第28話 絶対に後悔するからね?

 レーナがイーサンを化け物認定して、慌てて帰っていったせいか、彼も少し傷付いている感じだったから慰める事にする。


「イーサンのその力は誰かを守るために役立っているのよ。あとは使いたい時にだけ使えるようにコントロールするればいいの」

「……そのコントロールが難しいんだ」

「そうね…。なら、気持ちがたかぶってきたら、悲しい事を考えてみるとかはどう?」

「悲しい事…」


 イーサンはうーんと考えたあと、私を見て悲しげな顔になった。


「何を考えたの?」

「クレアが家を出ていくって言うんだ」

「イーサンが思い浮かべた私が言ったのね?」

「ああ」


 しゅんとしてしまったイーサンの頭を撫でて慰める。


「現実に起きた事じゃないんだからいいじゃない。そうやって気持ちを沈めろって事よ」

「クレアは出ていかないよな?」

「当たり前じゃない。私が出ていくなんて、よっぽどの事がないとありえないわ」

「よっぽどじゃないってどんな時だ?」


 そう聞かれると困ってしまう。


 少し考えてから答える。


「人の命とかが関わる時かしら」

「人の命か…。それならしょうがないよな。…わかった。クレアを信じる」

「ありがとう。じゃあ、中に入りましょうか」


 私もイーサンも、レーナが来たせいで、自分達が何を話していたかを、この時はすっかり忘れてしまっていた。

 それから、その事を何度か思い出す事はあっても、イーサンが忙しくしていたり、イーサンと話をしている時には、その話題を忘れるという事を繰り返し、数日が過ぎた。


 ある日の午後、私は急遽、アイリス様とお出かけをしていた。

 というのも、リアム様が仕事で、こちらの方に来られ、リアム様が仕事をしている間、アイリス様が手持ち無沙汰になるので、一緒にいてあげてほしいと言われたからだ。

 今日は宿に泊まられて、明日は2人で買い物をしてから帰られるという事だった。


 というわけで、夕方までは私がお相手させてもらう事になった。


「アイリス様、何か食べたいものはありますか? あと、好き嫌いはありますか?」

「私はあまりないですが、クレア様はどうですか?」

「私もないですかね。ゲテモノ料理は苦手ですけど」

「それでしたら私もです」


 護衛には少し離れた所で歩いてもらいながら、和やかに談笑しながら歩いていた時だった。

 またも、私の目の前にムートー子爵が現れたのだ。


 どうして、こんなに出現率が高いの!?

 次にそのツラ見せたら、って忠告してやったのに、もう忘れてるわけ!?


 ツッコミたくなるところだけど、今は相手にしたくないので、アイリス様に話しかける。


「別の通りに行きましょうか」

「そうですね」


 アイリス様もムートー子爵に気付いて、一緒に踵を返して、彼に背中を向けて歩き出した時だった。


「クレア」


 ムートー子爵は追いかけてきて私達の近くまでやって来ると言った。


「お前のせいだぞ。お前が言う事をきかないから、こんなことするんだ」


 耳元で囁かれ困惑していると、ムートー子爵は私からアイリス様の背中に視線を移した。

 見てみると、ムートー子爵は小さなナイフを持っており、その切っ先をアイリス様のドレスに食い込みそうなくらいの力で押し当てていた。

 

 これ、本物なのかしら?

 確信がもてない以上、下手に動けない。


 護衛は異変には気付いているようだけど、ムートー子爵が相手だという事と、彼が何をしているかがわかっていないしから介入できなさそうだった。

 指示すれば動くだろうけど、下手なことをして、アイリス様にケガをさせてはいけない。


「どこの誰だか知りませんが、お嬢さんがクレアと友達なんかになるからこうなるんです」


 ムートー子爵がアイリス様に言った。

 

 どこの誰だか知らないって、ちゃんと調べなさいよ!


「あのね、この人は!」

「うるさいぞ、クレア! 俺の言う事をきけばいいんだ!」

「あなた、絶対に後悔するからね。……で? どうして欲しいの?」

「戻ってこい。そして、俺の家をなんとかするんだ!」


 ちょうど、ムートー家には用事があるにはあったし、戻るのはかまわない。

 あと、なんとかする、というのは立て直せと言われているわけじゃないし、放っておいてもいいわけだし…。

 

「わかったわ」

「クレア様!?」

「アイリス様、ご迷惑おかけして申し訳ございません」

「悪いのはクレア様ではありません!」


 アイリス様が強い口調で言ってくれたけれど、いい機会だとも思ったので、首を横に振る。


「私が戻ろうと思っただけですので、アイリス様はお気になさらないで下さい」


 アイリス様に苦笑したあと、ムートー子爵に向かって続ける。


「戻ればいいんでしょ、戻れば」

「最初から大人しくそう言えば良かったんだ」


 ムートー子爵はやはり小物のようで、私が戻るという確証もないのに、すんなりとアイリス様から離れ、満足そうに去っていった。


 さて、イーサンにはなんて言おうかしら。

 行き先は伝えるつもりだけど、旅行に行くだけ、と言ったら許してくれるかしら?

 最近、出ていかないっていったばっかりだから、正直に話をしたら嘘つきって嫌われるかしら。


 そうなると、居候先がなくなってしまう!


 って…、今はそれを考えるよりも先に、私の横で可愛らしい顔を歪めていらっしゃるアイリス様にご説明差し上げないといけないわね。

 

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