2-2 誰もが忘れる畦道を静かに舐めてく
「依頼人?」
「そ。久遠氏どうせ暇っしょ」
「まあな。それはそうだが」
それどころではないのも現状である。
依頼人。俺たちの間柄でこの言葉が使われる場合超能力者関係であることが十中八九である。それは秋田谷がバイトを辞める話を聞き、具体的にそれが一週間後であると知った翌日であった。未だにその理由は判別とせず、庵原ですら経緯を全く聞いていない。思い入れと想い出の店なだけに、どうにも腑に落ちなかった。なんで辞めるんだ? どうして急に。秋田谷は前から決めていたから急ではないと言っていたが、でも前から考えていたのではないように思う。なにか事情があるなら俺たちに相談するぐらい、別にどうってことないと思うんだが。
「ええと、なになに。知り合いを呪ってしまいました。今になって後悔しています。なんとかなりませんか……と。なるほど、呪いねぇ」
また厄介な案件だこと。呪いならば現代の妖怪『妖懸し』が関与しているのは間違いないだろうが、これまたお願い案件だ。つまり人間の側から邪なるモノへお願いしてしまっている。それは向こうからしたら何を今更という事他にない。
呪いは人間関係がそこに絡んでくる以上、複雑怪奇になりがちである。精神的あるいは霊的な手段をもって不幸や災厄をもたらさしめようというもの。掛けられた側の思い込みを薄めるごとができればその効力は一段と下がるのだが、今回は掛けた側からの依頼だ。難しい。これは掛けられた側にも接触しないといけないか、あるいは妖懸しを特定して排除するしかないか。
「どちらにしても本人に話を聞かないとだね」
「おっ、呪術○戦ですな」
「またそう言う方向に持っていくな、お前は。できることなら開戦なんてしたくないよ。穏便に済ませたい」
「陰陽師ものでしたら、犬○叉とか結○師とかですかな。我は時音氏推しですぞ」
「穏便に、じゃバカモノ。オンしか合ってないわ! それにお前の履修状況も、推しが誰かも聞いとらん。なぜそうなる」
「えっ、だから久遠氏がオン……」
「分かった、もういい。もう授業だ。続きは放課後にしよう」
配られたプリントを庵原に回しつつ、珍しくまともに授業を受けようかなとおしゃべりを中断した。なにせその授業内容が民族関係だったからな。何か後学に使えることが学べるやもしれない。
※ ※ ※
「田中幸さん。同級生の男子に関する色恋沙汰でトラブルが同級生の女子で起こり、憎くて噂の呪いに手を出してしまった。呪師に五千円払い、呪いをかけてもらったと。それで、最近になってその掛けられた子が交通事故未遂、高所からの落下物、銀行強盗に巻き込まれて人質、隣の部屋で殺人事件が続き、そしてついには大怪我して入院してしまったと。そしてその噂を聞いた田中さんは怖くなってしまった、と。呪いそのものが怖くなった」
「はい」
「その呪師の連絡先とかは?」
「わかりません」
「顔とか、男とか女とかなにか特徴も?」
「わかりません。ごめんなさい……わたし、私そんなつもりじゃ……」
「今度は自分に降りかかるかもしれないって、そう考えているんだね」
彼女は両の手で顔を覆って頷く。泣くに泣けないのだろうか、涙はない。
「ああ、大丈夫。そのままでいいから聞いていて。じゃあまずは田中さんの方からね。うん。大丈夫。安心して。呪いは無いよ。僕は霊能力者でも超能力者でもないから見えるわけではないけど、田中さんに悪霊とか呪いとかはついていないから安心して。ここに妖刀があるんだけど、何か異変があればこいつが震えだすから。どんなに小さな妖でも異でも見逃さない。この刀はそれだけ使い込まれてる。大丈夫。安心することが一番あなたのためになる。何なら無料でお祓いとかしとこうか?」
「誰が無料のお祓いですか」
「秋田谷」
「ひかるん! ドリンクありがとうだを。ついでに我れもいろいろお払われたいを。ふたりきりで、ぐふ、ぐふふ……」
「きも」
「気持ち悪いな」
「ぐふ?」
田中さんが少し笑った。
「まあ、あたしになにか出来るならするよ。お祓いくらいならいくらでも。お守りのほうがいい?」
「さすが神社の娘」
「われも! われも!」
「あんたはラブコールうざすぎ」
「あいしてるを?」
「うざ」
庵原は秋田谷にとてもきつい目つきで一瞥されて、粉砕した。
「あれはほっといてくれ。そのうち砕ける。それより田中さん。真面目にお祓いしとく?」
彼女は頷く。そして言葉にする。
「呪いを解いてください。お願いします。あたしがバカでした……ですから、お願いですから……」
「全力を尽くそう。まずは呪い師に会いに行った場所を教えてくれ」
場所は大切だ。それが呪いともなれば尚更。
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