万引きを捕まえた

石田空

本屋バックヤードにて

「それで、これ全部万引きするつもりだったの?」

「…………」


 本屋のバックヤード。本来だったらその日発売の雑誌の付録付けやら、返品本処理やら、コミックのビニール付けやらでごった返しているこの場所は、今は緊張感溢れる空間となっていた。

 アニメ化されたマンガ、映画化が決まった小説。彼女のぶかぶかのスポーツジャージの中から、次から次へと本が見つかった。

 ちなみに万引きは現行犯逮捕が原則であり、監視カメラに物証がプラスされないとなかなか警察を呼ぶことすらできない。なによりもされるがままになっている万引き犯が、涙をうっすらと溜めはじめたので、より一層バックヤードの空気が悪くなっていく。

 長い傷みのない手入れの施された髪、つるりと光る弾むような肌、ネイルはピカピカに伸びていて、体型に合っていないジャージ姿を差し引いてもはっきり言ってとても可愛い。

 その子がたとえ万引き犯だったとしても、泣かれてしまったら男性店員たちはうろたえる。

 しらけ切った顔をしているのは女性店員たちである。彼女たちは制服にエプロンに、エプロンの中には何個も輪ゴムやゴムパッキンを入れている。紙に湿度を奪われて全体的に乾燥気味の肌。絆創膏を常に常備していなければ、真新しい紙のせいですぐに手が切れ、商品を汚してしまう。

 そんな仕事第一で本を並べているのに、それをツルツルピカピカした手荒れひとつない高校生に万引きされてるんですけど。泣いてるから可哀想じゃねえ、もっと怒れよ。女性店員はうろたえる男性店員たちをしらけ切った目で見ながら、雑誌に付録を詰める作業を続けていた。

 どれだけ緊張感みなぎる場でも、仕事は疎かにできないのであった。

 それでも、店長は口を開いた。


「それで、万引きした本、どうするつもりだったの?」

「……フリマアプリで売る気でした」


 舐めとんのか。万引きだけに飽き足らず転売か。死ね。

 だんだん眉間に皺を刻んでいく女性店員と一緒に、男性店員たちも口を引きつらせていく中、店長は言葉を続ける。


「……普通に買ってくれたら、なにをしてもかまわないよ。どうして盗んだの?」

「……お小遣い欲しかったんで。商品取り放題だったので」


 野菜袋いっぱい入れ放題会場じゃねえんだわ。

 舐め腐った言葉に、だんだんと怒りで震えてくる店員たち。レジの声が聞こえているが、まだ応援が必要なほどではないらしく、応援要請はかからない。

 店長は反省をしていない万引きに、どう声をかけたものかと悩みながらも、言葉を続けた。


「このままだと、警察を呼ばないといけないけど、いいかな?」

「商品返したじゃないですか」

「現行犯で捕まえたからね。このまま出すわけにはいかないんだ」

「でもマンガはともかく、今時本って売れなくないです?」


 万引き犯の声に、とうとう我慢ならず、女性店員がバンッと本を叩いた。結婚相談誌は重い上に分厚く、その上付録もたんまりついているため、少し小突いただけで足に落ちたら痛い。彼女は痛みを堪えて万引き犯に振り返った。


「……その本」

「はあ」

「私が書いた本なんですけど!?」

「は?」


 店員たちが一斉に女性店員に視線を集めた。

 女性店員はがなり立てる。


「本が売れないってえ? だから返したからいいでしょってえ? 本が売れないくらい知ってますけど!? でも本好きなんだからしょうがないでしょう!? いくら世の中不景気だからって、あんたの元手ゼロの小遣い稼ぎに利用される謂れは全く、これっぽっちもないんですけど!? 甘ったれるのもいい加減にしなさいよ!」

「……え、本当に作家だったら、どうしてここで働いて……」

「うち別に兼業推奨してるじゃないですかあ! ちゃんと店長にも言いましたよ! 本屋だけでも小説家だけでも食べれないなら働くしかないじゃないですか!?」

「……なんでそこまでして本屋で?」

「本が好きだからに決まってますぅ! どうせ誰も私の本のタイトルもペンネームも覚えてないけど!」


 彼女がキレたあまりに煽りまくっている中で、ようやっと連絡した警察がやってきた。

 店長は「ちょっと事情聴取受けてくるから」と言って、万引き犯を受け渡して、そのまま警察に同行していった。

 女性店員は他の店員に囲まれていた。


「ええっと……作家だったの?」

「はい。自分の本がスラれて腹立って言いましたけど」

「今度サイン本並べる?」

「あ、はい。一度担当さんに聞いてからですけど、もしできたら嬉しいです」


 バックヤードのみなぎる緊張感はほんのりと薄らぎ、ほのかに優しい空気に包まれていた。


<了>

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万引きを捕まえた 石田空 @soraisida

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