

「それは演技よ。奏斗に構ってもらえるから調子に乗ってるの」


 姉さんの指摘を聞いて母さんを見ると、ピクリと肩を震わせた。

 

「「………………」」


「それで本題って?」

「それはね、あなたの学校の話よ」


 俺と姉さんは母さんを無視して話を進める事にした。


「学校の話?俺は明日から桜堂学園に通う予定だけど………何か問題でも起きたの?」


 俺が知らないだけで実は入学式が中止されるような事件でも起きていたのか?と思い姉さんに聞いた。


「そう!それよ!一度は納得したけど、やっぱり奏斗は怜央学院に行くべきよ!」

「お母さんもそう思う!桜堂学園なんて、狼だらけの所に奏斗を放り込めないわ!」


 ………深刻に受け止めた俺がバカだった。

 母さんと姉さんはただ単に俺が共学の学校に行くのが心配なだけだった。


「でも俺が桜堂学園に行く事に一度は賛成してくれたじゃん」

「それは……奏斗と学生生活を送れると思ってあの時は冷静さを欠いていたのよ」

「お母さんも奏斗に耳元で「賛成してくれたらネズミーランドでデートしちゃうかもなー」て囁かれて、あの時はおかしくなってたの」


 くっ!気づいたか。俺の洗脳ハニートラップに。

 だが、もう遅い。


「でも、今からじゃあ入学手続きはどうやっても間に合わない。そうなると俺は遅れての入学。転校生がくる時期でもない時に来た男を皆は警戒する。そして、俺も既に出来上がっているグループに入れないでクラスで孤立。その結果深く傷ついた俺は不登校になり、引きこもりになり、そのまま辛い現実に耐えられずじ…「「だめェえー!」」(ニヤリ)」


「そんなのだめよ!やっぱりお母さんは賛成する!」

「私もよ!桜堂のオオカミ達からは私が守ればなんとかなる!」


 ふっ。うまくいったな。母さんはチョロいし、姉さんも天才ではあるけれど所詮は13の小娘、いくら俺がこの体に精神年齢を引っ張られていても手玉に取るくらい余裕なのだ。(この思考自体めちゃくちゃ幼体化している。およそ28歳の思考ではない)


 ちなみに俺がこうまでして桜堂学園に入りたがっているのにはもちろん理由がある。


 桜堂学園――それは国立の中高大一貫の共学校であり、名実共に国内トップを誇る学校である。そして、この学校の最大の特徴は男子生徒の多さにある。各クラス40人の女子に対して三人の男子が在籍しており、男女比1:100の現代において男女比1:13というのは夢の様な環境であると言えるだろう。この様な事が実現可能なのは桜堂学園が政府肝入りの学校であるからに他ならない。また、この環境を求め、毎年全国から受験者が現れるため倍率は中高大すべてでとんでもないものとなる。


 怜央学院――それは私立の中高大一貫の男子校であり、男子であれば平均の学力または、運動能力さえ持っていれば入学可能な超マンモス校である。そのセキュリティの高さや設備の良さ、入り口の広さを求めて毎年全国から受験者が詰め掛ける。なお、殆どの生徒は義務教育である中学、高校しか通わない為大学は小規模となっている。


 山田殿子著「知りたい!大学の特色概要編」より抜粋


 そう、おれは共・学・の桜堂学園に通いたかったのだ。これは、モテモテの学生生活実現の為に絶対に必要な事だった。だから去年の10月、さも当然の様に怜央のパンフレットを持ってきて、ここでいいわよね?なんて聞かれた時は心臓が止まるかと思った。

 何が悲しくて六年間も男だらけの学校に通わなければならないのか?そもそも俺は小学校にだって行きたかったのだ。(希望すれば入学可能。ただし共学しか存在しない)だけど、母さんが泣いて引き止めるもんだから妥協したのに、更に六年間もプラスだなんて冗談じゃない。そう思った俺は最終手段の時間稼ぎハニートラップに手を染めたのだ。


 ふと、時計を見ると針はもう9時を指していた。


「それじゃあ俺は寝るね。明日は寝坊出来ないし」

「…おやすみ〜」

「…おやすみ奏斗。明日は一緒に登校するのを忘れないでね」

「わかってるよ。2人共おやすみ」


 何やら話し合っていた二人の声に返事をしながら俺は転生してから初めての学校に胸を膨らませながら寝室に向かうのだった。


◇◆◇◆◇

次話は7時投稿予定

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