第41話 日常
(1)
今日は運動会。
入場行進で白組の先頭を大きな旗を掲げて行進している。
どうして?
どういうわけか僕が白組の応援団長になっていたから。
その証拠に応援団のしるしの白いタスキを欠けている。
どうして?
理由は至って簡単。
本来なら学級委員の学がやればいい話なのだが事情が変わった。
運動会の花形種目の騎馬戦。
僕は去年一人で大将まで勝ち抜くという芸当をしてみせた。
だったら大将に僕を置いておけばまず個人戦で負けることは無い。
大将は両軍の応援団長が担うという風習がある。
だから僕が応援団長。
毎日放課後残って応援の練習もしてきた。
僕の後ろには同じく応援団に抜擢された翼がいる。
その姿をしっかりカメラに収めているのがお爺さん。
開会式が終ると応援合戦が始まる。
あまり声を出すの好きじゃないんだけどな。
そうも言ってられないので腹の底から声を出す。
そして1年生の徒競走から始まる。
あとは運動会ならではの競技を順々にしていく。
徒競走もした。
天音は自分の種目が全部終わるととっとと応援席から抜け出そうとする。
それを学級委員の学が水奈ともども取り押さえる。
午前中の種目が終りお弁当を食べる。
お弁当の時間が終ると午後の部に入る。
鼓笛隊のパレードから始まる。
5年生の種目だ。
去年そういや僕達もやったっけ?
リコーダーを吹いたけどあれ指揮に立候補すればよかったなって後から後悔した。
そのあとに組体操の時間が来る。
これやる意味あるの?
”扇”とか”サボテン”とか
最大の見せ場はピラミッド。
事故があったあれ。
人が何人も四つん這いになって積み重なっていくやつ。
近年エスカレートして高さが増していく。
高さが増すと当然下にいる人の負担は果てしない。
それが終るといよいよ騎馬戦。
男女別れてやる。
最初に女子から。
女子は想像通り翼の独壇場だった。
しかし女子の方が面白かったかもしれない。
大将戦までもつれ込んだのだから。
当然翼が勝った。
翼に肩をタッチされる。
「次は空の番だよ」
しかし個人戦で僕の番はこなかった。
5年生は遊と粋や大地が。
6年生は酒井君と学と光太が次々と倒していく。
そして副将だった学が相手大将の帽子を奪い取り終わる。
団体戦も似た感じだ。
大将の僕が動かずとも光太と学が次々と倒していく。
光太が大将の帽子を奪った時団体戦は終わった。
小学校最後の騎馬戦は僕の出番はなかった。
「去年の仕返しだ」
光太はそう言って笑う。
そして競技は最後の対抗リレーとなった。
男女混合で行う。
1年から始まり6年の男子までつながる。
勝負は大体天音で決まる。
同年代の記録では到底天音にくらいつくことなどできっこない。
どれだけ差がついていてもあっという間に抜き去っていく天音。
そして翼がさらに差を広げてとどめを僕に託される。
今年も白組の優勝で決まった。
閉会式が終ると6年生は片づけがある。
片づけを終えると終礼をして帰る。
家に帰ると対抗リレーを撮影したやつをお爺さん達が見ていた。
「これだけ運動能力があるんだから、中学は何か部活をしたらどうだ?」
お爺さんが言う。
父さんが子供の時に高校入試があるからやめとけと言ったのを後悔してるそうだ。
「お前たちなら勉強もできるんだから何かやってみたらどうだい?」
お婆さんが言う。
だけど両親はそうは言わない。
「必要最低限の勉強をしていたら後は好きにしなさい」
父さんも母さんも言う。
天音にもきっと同じことを言うんだろう。
部屋に戻って着替えると翼がやってくる。
「天音は?」
「先に帰れたからとっとと遊びにでかけたみたい」
そして二人きりの時間を過ごす。
天音が帰ってくると夕飯の支度が始まる。
夕飯を食べて天音が先に風呂に入って僕達が入る。
そしてその後22時まで時間を潰して翼は部屋に戻る。
明日は振り替え休日。
ゆっくり休むことにした。
(2)
「仁君、終礼終わった後時間あるかな?」
クラスメートの、SHのメンバー・桜木桜さんに言われた。
名前を揶揄っていたFGの連中を叩きのめした記憶がある。
「別にいいけど」
「じゃあ教室でね」
そう言って桜木さんは教室に戻っていった。
妙にソワソワする。
これって噂の……
そんな期待を胸に終礼が終るのを待っていた。
終礼が終ると友達が「一緒に帰ろう」と言うのを断って教室に残る。
SHのメンバーは桜木さんの様子をみて察したらしい。
「後で詳細きかせろよ」
そんなメッセージが残ってた。
待っている間に桜木さんがどんな人なのか話をしよう。
桜木桜 6歳。
明るく元気が良くお洒落な子。
お洒落だけど動きやすい服装を好む。
球技が得意で昼休みになると兄の桜木太賀と一緒にドッジボールしてる。
相手が年上の男子だろうと怯むことなく果敢に攻める。
SHの1年生組は大体が昼休み外で遊んでいる。
逆にFGの連中は教室内にいることが多い。
外で一緒に遊んでいた方が安心なんだろう。
僕のクラスは昼休みは大体外で遊んでいる。
とにかく人見知りもしない、物怖じもしない活発な子。
恋愛とかそういうのにあまり興味が無いと思ってた。
教室には僕と桜木さんしかいなくなった。
廊下を見て誰もいないのを確認すると戸を閉める桜木さん。
「おまたせしてごめんね」
「いいよ。で、用件て何?」
このシチュエーションなら十中八九間違いないだろ。
桜木さんの次の言葉を待っていた。
「実は私最近恋をしてます」
やっぱりだ。
「その相手は、多田仁君です。……付き合ってください」
来た!!
生まれて初めて受けた告白。
頭がパニクってる。
嬉しくてその場で飛び跳ねたくなりそうなのを堪える。
「でも、どうして僕なの?」
「それはね……」
桜木さんは話を始めた。
きっかけはやっぱり僕がFGを追い払ったこと。
それからずっと僕を見ていたらしい。
母さんから言われてる事。
常に女性を守ってあげなさい。
それは誰に対してでもだ。
そんな僕を見て不安になったらしい。
自分じゃなくてもよかったんじゃないのか?
自分の思い違いじゃないだろうか?
不安はいつしか願望に変わった。
私だけを見て欲しい、私だけを守ってほしい。
その願望の正体が恋だった。
想いは強くなるばかり。
そして今日遂に僕に打ち明けようと思ったそうだ。
時間が経てば経つほどライバルが増えるんじゃないかって悩んだそうだ。
「だめかな?」
桜木さんはそう言った。
「僕なんかでいいなら」
もっと気のきいたセリフがあれば言ってあげらえたんだけど僕にはこれが精いっぱいだった。
すると彼女は自分の異変に気付いたみたいだ。
「あれ?」
僕も不思議に思った。
桜木さんは泣いていた。
僕何かへまやったかな。
「ごめんどうしたんだろ?嬉しいのに涙がとまらないの」
桜木さんは焦ってる。
「ごめんね、ちょっと待ってね」
焦れば焦るほど彼女の目からこぼれる涙。
「まだ教室に残っていたの!?早く帰りなさい!」
担任の中山先生が来た。
中山先生は泣いてる桜木さんを見て勘違いしたらしい。
「多田君が女の子泣かせるなんて珍しいわね。でもだめでしょ!」
「先生違うんです!」
桜木さんが泣きながら言う。
先生は桜木さんから事情を聞く。
そしてその事情を知った時先生は笑っていた。
「ちょっとまだ早いんじゃない?」
僕には理由がわからなかった。
先生が桜木さんの涙の理由を説明した。
人は感情制御というものがあるらしい。
泣くという事は悲しい時の感情表現。
だけど悲しいから泣くというわけでも無いらしい。
人が嬉しくてどうしようもない時に感情のバランスを保とうとして涙を流すのだという。
相反する感情表現をもって感情の均衡を保ち心を落ち着かせるのだという。
それが嬉し涙の正体。
「しょうがないな、15分だけ先生外で待っててあげる。その間に桜木さんの涙を止めてあげなさい」
先生はそう言って教室を出た。
誰も来ないように見張っているらしい。
だけどどうしたら桜木さんの涙を止められる?
その答えは桜木さんは知っていたみたいだ。
そしてそれを僕に求めた。
桜木さんは僕に抱き着く。
「少しの間このままでいさせて、15分以内に止めるから」
僕の緊張が桜木さんに伝わっているだろうか。
僕にははっきり聞こえる僕の鼓動。
桜木さんは5分ちょっとで涙を止めた。
「ありがとう、ついでにもう一つおねだりしてもいいかな?」
「何?」
彼女の唇が僕の唇に触れる。
ファーストキスは舌で分かる味じゃなく心に染みる味。
その意味に触れた気がする。
「まだ時間あるよね。折角だからこのまま時間までいよう?」
積極的な面は桜木さんだった。
そのまま15分を経過しそして離れる。
教室に先生が入ってきた。
その雰囲気を大人の中山先生は察したらしい。
「もう、時間よ。早く帰りなさい」
僕たちは教室を出て昇降口で靴を履く。
残念な事に僕達は家が全然違う方向だ。
一緒に帰るという事はできない。
だから今精一杯できる事。
「帰ったらメッセージ送る」
「うん」
「じゃあ、また。桜木さん」
「次からは桜って呼んで」
「わかった」
「じゃあね!」
家に帰るとメッセージを送った。
「言い忘れてたことがあった」
なんだろう?
「これからよろしくね」
「こちらこそよろしく」
明日僕は君に出会うだろう。
僅かな星明りを頼りに。
僕には君が分かる。
長い時を越えて2人で開く扉。
奈落の青を飛び越えて、君と灰になるまで長き輪廻を悲しみ連れて旅していくんだ。
全力で未完成だけど、ずっとそばにいるから。
ずっと寄り添っているから。
風の始まりの音を奏でよう。
(3)
今日は振り替え休日。
丁度見たい映画があるから見に行こうと誘ってみた。
琴葉は快諾してくれた。
ただし今回は中島勝利と木元輝夜も同伴。
Wデートってやつだ。
自転車をこいでショッピングモールに行く。
まだ誰も来ていない。
暫く待っていると中島と木元さんが来た。
「2人のデートに邪魔して悪いな」
中島がそう言う。
「気にするな、それより先にチケット買っておこうぜ」
「そうだな」
僕と中島はチケット販売機に並ぶ。
チケットを4枚買って木元さんのところにもどると琴葉が来ていた。
「お待たせ」
「いいよ、上映時間には間に合ったんだし」
琴葉にチケットを渡して俺はジュースを買いに行く。
ペアで買うと割安らしい。
琴葉に何飲みたいか聞いてペアセットを買った。
上映10分前になり、開場される。
4人並んで上映開始を待つ。
ボーカルグループの体験談をもとにした出来事を題材にした映画。
ボーカルグループは好きだったので映画に夢中になってた。
映画が終ると、ファストフード店で昼食を取る。
「この後どうする?」
当然そうなるよな。
定番で行くとボーリングかな。
すると琴葉が提案した。
「二手に別れてこうどうしない?」
それって今日一緒に来た意味あるの?
「そ、そうだね。それがいいよ」
木元さんは乗り気の様だ。
僕達はショッピングモールを散策する。
別に何かを買おうってわけじゃない。
ウィンドウショッピングってやつだ。
服を選んだり、小物を手にしたり。お菓子を見て回ったり。
その後ゲーセンで遊んだ。
ぬいぐるみが欲しいって言うので頑張ってとった。
琴葉は喜んでいた。
そしてコーヒーショップで休憩する。
そこで今日の本当の目的を知らされる。
「あの二人最近マンネリなんだって」
小学生だ。
キスまで済ますと後は出来る事なんてない。
それで、趣向を変えてみたというわけか。
「なるほどね」
「もちろん私も律とデートしたいって言うのもあったけどね」
美味しそうにドリンクを飲んでいる琴葉。
その後他愛もない話をして、帰ることになった。
途中まで一緒に帰る。
そして小学校まで戻ると別れる。
「じゃ、また明日な」
「うん、また明日ね」
勝利は上手くやれているんだろうか?
僕達は上手くできているんだろうか?
そんな事を考えながら風呂を済ませ自室に戻る。
ラジオを聞きながら洋楽雑誌を読んでいるとメッセージが届く。
琴葉からだ。
付き合いだしてから毎晩欠かさずやっている事。
今日あったことを楽しく話す。
僕達は上手くやれている。
そう確認し合える時間だった。
実際に琴葉は楽しかったありがとうと言ってくれた。
僕も楽しかったよ。と返す。
他愛もない話を繰り返し、それは寝る時間まで続く。
そしてお休みの時間が来る。
お互いに「おやすみ」と躱して眠りにつく。
そして次の日「おはよう」のメッセージで目が覚める。
学校に行くと琴葉が来ていた。
「おはよう」
琴葉は嬉しそうに挨拶していた。
「おはよう」
そう返事する。
そして次々とやってくるクラスメートたち。
僕たちのクラスはまだFGの勢力が強い。
まともに授業を受けられない。
それでもしっかり授業を聞く僕達。
だが、僕達に手出しするFGはいない。
SHには手を出すな。それだけが彼等のルール。
当たり前の生活が過ぎ去っていく。
子供だから言える。
永遠に続くものだとまだ信じている。
先は長い。
その道のりを琴葉と二人で歩んで行こう。
歩んで行けると2人で確認しながら歩んでいく。
(4)
ウィンドウショッピングを楽しんでいた。
雑貨や服を手に取っては選ぶだけ。
それだけだけど輝夜の笑顔を久しぶりに見た。
原因は僕にあった。
輝夜の相手をしてやれなかった。
せいぜい一緒に帰るくらい。
どう誘っていいか分からなかった。
悩んでいると輝夜から誘われた。
「川島さん達とWデートしよう?」
僕は承諾した。
そして今は2人で楽しんでいる。
ペットショップも見て回った。
可愛い子犬や子猫を見て楽しんでる輝夜。
さすがにプレゼントするには高額な値段だった。
小動物も見る。
「次はボウリング行こう」
女子のバイタリティは凄い。
ボウリングを2ゲームしてそしてネカフェでゆっくりする。
お互いジュースを飲みながら漫画を読んでいる。
小学生に出来る精一杯のデート。
「父さんはこんな当たり前の事も母さんにしてやれない人だった」
輝夜が言う。
「あなたもそうなの?」
輝夜が聞く。
「そんな事無いよ」って一言が言えない現実。
そんな僕を見て輝夜は言う。
「なんてね。私たちはまだ小学生。仕方ないよ」
「ごめん」
「謝る必要なんてないよ。ちょっと意地悪言ってみたかっただけ。今もこの瞬間もあなたと想い出を残せてる」
「そう言ってくれると助かるよ」
「うん、だから笑ってよ。そんな悲しい顔しないで。そんな顔の想い出なんていらない」
輝夜はそう言って笑っていた。
「これから先が楽しみだね」
「え?」
「私達はまだ小学生。だから歳を重ねていくたびに出来ることが増えていく」
そういう事か。
「輝夜は何がしたい?」
「2人で買い物がしたい」
僕の服を選んであげる。輝夜はそう言って笑う。
それなら今だってできるじゃないか?
「今日はだめだよ。……そうね。クリスマスプレゼントに選んであげる」
「僕はなにをあげたらいい?」
「あなたを下さい」
「え!?」
正直驚いた。そんな事言う子だっけ?
「この先も続いていたら。勝利が私を好きでいてくれたら勝利を私にください」
その日を楽しみにしてる。輝夜はそういう。
「……分かった。輝夜を攫いに行くから待ってて」
「うん!」
家に着いた。
「じゃあ、またね」って言って家に入る。
両親は家にいない。
母さんは看護師をしている。
父さんは公務員だけど休日は遊の父さんと遊びに行くことが多い。
両親がいないことを寂しいと思う事は無くなった。
僕だってもう小学5年生。
1人でいれることの方が色々都合がいい。
父さんの分も夕食を作って1人でご飯を食べる。
片づけをして風呂に入る。
そして一人勉強をしていると父さんが帰ってくる。
おかずをレンジで温めなおして父さんに食べさせる。
それを片付けてる間に父さんはビールを飲む。
「じゃあ、僕先に寝るから」
「ああ、おやすみ。あ、勝利」
「どうしたの?」
「昨日の騎馬戦カッコよかったぞ」
「ありがとう」
部屋に戻ると輝夜にメッセージを送る。
「おやすみ」
返事が返ってくる。
当たり前の事になっていた。
当たり前だから、大切にしなきゃ。
今が大事なんだ。
僕達は2人で歩き出している。
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