最終話 西王母、帰る


 千年は経っただろうか。

 来則天との悲しき死別。

 孫悟空との決着。

 楊少年を斉天大聖に据え。

 西王母は自らの桃園に帰ってきた。

 そこにはみずみずしい仙桃が生った木々が生い茂っていた。

「上々、上々、みんな戦争中も世話を欠かさなかったみたいね」

 桃園の奥、小さな小屋に足を運ぶ。

 そこには一人の法師がいた。

「三蔵法師、あんたには迷惑かけたし、かけられたわね」

「西王母様、この度はお招きいただきありがとうございます」

 どこか噛み合わない会話、これが三蔵法師の処世術だろうか。

「あんたの馬鹿弟子が散々やらかしてくれたわよ?」

「それはそれは、もうたっぷりと説教を」

「ま、私もあんたが天に昇らないのはおかしいと思ってたけどね」

「私などまだその器ではありませんよ」

 ほっほっほっと笑う三蔵法師。西王母は苦笑しながら。

「新しい斉天大聖はどうよ、私が一から育てたのよ?」

「親馬鹿ならぬ弟子馬鹿ですなぁ」

「なんか言った?」

「いえなにも」

 西王母にこんな口を利けるは来則天か三蔵法師くらいだろう。

 小屋の縁側に腰かけると西王母は隣の三蔵法師に桃を差し出す。

「そこでもぎってきたの、良かったらどう?」

「これはこれはありがたく……」

「本当は豚でもごちそうしたかったけど」

「猪八戒が怒りますよ」

 そういえばそうだったな、なんて思いながら、西王母は口を開く。

「んで結局、どこまで計算してたわけ、孫悟空が戦争しかけるとこまで想定通りだったんでしょう?」

「はてさて」

「はいはぐらかさない」

「と言われましても、私としても天に運を委ねた事でありますから」

「昔からあんたは天の在り方に疑問を持ってたもんね、だから孫悟空がああなるように動いた」

「否定はしません」

 食えない坊さんだ、と西王母は心の中で毒づく。

「んで結局、新しい斉天大聖と共に、孫悟空も議会の長に就いて、天は大きく変わる事になったわ」

 そう、天と孫悟空の戦争は軍の損耗はどうあれ、形としては孫悟空の勝利で終わったのだ。こうして今、天に三蔵法師がいる事からそれは明らかである。

「言っとくけど、私の斉天大聖はあんたの馬鹿弟子の横暴は許さないからね、そのために術数巡らせたんだから」

「それはそれはお手数をおかけしました」

 お手数と来たもんだ。とことん食えない、いや人を食ったような奴である。

「私が言いたいのはとりあえずそれくらいよ、あんたから言いたい事なんて、まあ無いんでしょうね」

「在るがままを受け入れる。それが私の考え方です」

 嘘八百だ。天の在り方を変えるために孫悟空を動かした恐るべき法師である。地にまで被害を及ぼしておきながら、本人は素知らぬ顔で茶を啜っている。

「最後に聞きたいんだけど、結局、あんたは天の何が気に入らなかったわけ?」

「……力ある者は弱きを助け、強きを挫く、かくあるべしとも言いません強き者が悪とも言いません、しかし、力ある者が、天という仙人の集まりが、ただ地を眺めるだけに留まる現状をわたくしは是と出来なかった」

「ようやく本音を言ったわね」

「口が過ぎました。ご無礼お許しください」

「いいえ、私と同じ考えで安心した。あのバカの師匠じゃなかったら尊敬に値したかもね」

「ほほっ、これは手厳しい。悟空もまた修行中の身なのです。我々もまた、同じ様に」

「仙人にそれ言うとか最高に皮肉ね、んじゃまた会えたら会いましょう」

 そう言って桃園で二人は別れた。そして西王母は議会に向かう。そこではいつもと同じように斉天大聖・楊と議長・孫悟空が口喧嘩をしていた。

「だーかーらー! 兄ちゃんの案だと地に被害が出るだろ!」

「じゃあ天の被害は放っておけってのか!?」

「あんたら仲良いわねぇ……楊、そんなやつと仲良しこよしに育てたつもりはないんだけど?」

「「これのどこが仲良しに見える!?」」

 そういう息ぴったりなところとか。

 とは口に出さないでおいたが。

「今度は何よ、グゥイはもう消えたはずでしょう?」

「化け狐だよ、化け狐!」

「華國に妲己を名乗る九尾の狐が現れたらしいんだよ」

 次から次へと騒動に事欠かない国である。

 天から地まで揺るがす化け狐と来たもんだ。

「いいわ、その案件、私が受け持った」

「姉ちゃん行ってくれるのか!? もう現役は引退したとかなんとか言ってたのに」

「そうだぞ隠居するんんじゃなかったのかババ――」

 拳が空を飛んで孫悟空の顔面に突き刺さった。これもまた仙術である。

「化け狐、上等じゃない、私が賢くその化けの皮を剥いで油で揚げてやるわよ」

 そう言って、西王母は天から再び地に降りた。

 千年もすれば王都も様変わりする。

「情報収集と言えば酒場よね!」

 酒が飲みたいだけとも言う。

 千年前には無かった小洒落た酒場に入ると、つまみと酒を一瓶注文する。

 店の奥に目をやると、どうやら講談の最中だった。

「千年経っても講談って無くならないのねぇ」

「えー、これからお聞かせしますのは王城に住まわれる絶世の美女、妲己様の話でございます。妲己様が足を運んだ店は商売繁盛を一生約束されると有名ですが、実はこの店にもいらっしゃいまして――」

(いきなり当たり引いちゃったわ)

 運がいいのか悪いのか、講談に耳を傾けながら酒を飲む西王母。

 かくして西王母の妲己退治が始まりを告げる。

 新参者の仙人、太公望などを巻き込む大立ち回りが今始まる。


 🍑


                                 完……?

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る