18-真実は、いつもひとつ!

「静粛に! 静粛に!」


 裁判官がガベルをたたく。


 弁護人、検事の考えは、奇妙なことにシンクロしていた。

 つまり、

(どっちだ)

 シルヴィの証言が、どちらにとって有利に働くか、である。


 現状はレイツェルに対して有罪の流れだ。

 あえて追い打ちを仕掛けるでもなく、黒判決を勝ち取れるだろう。

 であれば、レイツェルを擁護するための証言だと考えられる。


 ただしそれは、裁判の状況をきちんと把握していた場合の話だ。


 少なくとも裁判開始時、シルヴィが昏睡状態だったのは確認済みだ。

 裁判の詳細が不明で、念押しで証言を追加しに来た可能性だって考えられる。


 先んじて動いたのは検事側だった。


「シルヴィ・プレゼンツ男爵令嬢とお見受けする。まずは、裁判の詳細を追って説明しよう」

「いらない。だいたいわかった」


 検事と弁護人、それから被告人の顔色を見ればどういう展開で裁判が進んだかおおよそ理解できる。


 そのうえで、シルヴィ・プレゼンツは悠然と証言台へと向かっている。


 ここで弁護側と検察側は確信した。

 被害者は被告人をかばうつもりだ。


「裁判官! 事前に申請された証人ではないとはいえ、彼女は当事者です! 事件の真相を明らかにするためにも証言を受け入れるべきです!」

「否! 被害者は頭部に深い傷を負っていた。記憶が混乱している可能性が高く、証言に有効性は認められない! 聞くべきではない!」

「静粛に!」


 木槌の音が法廷に鳴り響く。


「弁護人の主張を認めます。法廷とはそもそも、罪のありかを問うものではなく、真実を突き止める場所。故に、被害者シルヴィ・プレゼンツの証言を認めます」


 弁護人がガッツポーズを取り、検事が形相を鬼人のごとく歪ませた。

 当の本人、黒髪の少女は自然体で証言台に上がる。


「では、一言」


 シルヴィが人差し指で天を示す。


「犯人は――」


 そして、それを振り下ろした。


「あんただ」


 シルヴィが指さす先には、一人の女性が座っていた。

 弁護人と検事と裁判官と他の傍聴人の視線が、その一点に吸い寄せられる。

 その視線を誘導された中には、もちろん、レイツェルも含まれていた。


「歴史教師、モダレーテ・リ・リバイ」


  ◇  ◇  ◇


(え!? 王子じゃないの!?)


 キリッとした表情で決めつつ、シルヴィはソフィアの助言に目を丸くしていた。


(なんで!? 王子ってばレイツェルを失脚させるとか言ってたじゃん!? てっきり王子が仕組んだことかと思ったんだけど!?)

『シルヴィがレイツェルとケンカしたのを知っていたのはシルヴィの教室にいた人物だけです。殿下がどうやって手引きするのですか?』

(そ、それは、こう、暗部とか?)

『暗部がいて、ただケンカしただけのことを授業中の殿下にリスクを冒して伝達し、そのうえ殿下から指示を受けて階段から突き落としに来た? ふふ、証拠の一つくらい残りそうですね』

(そ、そこは揉み消したとか)

『シルヴィには殿下が、揉み消さないといけないような手段を選ぶ方に見えましたか?』

(ど、どっちかと言うと、人の不始末にねちねちと因縁をつけるタイプかも)

『そうでしょう? ですから、違うんですよ』


 ソフィアの主張はわかった。

 確かに、同機の観点からだけ考えて王子が犯人だと思い込んでしまったが、犯行記録と人物像が絶妙にかみ合わない。


(で、なんで歴史教師?)

『言ったでしょう? シルヴィがレイツェルとケンカしたのを知っているのはあの場にいた人間だけ。そして残りの人は教室に残っていたんですからアリバイがあります』

(や、それってレイツェルがやった可能性を消せなくない?)

『消せますよ。だって、シルヴィが気を失った後も私は見ていたんですから、階段の下から上ってくる彼女の姿をね』

(……あー)


 なるほど、と思った。


(犯人も想定外だっただろうね。まさか、幽霊が現場を見ていたなんて思わないだろうし)

『それを言うなら、そもそも、レイツェルさんが教室を出たのも想定外だったはずです。多分、本当は、用務員の誰かに罪をなすり付けるつもりだったんではないでしょうか』


 だが結果は偶然にも、用務員全員のアリバイが成立してしまい、代わりにレイツェルのアリバイはなくなっていた。


(なるほど……ちょっと待って? それってソフィアだから知ってることで、わたしは知り得ないことじゃない?)

『当然です。ですから、証言では違う観点から理詰めしないといけませんね』

(……任せるよ)


 シルヴィがソフィアと内々にやり取りしていると、業を煮やした検事が声を荒げた。


「ふざけるな! 裁判官、資料番号十七をご覧いただこう。モダレーテ・リ・リバイは保健室にいたと保険医が証言している」

「ふむう、確かに。そのことについてどう説明するつもりですかな?」

「え」


 何それ聞いてない、とシルヴィは思った。


(ソ、ソフィア!)

『大丈夫です。謎はすべて解けています』


 ソフィアの口から紡がれる真相を、シルヴィが代わりとなって解明していく。

 気分はさながら霊媒師だ。

 というかだいたい霊媒師であってる。


「モダレーテ先生が保健室にいた。確かに、それは把握していませんでした」

「ふ、だろうな! 友達を助けたいのはわかるが、証言台では真実だけを述べてもらいたい」


 シルヴィがぼそりと「友達……?」とつぶやき、慌ててソフィアが『シルヴィ、シルヴィ! そこに疑問を持たないでください!』と注意した。

 危うく論点がそれるところだった。

 いま討論すべきは、どうやって犯行に及んだかである。


「ですがね、関係ないんですよ。先生がどこにいたかなんて」

「ど、どういうことだ」

「だって、わたしを突き飛ばしたのは先生じゃないんだもん」


 検事が疑問を浮かべて、裁判官が疑問を浮かべて、シルヴィが疑問を浮かべた。


(ソフィア!? 何言ってんの!?)


 こんなわかりやすい矛盾があるものか。


「く、ふざけるな! 現場にいなかった人間が、どうやって犯行に及んだというんだ!」

「まったくだよ」

「え?」

「あ、ごめんいまの無しで」


 つい、検事の疑問に乗っかってしまった。

 だって仕方がないじゃん、おんなじことが気になってるんだもん、とシルヴィは思った。


 それからソフィアの話を傾聴し、驚愕した。

 そんなことが本当に可能なのか。

 念入りに確認したが、ソフィアからは間違いありませんとしか返ってこない。

 仕方がないので、しぶしぶ、推理を披露する。


「モダレーテ先生は、使い魔ファミリアを使って犯行に及んだんです」


 法廷に、静寂が満ちた。

 潮が引くように、身じろぎの音一つ残らずかき消えた。

 だけどその静けさは、嵐の前の静寂に過ぎなかった。


「ふ、ふざけるな! 他の国ならいざ知れず、王都は聖結界せいけっかいに守られているんだぞ!? どうやって結界内で使い魔ファミリアを使役するつもりだ!」


 使い魔ファミリアとは、調教などの手段によって飼いならした魔物のことである。

 そして聖結界せいけっかいはあらゆる魔を拒絶する聖なる結界。

 王都で使い魔ファミリアは使役できない。

 そんなこと、貧民街育ちのシルヴィですら知っている常識だ。

 いや、常識、だった。


「聖結界はすべての魔を拒絶する。本当にそうでしょうか?」

「何が言いたい!」

「魔物討伐ギルドに持ち込まれる魔物の遺体は、魔に含まれないのか、ということです」

「っ!?」


 法廷に居合わせたすべての人間がさわぎ立てた。

 言われてみれば確かに、と言う者。

 魔物と魔物の遺体の違いを議論する者。

 信じていた安全圏が、魔物に襲われる危険を抱いていると気づいて恐怖する者。

 阿鼻叫喚の地獄絵図にも見えた。


 ただ一人、モダレーテ・リ・リバイを除いて。


「先生なら知っていますよね。聖結界の、厳密な条件を」


 モダレーテ・リ・リバイは、当代の聖女の座を現聖女と競い合った仲だ。

 国内でも有数の聖力せいりょくを持っており、その扱いにも長けている。


「聖結界が拒むのは、聖力せいりょくと対になる力、魔力まりょくを内包する物質ですね。魔物の死体を持ち込めるのは、死体になると魔力を体内に留めておけなくなり、空気中に魔力が溶けるためです」


 つまり、生きている間は魔力を持つために結界に拒まれるが、死んでしまえば魔力を失うため結界から弾かれなくなるということだ。


「それで? 聞かせてもらえるかしら。いったい、どうやって、結界内で使い魔ファミリアを使役したというのかしら」

「スライムです」


 スライムとは、粘液に空気中の魔力が混ざり、生体活動を行うようになった魔物のことだ。

 『四十鬼夜行』でも最弱のコマとして採用されている、メジャーな生物だ。


「ただし、粘液に溶かしたのは魔力じゃない」

「魔力以外って……まさか!」


 シルヴィはソフィアを確認した。

 ソフィアは穏やかな笑顔を見せて、シルヴィはゆっくりと首肯する。


「モダレーテ先生、あなたは魔力の代わりに聖力せいりょくを使い、結界に拒まれないスライムを生み出したんだ。そしてあの日、保健室から遠隔で使役し、わたしを階段から突き落とした。そうでしょう?」


 誰もが息をのんだ。

 信じがたい話だった。


 そうかもしれないと思う気持ち半面、反面、否定してくれとも願っている。

 そんな時間が、いくばくか。


「ふ、ふふふ、大した妄想力ね。小説家にでもなった方がいいんじゃないかしら?」


 モダレーテ女史は笑った。

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