第44話 恋の序章
(1)
「おはよう空」
「おはよう翼」
今日の翼は浮かれている。
凄く気分がうきうきしている。
理由はすぐにわかった。
今日は2月14日
バレンタインの日。
「じゃ、早く着替えなよ」
「うん、先行ってて」
「は~い」
翼が部屋から出ていくと着替える。
もうそんな時期なんだな。
着替えると鞄を持ってダイニングに行く。
母さんからチョコレートをもらえた。
父さんも母さんから特別に手作りのガトーショコラをもらっていた。
「ありがとう愛莉」
父さんは嬉しそうだ。
朝ごはんを食べると準備をして翼たちを待つ。
水奈が来る頃に翼たちが降りてくる。
「行ってきま~す!」
天音の元気な声が響き渡る。
純也たちを迎えに行くと学校へ向かう。
「あれ?水奈は今年は義理チョコ配らないのか?」
天音が水奈に聞いていた。
水奈は普通に答えた。
「配る必要ないだろ?大体の男子が彼女持ちだし……それにいないやつも気がある女子いるみたいだから気を使ってみた」
「そうなのか?」
「まあ、予想だけどな。普段の態度見てたらなんとなく分かんだろ?」
そう言えば6年生組も大体カップルできてしまったな。
「茜は誰か渡す人いるのか?」
「いるよ」
え?
「誰だよ!?」
天音が聞いていた。
「内緒」
「……ふーん」
天音たちはそれ以上追求しなかった。
翼と純也は見当がついてるみたいだ。
学校に着くと昇降口でそれぞれの教室に分かれていく。
水奈だけは6年生の教室についてきた。
そして僕に学を呼ぶように言う。
「学、水奈が待ってる」
学は水奈の元に行く。
チョコを受け取ってるようだ。
用を済ませると水奈は自分の教室に戻った。
学が席につくと皆が集まる。
「学。こういうことを言っちゃ悪いと思うんだが大丈夫なのか?」
光太が聞いていた。
「何がだ?」
学が聞き替える。
「お前分かってるのか?今年度で卒業、来年度から中学なんだぜ?」
光太が言う。
小学生と中学生。その差ははっきりとしている。
まず通う場所が違うし、やっぱり同じ中学生の方に魅力を感じるんじゃないか?
水奈は何も言わないみたいだけど不安があるんじゃないのか?
「それはあるかもしれんな」
学が答えた。
「でもそれはお互い様だろ?互いに何をしているのか分からない。結局信用するしかないんじゃないのか?」
今までだって、特別何かしてやれてたわけじゃないしな。と学は言う。
「でも水奈を安心させてやることは必要かもだよ」
美希が言った。
体つきだって全然違う中学生がライバルだと勝ち目がない、自信が欲しいんじゃないのか。と美希が言う。
「どうしてやればいいと思う?」
学が聞いていた。
「毎晩チャットや電話はしてるんだろ?」
「まあな」
僕が聞くと学が答えた。
「本当はデートでも誘ってやるのが一番なんだろうけど学も妹の世話で大変だろうしな」
「それなんだがな……」
光太が言うと学が話を始めた。
恋の意識が変わったらしい。
最近は要と遊んでることが多いらしい。
学がいなくても自分で何でもするようになった。
洗濯物もそそくさと自分のものを取ってたたんで仕舞うようになった。
料理とかも学をみて学んでいるらしい。
「そういう年頃なのかもしれないね」
翼が言う。
そんな話をしていると高槻先生が教室に来た。
朝礼が始まる。
授業が終わって中休み、昼休みと学の事で相談していた。
そして出た結論は一つだった。
学の家に呼んでやれ。
「大丈夫か?水奈の親だって心配しないか?」
「大丈夫だろ。もう家に泊まったりしてるんだろ?」
光太が言った。
「まあ、それはそうなんだが……」
「今更気にする仲でもないんじゃない?」
僕が言うと「そうだな……しかし家に呼んでも構ってやれんぞ」と学が言う。
「要は気持ちの問題だよ。一緒にいるだけでいいって事もあるんだよ」
翼が言う。
「まあ、今度話してみるよ」
学がそう言ってこの話はお終いになった。
気にすることないさ。
この歳で婚約させられる奴だっているんだし。
放課後美希からチョコをもらった。
手作りに挑戦したらしい。
「ありがとう。帰ってから食べるよ」
「うん。あとさ……」
何があるんだろう?
「お返しはそんなに頑張らなくてもいいからね」
美希は笑顔でそう言っていた。
とはいえ、何か考えないとな。
考えても分からないから翼に相談してみた。
「まずそれがミスだね」
「なんで?」
「姉とは言え他の女子と相談してたなんて知ったら美希だっていい気がしないよ」
そう言われるとそうかもしれない。
「空の直感でいいと言いたいんだけど……」
僕のセンスは父さん並みにまずいらしい。
「愛莉ならいいんじゃない?」
翼が言うので母さんに聞くと「本当に困った子ですね、今度ショッピングモールにでも連れて行ってあげましょうか?」と言われた。
母さんが選んでくれるのと翼が選ぶのにそんなに差がない気がしたけどまあいいか。
(2)
「岳、これあげる」
相楽真智が佐倉岳にチョコレートを渡してる。
「良かったら私と一緒に受け取ってください」
教室の中での堂々とした告白。
でも皆別に興味を持つ者はいなかった。
このクラスでは恋人がいないやつを数えた方が早いほど今日はラブラブなムードに包まれている。
「俺でいいの?」
「うん……だめかな?」
「ありがとう」
「よかった!」
そんなやりとりが教室の数か所で行われていた。
もちろん遊や粋もなずなや花にチョコをもらっている。
普通はチョコはこっそり渡す物。
放課後呼び出したり家に直接手渡しにいったり。
愛莉もパパも家に持って行ったらしい。
しかしこのクラスではそんな常識は通用しなかった。
逆にもらえないやつが哀れまれる状態だった。
そんな奴の救済に私は義理チョコを去年は準備していたのだが、誰が誰を好きなのか分からない状態でうかつにチョコを渡すわけにはいかないと判断して学にだけ渡すことにした。
天音も大地に渡してた。
同級生に好きな人がいることが羨ましいと思った。
私は一緒に登校することも休憩時間に会話することも給食を一緒に食べる事すらできない。
出来ることは家に帰ってチャットをする事。
休みの日に学の家に遊びに行くことくらいだ。
桜子が教室に来た。
授業が始まる。
最近はFGの連中が桜子をからかっているだけ。
喜一と光太が交渉した結果だ。
お互い不干渉で行こう。
約束を破ったら即戦争。
それで両陣営のトップが和解したらしい。
学校が終ると天音達と家に帰る。
今年は父さんにもチョコを渡した。
れっきとしたチョコレート。
1人で感激してた。
部屋に入るとベッドに横になってスマホを弄る。
今日はみんな個人チャットでやり取りしてるんだろう。
退屈だ。
最近天音もノリが悪い。
あいつの中で何か革命が起こったらしい。
風呂に入ってジュース飲んでテレビを見ながらスマホを弄る。
すると突然スマホが鳴る。
学からだ。
電話に出る。
「もしもし」
「ああ、寝てたか?」
まだ21時だぞ。寝るわけないだろ!
「大丈夫」
「そうか。いや、ちょっと気になることがあってな……」
「どうした?」
「実は……」
学が話し出した。
学は来年度から中学に行く。
だから私の事が心配なんだそうだ。
私に寂しい想いをさせるんじゃないか?
余計な不安を抱かせるんじゃないか。
私は笑っていた。
「確かに不安はあるな。でもそれは今に限った話じゃないだろ」
今までだって私は一人だった。
これからも続く。
私と学が同じ中学にいられるのはたった一年。
そして同じ高校に行けるとは限らない。
その先の進路だって私は何をしたいのか分からない。
だから私は学と話をした。
「学……私の両親は7年間別々の学校にいたんだ。結婚した後もすれ違いの生活を送っていたらしい」
だから大丈夫だ。
人は誰しもそんなに強くはないもの。
だからこそ今、となりあわせた人を想い遣るたましいよ。
「お前は平気なのか?」
「うちの父さんと違うから。学に限ってそんな心配はしてねーよ」
「そうか……それならいいんだ」
「それともやっぱり同級生のほうがいいのか?スタイルも良くなっていくし」
「そんなの水奈だっていずれそうなるだろ?」
「諦めろ、私は母さんの子だ。これ以上おっぱいが大きくなることは無いらしい」
「それは気にしてないから安心してくれ」
それはよかった。
「ところでこんな時間に電話して大丈夫なのか?恋は寝たのか?」
「最近は自我が芽生えたらしくてな。要と話している方が楽しいらしい。俺には聞かれたくないらしい。”お兄ちゃんはあっちに行ってて”て言われてな」
なるほどな。
「寂しいか?」
「こうして水奈と話が出来る時間が出来たから助かるよ」
そうか。
その後も暫く2人で話をした。
いつでもうちに遊びに来いとか。
偶には家に来ないか?邪魔はいないぞ……いるか。とか。
「水奈は本当に将来の事を決めてないのか?」
「決める必要あるのか?」
「どういう意味だ?」
「私は学の嫁になるって決めておいた方がいいのか?」
「……まだ先の話だな」
学は笑ってた。
話は1時間以上続いた。
「じゃあ、そろそろ寝るわ」
「ああ、ゆっくり休め。今日はありがとう」
「お返し、期待しているぜ。おやすみ」
「おやすみ」
電話を終えると天井を見つめる。
白い月。
月よ私達は何がしかの意味をさまよい求めては今もこうして血を通わせ生きている。
この姿を借りてあるべくしてある意味を誰が知ろう。
(3)
2月14日。
女子から男子に好意を伝える日。
他の国では違うらしいけど日本ではそういう風習らしい。
日本でもその文化は変わりつつあるようで、最近は女子同志で交換する友チョコが主流になっている。
だけどこのクラスにはそんなの関係なかった。
大好きなあなたにだけあげる。
そんな女子が大半を占めていた。
SHのメンバーが多いこのクラスではこの機にと女子からアタックをかけているようだ。
それも教室の中で大っぴらに。
呼び出してドキドキする感覚も大事だけど断られても冗談めいて誤魔化すことが出来る。
そんな風に考えたのかもしれない。
私も席についた天に堂々と渡した。
天ははずかしそうに「ありがとう」と受け取ってくれた。
そんな天を見て私は嬉しく思う。
自分のイベントが終ると席にもどって観察していた。
クラスでチョコをもらってないのはFGのメンバーくらいじゃないだろうか?
クラスの中は温かいムードに包まれていた。
昼休みもそれぞれの二組に分かれて給食を食べていた。
クラスが温かいムードに包まれる。
そんな雰囲気に嫌気がさしたのかFGの連中はいない。
もともとクラスメートの中にFGのメンバーなんてそんなにいなかったけど。
終礼が終ると下校する。
変える方向のカップルは一緒に帰る。
お互い照れくさそうに。
私達も一緒に帰った。
ご褒美だろうか?
彼は手をつないでくれた。
そして家の前で別れる。
「またね」
「ああ、また明日」
そう言って帰る天の後姿を見送って家に帰る。
しばらくすると、天からメッセージが届く。
「チョコレート美味しかったよ。ありがとう」
そう言ってくれると信じてた。
いつか天に夕食を作ってあげよう。
お弁当を作ってあげよう。
そんな夢に思いを馳せながら宿題をしていた。
夕食を食べてお風呂に入って部屋に戻ってると、SHの女性陣がはしゃいでいた。
皆告白が成功して喜んでいるようだった。
「おめでとうございます」
そう送っていた。
でも道はこれからですよ。
険しい道を乗り越えて行かなきゃいけない。
私達はまだ小学生なのだから。
頑張らなきゃ。
(4)
2月14日。
バレンタインデー。
クラスは皆温かい空気に包まれていた。
クラスの中はカップルだらけ。
それぞれの想い人にチョコレートと気持ちをプレゼントしてた。
友チョコはなかった。
ただ思っている相手に渡すだけ。
純也も彼女の石原梨々香にチョコをもらっていた。
嬉しそうにしてた。
梨々香に遠慮して純也にはチョコをあげなかった。
私もまたチョコレートをあげる人がいた。
チャットで知り合った佐原壱郎
下駄箱に入れておくとか机に忍ばせておくとかそういう面倒な事はしない。
このクラスで色恋沙汰を冷かすのはFGのメンバーくらいなものだ。
そのFGすらSHのメンバーには手出しできない。
私は彼が来るのを待った。
そして彼が来ると彼の席にいく。
「はい、佐原君。これあげる」
そう言ってチョコレートを渡す。
この一言を言うのにどれだけ勇気がいるだろう。
彼は喜んで受け取ってくれた。
「ありがとう」
その一言が夜遅くまで頑張って作った疲れが吹き飛んでいく。
「放課後ちょっといいかな?」
「いいけど?」
「じゃあ、教室で」
「わかった」
そう言うと席に戻る。
秘密を共有している特別な友達。
私達の年齢では恋をするのに十分な理由だった。
放課後になると二人きりになるのを待った。
そして二人きりになると私は言った。
「私とお付き合いをしてくれませんか?」
ストレートに伝えた。
彼は悩んでいた。
私じゃダメなのかな?
「僕は茜と違って知識もスキルもたりない」
男の子ってそういう事を気にするものなのだろうか?
「それって、人を好きになるのに障害になるの?」
「僕みたいなネット初心者じゃ釣り合い取れないよ」
「そう思うんだったらこれから私が教えてあげる」
「本当に僕がいいの?」
私は黙ってうなずいた。
「僕みたいな取り柄の無い男でよければ。でも……」
まだ何かあるの?
「付き合うって何をすればいいの?」
素朴な疑問だった。
住所も離れてる。
校則で休日に合う事も出来ない。
それを彼は気にしていた。
「大丈夫だよ、心配しなくてもいいんだよ。私達はいつでも繋がっている」
「え?」
「何のためのメッセージ?チャットがあるの?私達だから見える恋がある」
「あ、そっか」
壱郎は納得したようだ。
「じゃ、よろしくおねがいします」
壱郎は手を差し出す。
「ええ、ありがとう」
私は壱郎と握手する。
そのまま手をつないで昇降口に着く。
そして私達は分かれる。
「じゃあ、また今夜」
「うん」
家に帰ると、その晩チャットで仲間に知らせる。
皆大人の人だった。
「私恋をしました」
みんな「おめでとう、頑張って」と励ましてくれた。
そして壱郎からメッセージから届く。
「えっと、何て呼べばいいのかな?」
その一言で私は笑っていた。
「スカーレットは駄目だよ?二人だけの秘密」
「だよね」
「普通に茜でいいよ。私も壱郎って呼ぶから」
「わかった。今もチャット中?」
「うん、それとちょっとお仕事しながらかな?」
私達はホワイトハッカー。不正にアクセスしようとする輩に”お仕置き”をする仕事。
「邪魔したかな?」
「大丈夫、それより覚悟してね」
「何を?」
「私狙った獲物を逃した試しは一度もない」
何処までも追いかけて捕獲する。
だけど偶には追いかけられたい。
だから攫って、迫って、このまま。
純也は眠くなったようだ。
私もそろそろ寝るか。
「じゃあ、また明日」
「おやすみ」
そう言ってスマホを充電器にセットする。
チャットでもお休みと言って退室する。
「茜は上手くいったのか?」
純也が聞いていた。
「うん、上手くいったよ」
「SHの皆上手くいったそうだよ」
「そうなんだ」
これからが大変だな。
もうじき春が来る。
今年の春は桜に包まれて暖かな日々を送る事だろう。
2人巡り逢えた。
2人探し合えた。
君の夢の中で踊ろう。
ずっとぎゅっと抱きしめて欲しいい
見せかけの強さより、名ばかりの絆より。
同じ時を生き抜いていく覚悟して。
初めて手に入れた恋。
このまま離さないで。
もうすぐ私達にも春がくる。
(5)
「あれ?晶どうしたのその子?」
私は晶が抱えている女の子を見て言った。
喫茶店青い鳥。
昔から話をするときはこの店でと決めてある。
「まあ、色々あってね。恵美、育児に奮闘する母親のグループを作ったそうね?」
「ええ。作ったわ」
「私も入れてもらえないかしら」
「でも繭ももう4年生でしょ?」
手はかからないんじゃない?
晶は話を始めた。
繭に3人の妹ができた。
晶の弟の子供たち。
酒井梓、灯里、泉。
母親は泉の命と引き換えに亡くなった。
弟一人で育てようとしたら急性白血病で他界した。
弟に3人の命を託された。
「娘の育て方は心得ているつもりなんだけどね」
「経験者はいた方が助かるから歓迎するわよ」
私はそう言った。
「そう言ってもらえると助かるわ」
晶はいう。
「でも大丈夫なの?そんなに子供を抱えて」
「繭も祈も手がかからなくなった。精々やる事と言ったら父親に似たあの根性無しを鍛えなおすことくらいよ」
それは多分晶の息子の善明の事だろう。
「それなら私も手伝うわ、大地も似たようなところあったし」
「大丈夫。男の教育の仕方は旦那でなれてるから」
「晶がそう言うなら間違いないわね」
2人で笑っていた。
「私達は変わらないわね」
「そうね、精々子供の成長を見守るくらいだわ」
2人で笑っていた。
今頃娘はチョコレート一つで騒いでいるのだろう。
私達のように幸せになれることを祈りながら長閑な午後を過ごす。
騒ぎ出した胸が止まらない。
生まれ変われる気がするんだ。
恋は止まらない。
走り出した恋は止まらない。
行け、私の両足よ。
娘たちはそう言って走り出す。
その背中をただ見守ってやるだけ。
ゴールは見えてるんだから。
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