私の本棚

細蟹姫

第1話

 バイト先の本屋には、店員毎に自分の商品棚が用意されている。

 横幅僅か20cmのその空間に、大好きを詰め込んで陳列してよい自由スペース。

 棚に置かれた本が売れたなら、店長からプチボーナスを貰えることもあり、皆売れる棚を作るにはどうすればいいか、と悩みながらも楽しく自分の棚の整理をしていた。


崎川さきかわさんは棚の本変えないんですか?」

「ん? 私は…このままかな。」

「いいんですか? 聞いた事の無い本とか古い本とかばっかで売れた所見た事無いんですけど。最近のヒット作とか入れたらどうです? 浩司こうじ先輩なんて、売れ行き抜群の本ばっかり入れてるし。」

「そうだね。でも、私はこれが良いんだ。」


 私の言葉に、田所たどころさんは「ふーん」とつまらなそうに自分の作業に戻って行った。

 自分でも、融通が利かないなぁと思う。

 だけど、お金は給料として貰えるもので十分なら、自分の本棚という素敵なシステムには、私のエゴをありったけ詰め込みたいって思っちゃったのよね。


「あれ? 崎川?」


 本の整理をしていると、不意に声を掛けられた。

 あれは確か、同じクラスの…高井君。


「崎川、ここでバイトしてんだ。」

「うん。高井君は、この辺りに住んでたの?」

「いや、ここの本屋がやってる面白い取り組みに興味があって。」

「面白い…? あぁ、店員の本棚の事?」

「そう、それ。」


 店員の本棚の取り組みはSNSなんかでも配信しているから、時々こういうお客さんが現れるの。お客さんに本棚を作ってもらうイベントなんかもしているしね。


 本棚に案内して欲しいというので案内する。

 といっても、狭い店内だからすぐに着いてしまうけど。

 ここだよ、と棚を指さすと、高井君は感心したようにじっくりと本棚を観察し始めた。


「崎川の本棚はどれ?」

「…これかな。」


 見知った顔に本棚を紹介するのは、なんだか心を見透かされてしまうような感覚がして恥ずかしい。早く仕事に戻ろう。


「じゃぁ、私は仕事に戻るから。私のは面白くないし、そんなにまじまじと見ないで良いよ。本が好きなら、お勧めは田所さんの本棚かな。」


 そう、田所さんは大きなヒット作の陰に潜む名作を絶妙にチョイスしている。

 本棚にファンが付いているって噂も聞いたけど、本が好きだって事が伝わって来る本棚で、私も好き。

 でも、高井君は興味が無いのか私の本棚をじっと観察し続けていた。


「崎川の本棚面白いけどな。」

「え!?」


 面白いの? 私の棚が?

 意味わからないとか、つまらないとか、改善しろって言われ続けてるこの本棚が、高井君は面白いの!?


「同級生だからってのもあるけど、ほら、これとかなつかしい。ウチにもあった。」


 高井君が手に取ったのは、昔好きだった絵本。

 寝る前に何度も何度も読んでもらった思い出深い本だ。


「あと、これとかさ流行ったよな。図書室で読んだなぁ。」


 次いでパラパラとページを捲るのは、謎解き要素のある児童書。

 私も最初は図書室で読んでいたのだけれど、流行り始めたらいつ行っても貸し出し中で我慢できなくて買ってもらったのよね。


「なぁ、この本は何で3巻だけなんだ?」

「あ、それ、父が間違えて買った本なの。私が発売日に熱を出しちゃって、楽しみにしてたのにって泣いてたら仕事帰りに。」

「ははは、分かるわ。俺もさ、既に持ってる本を親父が買って来た事あったわ。「お前これ、好きだろう」とか得意そうな顔して。「あ…うん…ありがと」って、棒読みで返したわ。」

「そうなんだよね。得意気に持って来られるから余計に困るっていうか。」

「なっ。…あ、じゃぁ、こっちの本は?」

「これはシリーズの大人買いした思い出の本。ずっと欲しかったんだけど金欠で…お年玉貰った瞬間に本屋に走ったんだ。」


 他にも…

 初めて自分で買った本。表紙買いした本。タイトルに惹かれて買った本。すごく面白くて5回は読み直した本、つまらな過ぎて読むのに1週間かかった単行本。好きな人が出来た時に読んだ本、失恋した日に泣きながら読んだ本…

 棚にあるのは、どれも私の大切な想い出。


「やっぱり、良い本棚だな。」

「あ、ありがとう。」


 素直に褒められるとちょっと気まずい。というか恥ずかしい。

 そもそも私、高井君とは殆ど話した事が無いのよ。

 なのに興味を持って真剣に話を聞いてくれるから、調子に乗って話過ぎたかも。


「お世辞抜きでさ、この棚の本全部買いたい。でも、残念ながら金が無い。」

「い、いいよそんな。私の本棚人気なさ過ぎて4か月このままだし、これからも多分このままだから。」

「そう? でも、もう本棚一杯じゃん。これじゃ新しい思い出が入らないだろ?」


 新しい思い出?

 何を言ってるんだろう、この人は。そんなの、関係ないだろうに。

 と、思ったら、高井君は徐に本棚から2冊の本を引き抜いた。


「取り合えず、これ買うわ。」

「え? あ、ありがとうございます。」


 初めて自分の並べた本が売れた。

 何だかんだ言っても、好きなものが誰かに認められるのは、ちょっと嬉しいかもしれない。

 それらは、ただただ甘い恋愛小説と、余命いくばくかの恋人と最期の時をどう生きるか?を書いた苦しくも愛のある小説。

 私の初恋と失恋の思い出の本。


「それでさ、お願いがあるんだよ。」

「何?」

「2冊分のスペースが空くだろ? そこに、良かったらこの本を置いてくれないかな?」


 高井君が鞄から出したのは、表紙がくたびれた一冊の本。

『また明日』というタイトルの児童書だった。


「これ…」


 見覚えがあるその本に、記憶が蘇る。

 あれは小学校の1年だったかな?

 仲のいい男の子が転校する事になって、泣きながら見送りに行ったのよね。

 上手くお別れが言えなくて、何を伝えればいいか分からなくて、それで、持っていた本を渡したの。

 それがこの本。


「また明日。また…絶対遊ぼうね、あっくん!」


 それが、あの時の精一杯だった。

 あっくん…そういえば高井君って…下の名前は篤志あつしだった気が…


「え? あっくん!?」

「そうだよ。彩音あやねちゃん。4月からずっと同じクラスで居るのに、全然気づかないんだもんな。」

「そりゃ、気づけないよ。っていうか…」

「忘れてた?」

「う゛…ごめん。」

「いや、別にいいよ。餓鬼の頃の話だしな。」

「でも、あっくんは覚えてたじゃん。」

「そりゃ、俺は…」


 顔を赤くしたあっくんは、咳払いを一つして私の事をじっと見つめて来た。


「俺、彩音ちゃんの事がずっと好きでさ、彩音ちゃんに会うために高校はこっちを受けたんだよ。」

「え…えぇえ―――!!」

「今日ここに来たのも、バイト始めたって話していたのを偶然聞いたからで…だからその、彩音ちゃんの初恋と、失恋の思い出は俺が買うから、そこに新しく俺との思い出を並べて欲しい! 絶対後悔はさせないから、付き合ってください!!」


 え、嘘…ヤダ。そんな理由で本買ったの!? 売った本返してもらおうかしら。

 色々急展開過ぎてついていけない。

 っていうか、どうやって私の入る高校知ったのよ。ちょっと怖いんですけどっ!!


 …って、茶化してる場合でも無いわね。

 んー…どうしよう、初めて告白されちゃった。

 こういう時どうすればいいのか、本って教えてくれないのよね。

 本…そうだ、本!


「えっと…分かった。」

「本当に!?」

「あ、いや、待って。あっくんの気持ちは分かったって事。でも、急に言われても困るっていうか…ちょっと待ってて。」


 通常の売り場から、一冊の本を片手に戻って来る。

 タイトルは『大切な友達』


「ま、まずはこれからでどうかな?」

「あはは。彩音ちゃんは変わらないね。まぁ、致し方ないか。」


 私から受け取った本を、私の本棚の空白に収めたあっくん。


「ねぇ、俺また本買いに来るからさ、本が売れる度に、その時の気持ちを並べてよ。」

「何それ?」

「恋人同士がイチャイチャする恋愛小説とかが並んでくれたら、彩音ちゃんが俺を好きになってくれたって分かるじゃん。」

「なっ。」

「いいだろ? 決まりな!」


 あっくんは半ば強引に物事を決めて帰って行ってしまった。

 店の扉が閉まった瞬間、緊張が解けたのか、何だかどっと疲れてしまったわ。

 これでよかったのかな? 答えは出ない。

 ただ、動きのなかった本棚の本が売れ、一冊の本が仲間入りした。

 それが意外と嫌でなかったことに驚いている。

 なんだろう…くすぐったい気持ちだ。


 本棚は、今後どのように移り変わっていくんだろう。

 それは私にもまだ分からないけれど、幸せ溢れる温かな本棚になったらいいななんて、漠然と思ってしまった。

 突然の告白には驚いたけれど、あっくんと一緒なら、この本棚を育てていけるかもしれない。


 嵐の様に過ぎ去った告白の余韻にそんな事を思いながら、次はどんな本を並べようかなと、明るい未来に思いを巡らせるのだった。




 完


 ―――

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