第14話


 公爵が頭を下げた姿勢のまま動かない間もセリアは一言も口に出さず、只々時間が2分、3分と過ぎていく。部屋の中は騎士や執事からセリアに向けて殺気立つが、セリアは何も無いかのように公爵を眺める。

 それからどのくらい経ったか、姿勢を直さない公爵の額から汗が流れ出した頃、先に痺れを切らしたのは公爵側の護衛騎士だった。


 騎士は帯剣の柄を静かに手を掛けて鞘から引き抜こうと動くが、セリア付きの護衛から殺気が漏れ、その場にいた誰もが冷や汗を掻く。その途端、柄に手を掛けていた騎士は後方に倒れ、床に腰を打つ。

 騎士の倒れた音によって、公爵が我に返って振り返った際、再び公爵の正面から殺気が放たれ、今度は公爵自身が椅子に向かってバランスを崩した。幸い、倒れた場所が椅子の座板にあたる場所だったため、怪我を負わなかった。


「…やめなさい。こちらから手を出してはいけません。」


「はっ」


『………』


「うちの護衛がすみません。公爵様の事情は分かりました、私も力を貸しましょう。」


「…っ! 有難い、貸していただいた際には我が家から礼を…」


「先程言ったはずですが、私に便宜を図ることはお止めください。今でさえ、当屋敷に匿名で送られてくる物だけでも、使用人の口を結ぶことが大変なのです。これ以上の便宜は必要ありません!」


「わ、分かった。では物で無ければどうであろう?例えば…そう! 商会などはどうだろう?」


「………」


「それとも、王都での催しや、そうだ! 夜会パーティーなどの参加の際にでも当家から…」


「公爵様。」


「招待状など、どうだろう。なんでも用意はでき…」


「…チャール公爵様。」


「…るのだよ。…ん? どうしたんだい?」


「それは、公爵家の総意でしょうか? もしそうなのでしたら、先程の言葉は撤回させていただきます。」


「…当主様!セリア令嬢の実家はグラレス領でございます。かのキーシュ家が経営する商会が主だって設営しない土地です。…もしできても王都のみですし、領地の名を言っただけでも避けられることが多い場所であります。ですので、御令嬢の機嫌が悪くなるのもご理解ください。…あとで報告書をお持ちいたしますので、今はあちらを。」


「あっ。待ってくれ。勿論、他にも色々と手伝おう。先程の言で機嫌を損ねたのは悪く思っている。…どうか頼むから手を引かないでほしい。」


「良いでしょう、私に助けが必要である時に助けてもらう、ということで良いですね?」


「あ、ああ。それで構わない。もし良ければ、夕食を召し上がってほしいのだが…。」


「それでは、そちらに隠れている方も招待してはどうでしょう。」


「ん?あっ、聞いていたのか。」


「はい。セリア令嬢、初めまして。チャール公爵家夫人で、ベルトンの母、ナタリーでございます。」


「初めまして、チャール公爵夫人。グラレス子爵家セリアでございます。本日は公爵の依頼を受けました。ベルトン様に教える際には当家にいらしてください。」


「ええ、喜んで。」


 それから直ぐさま、食事の用意がなされた。セリアは護衛騎士に屋敷と寮に言伝を頼み、食べ慣れない料理を楽しんだ。食事中も学園内でのベルトンの様子や、セリアの普段の生活について話して聞かせた。そんな食事も時間が経つのは早く、食事を終えて帰宅に公爵家から専属護衛に守られながら、セリアを送り届けた。

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