店書野遠
八五三(はちごさん)
書籍以外もお売りします、よ。
耐震基準が一昔前、いや、二昔前の雑居ビルの一階店舗に書店が入っていた。
コンクリートの無機質と異なる雰囲気の木の看板が、店舗上部に僅かに傾き、来店客を歓迎しているのであった。
木の看板は長い年月を物語っていた。太陽光や雨風に人が造り出した温室効果ガスに、
これが今、流行りのリノベーションを意識して? 看板を設置しているんですよね。と、問いかけたら。
この店の経営者は、
「アンタの脳みそ、賞味期限切れしてるだろ。新しい看板作るのに、金、掛かるし。使えるんだから、使うに決まっているだろう、が。期限切れしてる脳みそ、詰め替えしてくれる、ぜ――
と、ぶっきらぼうに返答するだろう――見た目とは裏腹に。
長い年月、書店を営んでいた証は看板に書かれている屋号を見れば、すぐに理解できた。
現在では横書きは、左から右に書くことが基本になっている。が、明治になると英語や独語などの辞書類を欧文に合わせる必要性が高まり、縦書き日本語を横に変更組み替えをすることになった。
しかし、
昭和初期、当時の情勢から
「――横書きを縦書き同様に、右から読ませればいいんじゃねぇ!」
でした。
日本人らしい、日本人以外に永遠に解ることのできない、譲れないポイント。
で、
書かれていたのです、屋号が。
“店書野遠”、と。
店舗の扉に、はめ込まれたガラスには要人警護に用いられる可視光線透過率0%のブラックフィルムが貼られ、店内を覗き込もうとするモノたちを威嚇していた。
それでも、扉には人を引き寄せる力があった。
デザインが素晴らしく繊細で
目が惹かれるのは、美術館に展示される一つの美術品としての価値が、その扉にあったからだ。
そんな、
高価な扉に日焼けした、プラスチックプレートがドアノブに引っ掛けられ。“骨休め”。と、裏側を向けてあった。
幻談都市には、死神の右腕がいる。
レジのカウンター越しから観ていると。
謎、年齢――十六歳の少年が。
きょろ、キョロ、きょろ、キョロ、きょろ、キョロ。と、棚差しに目を凝らしながら、背表紙と睨めっこしていた。
俺の名は
店内で見ている十六歳の少年。と、公共に備え付けてある無線式防犯カメラから送られディスプレイに映し出されてる、十六歳の少年。に、違いがあるのか。
簡単なことだ、“ヨクス”を一人で歩けるだけの実力があるということ。
不思議な話。人を誘惑する、あやしい話。耳にしたくない後味が悪い話に、人が人を恐怖させる話。
と、
云った――
表世界と裏世界の都市ではない。
陰から生まれる影、
ここでは一般常識では考えられない、空想小説の題材にされる異質な噂が当たり前に流れる、都市。
そこで、溢れる街談巷語は。
怪物、妖怪、幽霊。ましてや、ヒューマノイドロボットや亜人に超能力者、最後は異星人たちが住んでいる都市なのだから。
まともな人間が、この場所に辿り着くのに何回、葬式を出すことになるか。それだけの危険地帯に、十六歳の少年が入り浸っているのだ。
最低限の安全対策としてレヴェルが設けられている――危険度、の。
<レヴェル
<レヴェル
<レヴェル
<レヴェル
<レヴェル
できるだけ行かない方が良い――体験者談。
非合法が堂々とできる場所、幻談都市。でも、暗黙ルールは存在している。
幻談都市での揉め事が外部に漏れ出た場合に、仕事をする番人たちを――
有名どころは。
が、
請け負っている。
幻談都市内での揉め事を請け負っている、有名どころは。
そして、
幻談都市の支配者である冥界女王の右腕である――
初代、死神の右腕は、
現在、死神の右腕は、二代目である。
名前を
そう、
きょろ、キョロ、きょろ、キョロ、きょろ、キョロ。と、棚差しに目を凝らしながら、背表紙と睨めっこしている人物。
レジに向かって歩いて来た。
ダボダボパーカー姿。に、歩行に合わせてピョコピョコと動く、イノシシの子ども、“うり坊”の愛らしい耳をモチーフした特注ヘッドホンを頭に装着させて。
「ねぇー、ねぇー。
「赤、青、黒。なら置いてあっただろ、神威」
「もう、分かってるクセに、
「おい、おい。お前には専属の超優秀な、
レジカウンターに座って居る美貌の男性が、笑いながら言った。発した言葉の内容は別にして、女がその笑みをされたら失神しそうになるだろう。
微笑を
「二六時中さんの量子コンピュータ、
「おい。俺を誰だと思っているんだ、クソガキ」
静かで透き通る声音に含まれいる殺気。
殺気に反応するように、神威の身体から腐敗臭が店内を充満していく。
「オーケイ、オーケイ。
「好き、好き! 大好き!! 天才、
「や、め、ろ。お前の腐敗臭よりも、嘔き気がする」
レジ周辺に半透明なディスプレイが、複数枚浮かび上がる。半透明ながら表示されている大量の文字羅列は鮮明であった。
幻談都市では、現時点で人類が到達できる科学技術よりも、先の科学技術を容易に入手できる。その恩恵で天才たちが発想していた技術が、現実化され、利用されることで、幻談都市は都市として機能できるのであった。
「なる程、ねぇー」
ディスプレイをタッチしていた指の動きが止まり。腕組みし、二六時中は神威の顔を見つめながら。
「好き、好き! 大好き!!
「……、……。……、……! ちょ、」
「ごめん、失敗した」
う~りん、う~りん、う~りん、う~りん、う~りん。
「かわいい、呼び出し音だ、ね。神威くん」
う~りん、う~りん、う~りん、う~りん、う~りん。
「スマホの表示画面に、
う~りん、う~りん、う~りん、う~りん、う~りん。
「
「逆探知されたの摩天楼でしょ。どうしてボクのスマホに」
「保険に神威くんのスマホを介して、
う~りん。
「…………止んだね」
「…………嵐の前の静けさですよ、
ザァー、ザァー、ザァー、ザァー、ザァー。と、店内に設置されているスピーカーにノイズが。
『ぁー、あー。マイクテスト、マイクテスト。かえるぴょこぴょこ、
「……おわった……」
『神威ちゃん。全教科、満点取れる勉強しましょう、ね!
「ご愁傷さまです、神威くん」
『二六時中くん。も、同罪だから罰として、摩天楼に供給してる電気料金を値上げ、ね』
「二六時中さん。も、ご愁傷さまです」
店書野遠 八五三(はちごさん) @futatsume358
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