第12話 受けて立ちましょう
「クレア。すまないが、話があるから少しだけ時間をもらえないだろうか」
とある日の朝、庭で犬達と戯れていると、イーサンよりも背は低いけれど、高身長で精悍な顔立ちのイライジャ様が松葉杖をついて私に近寄ってきながら話しかけてきた。
イライジャ様は戦地で左足に大怪我をされ、足を引きずって歩く事は出来るものの、今まで通りに走ったりする事は出来ないんだそうだ。
「イライジャ様、私がそちらに行きますので」
イライジャ様がこちらへ向かってくる手前にベンチがあったので、そちらを指差すと、彼は意図を理解してくれた様でベンチの方へ向かってくれた。
少しスペースを空けて彼の隣に腰を下ろすと、犬達もついてきて、私達の周りを囲んで寝そべり始めた。
動物達はイーサンだけでなく、イライジャ様やジュード辺境伯にも懐いているから、ジュード家の先祖には動物を操れるような人間がいたのかもしれない。
いや、ただ普通に心が綺麗なだけかしら。
「悪いね、クレア。相談したい事が、というか、お願いがあるんだけど、今、話をしてもいいかな?」
「何でしょうか…。お願いされても期待におこたえできない事の方が多そうですが」
「大丈夫だよ。……単刀直入に言うが、イーサンに辺境伯の爵位を継いでもらおうと思っている」
「……はい?」
間抜けな声を出して聞き返すと、深刻そうな顔をしていたイライジャ様は私を落ち着かせるかの様に笑みを浮かべて、優しげな表情のまま話を続ける。
「僕はこの足ではうまく動けないし、戦地に出ても足手まといになるだけだ。だから、次期辺境伯の座をイーサンに譲ろうと思って」
「そ、それは、私が口出しできる話ではありません! なのにどうして、その話を私に…?」
「イーサンがクレアがいいって言わないと嫌だ、って言うんだよ」
「……申し訳ございません」
イライジャ様に座ったままだけど、深く頭を下げる。
子供じゃないんだから、クレアに相談するって言いなさいよ。
まったく。
って、イーサンは16歳か…。
まだ、幼さが残っていてもしょうがない?
いや、でも言い方を考える事くらいはできるでしょう…。
「クレアが謝る事じゃない。こっちこそ悪いね。で、どうかな? クレアはイーサンが辺境伯になる事についてはどう思う?」
「先程も言いましたが、私がどうこう口出しすることではありませんので」
「まあ、そうなのかもしれないけど、君の心構えも変わってくるだろ」
「どういう意味でしょう?」
「伯爵夫人から辺境伯夫人にランクアップはオッケーかな?」
私にとっては大事な所を軽いノリで言われてしまい、イラッとした気持ちになったけれど、教えてもらわなかったら、今すぐにはその事を思い出さなかったかもしれないので、ありがたい言葉だと思っておく。
「ランクアップはオッケーじゃないですね。嫌です。ノーサンキューですね」
「嫌? えっと、そうなると、イーサンに断られてしまうんだけど」
「それもノーサンキューというやつですか?」
「というか、クレア、ノーサンキューって何なの?」
「異国の言葉で、いいえ、結構です、っていう意味らしいですよ。実際のところ、その意味が本当かどうかはわかりませんが、平民の間ではそういう使い方で流行っているそうです」
しれっと答えると、イライジャ様は微笑を苦笑に変えて私に聞いてくる。
「どうしたら、クレアは納得してくれるかな?」
「私は居候生活が出来たら良いんです。辺境伯夫人にはなりたくありません」
「伯爵夫人は良かったんだろう?」
「イライジャ様、遠回しに言われるのは好きじゃありません。結局、私に断るという選択肢はあるんですか」
「…ありません」
「じゃあ、聞いても意味ないじゃないですか!」
これ見よがしに大きく息を吐いてから、私は立ち上がってイライジャ様に言う。
「上等ですよ。辺境伯夫人、受けて立ちましょう。ですけど、今すぐは嫌です」
「もちろんだ。まだ、イーサンは16歳だからな。18歳になるまでのあと2年くらいは父に頑張ってもらうよ」
「お飾りの辺境伯になられたらどうでしょう。イーサンを影武者みたいにして」
「……クレア、イーサンが君になつくのがよくわかる気がするよ」
「どういう意味です?」
「君は言いたい事をはっきり言いすぎだ。裏表のないところがイーサンには魅力的なのだろうけど」
「申し訳ございません」
さすがにここは素直に謝っておく事にした。
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