本屋と成人式

千橋ふい

第1話 本屋にて

 談笑をする元同級生の間をすり抜け、真新しいスーツに身を包んだ僕は会場を後にする。

 その歩みは寒気を切り裂く矢のように鋭い。もっとも、あと一歩の勇気を出せなかった僕の心は矢のように強くはない。

 旧友との溝をまざまざと見せつけられた僕の心中に広がっているのは、悲愁だけだった。

「いらっしゃいませ~」

 気づけば僕は本屋に足を踏み入れていた。冷えた身体を暖かい空気が包むと同時に虚しさがこみ上げてくる。成人式の日に、僕はなぜ本屋に来ているのだろうか。今日は特別な日だったのではないか。問いを反芻しながら、僕は店内を彷徨う。

 こんなはずじゃなかった。

 ついには足が竦み立ち止まる。自己嫌悪に陥り、自分の殻に閉じこもろうとする。

「あれ、鈴木君? 何でここにいるの?」

 しかし、非情にも、今一番聞きたくない声が耳に届く。

 嘘であってくれ。こんな偶然があってたまるか。

「ねぇ、やっぱり鈴木君だよね。成人式はどうしたのよ?」

 幻覚でも幻聴でもない。文芸部の先輩、橘さんが不思議そうに首を傾げながら立っていた。

「成人式はもう終わったよ」

「本当? でも成人式って確か昼の十二時までだったよね」

 うん? なぜ先輩が成人式のスケジュールを把握しているんだ。去年のことを覚えていたのか?

 いや、そんなことより話題を切り替えよう。これ以上情けない姿を晒したくない。

「それより先輩はなぜここに?」

「ああ、新刊が出ていてね。もう待ちきれなかったわ」

 違う。僕が聞きたかったのはなぜ僕の地元にいるのかだ。

 しかし、訂正する隙もなく、先輩は作品の魅力を語り始める。

「もう、語り足りないわ。ねぇ、今から喫茶店にでも行かない?」

 え? 今から?

 ちょっと待って。僕今から用事、はないけど、せめて着替えてからで。

 そんな僕の慌てようを予期していたように、先輩は微笑んで手を差し出す。

「大丈夫。鈴木君だけの、特別な成人式にしてあげるから」

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本屋と成人式 千橋ふい @fui_2174

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