Alive

yokamite

Sheer Cliff

 下半身に走る激痛によって目が覚める。

 眼前には果てしなく広がっている、荒れ狂う大海原。

 断崖絶壁の先端に打ち付けられた杭から垂れ下がるロープ。

 貴方はその先に、両手首を縛り付けられる形で崖下に吊り下げられていた。


 目下に広がる波打ち際では、激浪が岩場にぶつかってざぶざぶと音を立てている。

 怒れる自然の雄叫びに怯える貴方を飲み込まんと、荒波が触手を伸ばしている。

 そして貴方の下半身は、足首や膝といった間接部分が何者かによって叩き潰されている。

 あまりの鈍痛によって、まともに動かすことすら叶わない。

 貴方は耐え難い苦しみに呻き声を上げながら身をよじる。

 すると、頭上からぱらぱらと砂利が降って、貴方の視界を覆った。


 貴方は目の中に入った砂や小石を取り払うため、頭を捻って縛られた二の腕に擦り付ける。

 どうやら下手に身動きを取れば、崖上の杭が外れてしまいそうだ。

 そうなれば、ロープに縛られた身体ごと落下してしまい、貴方は死を免れないだろう。


 成す術など一切ない絶望的な窮状を悲観した貴方は、堪らず悲痛な叫び声を上げる。

 だが、生者の気配が一切感じられない見知らぬ土地で、助けなど期待できるはずもなかった。

 激しい波音に掻き消された貴方の絶叫は、恐らく数十メートル先にも届いていないだろう。


 貴方の脱力し切った身体の全体重を支えている両手首は鬱血によって真っ青になっていた。

 このままでは、脱水や栄養失調などの心配もなく数時間で力尽きてしまうのは自明だ。

 体力が残っているうちに、下半身の負傷を押して勢いをつけ、崖上への脱出を試みる。

 杭を支点として身体を前後に揺さぶり、機を窺う。

 十分に勢いをつけた貴方は、腹筋を駆使して勢い良く崖上に身体を投げ出そうとする。


 刹那、支点となっていた杭が音を立ててずり下がる。

 貴方の身体は一瞬だけ無重力を味わい、身体の勢いは相殺され逆に岩壁に叩きつけられた。

 冷や汗をかく暇もなく、大怪我を負っている貴方の足は打撲による更なる激痛に襲われる。

 じっとしているだけでも辛く苦しい痛みが瞬く間に倍増する。


 崖上を目指してじたばたすれば今度こそ杭が抜けてしまうかもしれない。

 そうでなくとも、また失敗すれば先程の苦痛をもう一度味わうことになるかもしれない。

 恐怖と絶望に支配された貴方は、もはや何らかの行動を起こす気力を失っていた。

 戦意喪失した貴方の心情を嘲笑うかのように、大波が貴方に飛沫を浴びせ掛ける。

 数十分後、どんよりとした雨雲から滝のような大雨が降り注いだ。

 鼻を衝くような酸性雨の臭いだ。


 手首の鬱血や潰れた間接に雨水が沁みこんで痛みを増す。

 命綱同然のロープが繋がれた杭は突然の悪天候によって少しずつ壁面から姿を現す。

 杭の全長がどれ程かは知る由もないが、貴方の命ももう長くはないだろう。

 刻一刻と刻まれていく死のカウントダウン。

 貴方は何を思うのだろうか。






 ──ドスッ...。


 餌に群がる鯉のように、貴方の身体を攫っていった。

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