第15話 ただの粗大ゴミよ
「クレア! 良かった! 無事だった!」
イーサンが冷静になった頃を見計らって、会場の外で彼と合流すると、私を見つけた喜びで抱きついてこようとしたので、久しぶりに人に平手打ちをしてしまった。
「…痛い」
「ごめんね、イーサン。何度も言うけど、私も命が惜しいの。どうしても抱きしめたいというなら、まずはあなたに色々と恋のアドバイスをしてくれる、その人で練習したらどうかしら」
「わかった。今日のパーティーには来ていないみたいだから、どこかのパーティーで会った時にやってみる。クレアにも紹介するからな?」
「はいはい、ありがとう」
よしよし、と背伸びをして頭を撫でてやると、イーサンは嬉しそうな笑顔を見せる。
黙ってれば可愛い顔をしているし、性格も悪くない。
ただ、猪突猛進が過ぎる。
「そういえば、ノマド家の令嬢はどうしたの?」
「わからない。クレアが迷子になったから、そのままにしてきた」
「迷子じゃないわよ」
私がイーサンにツッコんだ時だった。
「あ! いたぁ! イーサン! 久しぶりね! 私の事、覚えているよね? レーナよ、レーナ、わかる?」
話題になっていた男爵令嬢ではなく、黒色のイブニングドレスを着た、会いたくもない伯爵令嬢が現れた。
「探してたのに、全然見つからなくて苦労した~。帰っちゃったかと思った~」
なぜか間延びした話し方をする、このレーナという令嬢。
もう、彼女の姓を忘れてしまったので、レーナと呼び捨てにする事にする。
大きな胸をイーサンの腕にぐいぐい当てて、谷間を彼に見せつけているが、イーサンは全くそちらに興味がなさそうで真面目な顔で答える。
「迷子のクレアを見つけたから、もう帰ろうと思っていた」
誰が迷子よ。
「ねぇ、イーサン。あのさぁ、私と、やり直さない?」
「何をやり直すんだ?」
「婚約者よ! もう一度、私の婚約者になりたくないかって聞いてるの!」
「なりたくない。俺にはクレアがいる」
びしりと私を指差してイーサンは答えたあと、不思議そうな顔をして彼女に尋ねる。
「というか、君には夫がいるんじゃ?」
「一緒に住んでいるだけで、結婚はしてないのぉ! イーサンが辺境伯になるって聞いたらぁ、もう、頭の中は、イーサンの事しか考えられなくてぇ」
「大丈夫か? それは病気かもしれない」
「そうかも~! 恋の病ってやつ!?」
「やはり病気なんだな。医者に行くといい」
1人はバカだし、もう1人はクソまじめすぎて、話がかみあっていない。
「イーサンが治してよ~」
「俺は医者じゃないから無理だ」
「イーサンが結婚してくれたら治る~」
「それは無理だ。さっきも言ったろう。俺にはクレアがいる」
「いいじゃん。あの人にはガレッドがいるから大丈夫だって~! きっと可愛がってくれるよ!」
最後の方の言葉は、私に向かって言ってきた様だけれど、なんの事かわからず、きょとんとしてしまう。
「クレアさん、だっけ? ガレッドはあなたとよりを戻したいんだって」
「ガレッドとは?」
私が聞き返すと、レーナは訝しげな顔で私を見たあと答える。
「あなたの元婚約者の事よ! もう忘れちゃったわけぇ!?」
「クレアのボコボコにしたいランキング1位の奴だと言えばすぐにわかると思うぞ」
「え? どういう事!?」
私にではなく、レーナがイーサンに聞き返す。
余計な事を言わなくていいのに…。
イーサンが私を見てくるから、ため息を吐いてから答える。
「あんな男はいらないわ。ただの粗大ゴミよ。何の役にも立たない。だから、あんな奴の所には戻らないから」
「大丈夫だ、クレア! そんな危険が出てきたら、俺の部屋で過ごせばいい! 俺はクレアの専用の護衛だ! 粗大ゴミよりかは役に立つよな!?」
「自己評価が低すぎるでしょ。イーサンは私の婚約者なんでしょう?」
「そうだな!」
イーサンは私の言葉に、目を輝かせて大きく頷いた。
そんなイーサンの様子を見てから、レーナに言う。
「私とムートー子爵の間にはもう何もありませんから。大体、あなたと結婚するという話はどうなったんですか? 婚約を解消したんですか?」
「婚約の解消とかはまだかなっ。本当はガレッドと結婚しようと思ってたんだけど~、やっぱ、イーサンの方が良くなった、みたいな?」
「ごめんなさい」
レーナの言葉を聞いたイーサンは、間髪入れずにお断りをした。
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