第38話 以心伝心
(1)
「空、おはよう。急がないとラジオ体操間に合わない」
「おはよう翼」
着替えるとラジオ体操のやってる公園まで歩く。
父さんと母さんにとっての思い出の場所だと聞いた。
何もないあるのはブランコと砂場くらいのこの公園でなにがあったのだろう?
天音と水奈はそのブランコで遊んでいる。
あの二人は端から体操なんて真似をする気が無いらしい。
体操が終るとしっかり列に並んでハンコをもらう。
特段注意されることは無い。
純也達と一緒に帰る。
もっとも水奈は自分の家の印鑑を勝手に押してバレて怒られたという実績を持つ。
僕達はそんな真似は許されない。
雨でも降らない限り、やむを得ない事情が無い限り母さんが無理にでも連れて行く。
家に帰ると朝食を食べる。
7月の間はずっと勉強詰めだ。
天音は純也達と遠坂家でしている。
夕方になると、天音が帰ってくる。
黄色のサマードレスを着た天音は大地を待つ。
大地の送迎が来るとそれに乗ってパーティ会場に向かう。
地元の名だたる人たちが集まるパーティ。
大地君の希望で天音を招待したそうだ。
僕も美希さんから誘いがかかった。
翼も善明が誘ったらしい。
石原家と酒井家の送迎の車が来ると僕達は家を出る。
「恵美達によろしく伝えてね」
父さん達は冬吾と冬莉の世話で動けない。
代わりに挨拶しておいてほしいと言われていた。
(2)
石原家の送迎が来ると私達は靴を履いて外に出る。
立派な黒塗りの高級車。
ここから先は日常とはかけ離れた世界に入る。
知らない間に私は変わっていた。
変わることを望んでいたので問題はない。
いつもと違う少し窮屈な靴も我慢できた。
あの日、自分の夢を知ったその日からそれは覚悟に変わった。
会場は街外れのホテルのパーティ会場。
美希を始め、知ってる顔も何人かいた。
祈や繭もそれぞれパートナーを連れて来ていた。
空と美希、翼と善明、繭と天の周りは大人に囲まれていた。
それもそうだ。
2人とももしも将来を約束していたのなら地元の経済界では大事になる。
地元の経済を左右すると言ったら、大地も他人事じゃない。
大地にも有名な政治家や芸能人、そして会社の重鎮が挨拶に来る。
私はその度に食べるのを我慢して大地の隣にいき挨拶する。
それが大地には意外だったようだ。
「天音は食べてて良いよ。僕が対応するから。折角だから楽しんでよ」
「大地は私が隣にいると邪魔か?」
「そんなことはないけど……ちょっと話があるんだけどいい?」
「ああ、いいよ」
私達は壁際にある椅子に腰かける。
大地は私に言う。
「天音夏ごろからなんか様子が変なんだけど僕またミスした?」
「別に」
「じゃあ、何があったの?僕じゃ解決できないかもしれないけど力になりたい」
「そうだな……変わったと言われたら変わったかもな」
「どうしたの?」
「私が6月に大地の将来を聞いた事覚えてる?」
「うん」
「その時パパと話して一人で考えてやっと見つけた月の導きってやつを信じようと思ってな」
夏が始まる前に見つけた将来の夢、大きな希望。
それが遠い未来の夢。
「将来の夢、決まったんだ?」
大地が聞くと私がうなずいた。
「聞いてもいい?」
「ああ、大地にも関係あるしな……私も母さんの子らしい」
一度決めたら揺るがない。
「それはなに?」
「大地はあの時私に言ってくれた。”もし今の関係が続いていたらちゃんと伝えるから”って。だから私も覚悟を決めた。……私の夢は大地のお嫁さんだ」
大地は何も言わなかった。だから私が言う。
「将来の夢を決めたとき。一筋の光が夜の海を照らすように一筋の明りが見えた。その道を信じて歩くだけだ。将来は決まってるから。だから……」
「だから?」
「結論から言う、私は大地と別の高校に行こうと思う。進学校には行かない」
また出会えると信じているから。
「大地のお嫁さんになる事は大きな夢。その日が来るまで私は自分がやりたい事をすることにした」
ちゃんと進路も調べた。その結論が大地と違う高校だ。
「それと天音の今日の異変と何の関係が?」
大地が聞く。
「言ったろ。とりあえず私の目標は”大地のお嫁さん”だって。だったら今のうちにこういう場での立ち振る舞い方も慣れておいた方がいい。そう思ってな」
「……僕が天音の負担になってる?」
「そんな事無い。ただ言ったろ?”私は母さんの子”だって何年かかっても自分の気持ちに正直に生きる」
見せかけの強さより、名ばかりの絆より、同じ時を生き抜いていく覚悟して。
私をこのまま攫って迫って、奪って、縛って。
「ありがとう、僕も自分の道を行くよ。別々の道かもしれないけどゴールが一緒なら大丈夫だよね」
大地はそう言った。
「どう?天音ちゃんは楽しめてる?また大地が何かしでかした?」
大地のお母さんがきた。
「いえ、私の我儘を聞いてもらっただけです」
「わがまま?」
「私がどこまでもついて行くからちゃんと攫って欲しいって」
「そうなの?それで大地はなんて答えたの?」
「ゴールが一緒なら大丈夫だよねって」
「……大地にしては上出来な答えね」
大地のお母さんの顔は明るい。
「困ったことがあったら私になんでも相談してちょうだい。望もちゃんと聞いてあげるのよ!跡取り息子の大事なお嫁さん候補なんだから」
大地のお父さんはただ笑っている。
「恵美、そろそろ時間だ。天音さんお送りしないと」
大地の父さんが言う。
時間は22時になろうとしていた。
「そうね。大地、ちゃんとしっかりお送りするのよ」
「うん」
大地のお母さんが言うと大地が返事する。
そして私達は会場を後にした。
帰りの間中大地は何か考え事をしていた。
そして車は私の家に着く。
「じゃ、またな。ちゃんとデートに誘えよ」
そう言って車を降りると大地は私と一緒に車を降りた。
どうしたんだ?
空と翼も不思議そうに見てる。
「おじさん達まだ起きてるよね?」
「多分起きてると思うけど、どうかした?」
「天音にだけ覚悟を決めさせて僕が決めないなんてズルいと思うから」
何をする気だろう?
玄関に一緒に入ると愛莉が来る。
「ここまで見送りに来てくれたの?ありがとね」
愛莉が言うと、大地が言った。
「今おじさんと大事なお話がしたいんですけど大丈夫ですか?」
「大丈夫だと思うけど……そういうことなら上がってゆっくりどうぞ」
愛莉は何か感づいたらしい。
大地とリビングのソファに座る。
愛莉がジュースを出してくれるが大地は手をつけなかった。
その代わり私の手を握ってた。
私は翼のような能力は持ってない。
だけど今だけは大地の気持ちが分かる。
だから少し恥ずかしかった。
パパが座る。
「話ってなんだい?」
パパが言った。
頑張れ、大地。
「大学卒業したらまたここに来ます。そしてその時に結婚の報告をします」
パパは何も言わない。
「天音さんは僕との結婚を決意してくれました。そして僕の母さんに伝えました。だから僕も自分の覚悟を伝えなきゃと思いお邪魔しました」
「……てことは恵美はこの話を知ってるの?」
愛莉が聞くと大地はうなずいた。
パパは黙ったままだった。
暫く静かな時間が流れる。
お爺さんもお婆さんも聞いてる。
「冬夜さんが何か言わないと終わりませんよ」
「……そうだね。大地君。愛莉が父親に僕のお嫁さんになるって言ったのは小6の時らしいよ」
まだ早いって言う事だろうか?
「結婚の報告まで来ないなんて寂しい事は言わずにいつでもおいで」
「冬夜さんそれじゃあ……」
「天音も愛莉の血を引いてるんだね。大地君これから大変だと思うけど頑張って」
「ありがとうございます」
「じゃ、今日はもう遅い。気を付けて帰ってね」
「はい、お邪魔しました」
「天音、玄関までお送りして」
「はい」
大地を玄関まで送る。
「じゃ、また連絡する」
「ああ、またな」
そう言って大地を乗せた車が見えなくなるまで見送った。
リビングに行くとパパに聞いてみた。
「パパ、本当にいいのか?」
「どうして?」
「こういう時普通は父親って怒るものじゃないのか?」
「娘の慶事だ。笑って祝福してやれって愛莉のお父さんは言われたらしいから」
まさかもうそんな話になるとは思ってもみなかったけどね。
父さんはそう言って笑う。
「天音ももう遅い。早く風呂に入って寝なさい」
「はい」
「冬夜、今夜付き合ってやる。麻耶。ビール用意してくれ」
「遅いんだからあまり飲み過ぎないでくださいよ」
そんな声を聞きながら部屋に入った。
本を読んでいた翼に話をする。
「よかったじゃん」
「ああ」
それから風呂に入って部屋に戻る。
翼はもう寝ていた。
私達はようやくスタートラインに立てた。
これから始まるのは約束されたゴールまでの長い恋の物語。
(3)
「いやあ、酒井さんのご子息も素敵なご令嬢と交際なされているそうで」
もう何十回と聞いたよそのセリフ。
それでも笑顔を絶やさず「ありがとうございます」と返事する翼。
パーティが始まってからずっと続いた。
「翼、疲れてないかい?少し休んだら」
「そうですね、足がちょっときついかも、慣れない靴だから」
「あそこに椅子がある、少し休もう」
「ええ」
僕たちは端にあるテーブルに座る。
「ごめんね、こんな事に付き合わせて」
「いいよ、これからも続いていくんだから」
「そ、そうだね」
笑えば良いと思うよ。
正にその言葉通りだった。
言っとくけど翼と付き合ってるのが嫌って言ってるわけじゃないんだよ。
突然告白してきたり、キスをしてきたりちょっと意外性のある少女だけど見た目はかなりいい方だし優しくて気遣いの出来る子なんだけど。
ただ僕まだ小学6年生だよ。
今から「これで両家は安泰ですな」ってまるでお見合いが決まったかのような事を言われると誰でも戸惑うと思うよ。
しかも翼は嫌がるそぶりを見せるどころか「既成事実にしてくださって構いませんよ」と言った感じの対応。
確かに僕の将来は約束されてるね。僕の夢はどこにあるのかおいておいて。
”平凡な人生を送りたい”なんて細やかな夢は小学校1年生の時に打ち砕かれたよ。
小学校生活初めてのイベントは誘拐だったからね。
僕の人生は僅か6年で終わるのかと思ったね。
今でも生きてるけど。
それから3年間の間にいじめを受けたり、誘拐されたり、銃撃をされたり、トイレに爆弾を仕掛けられたり色んな困難を乗り越えてきたんだ。
犯行の動機は大体母さんが原因だったけどね。
だから人生最大のイベント”結婚”くらいは普通にしたいと思っていたんだ
当たり前の年頃に人並みの恋をしてそして普通に家庭を気づいていく。
酒井家に生まれた以上そんなの無理ってもうすでに悟ったけどね。
「どうしたの?善明」
「あ、いや。ちょっと過去を振り返っていただけ」
「それ聞きたいな。今度ゆっくり話聞かせてよ?」
「聞いても退屈だと思うよ」
「そんな事ありませんよ。善明の話どれも面白かったし」
僕の悲惨な人生を”面白い”で片づけられるのも考え物だけどね。
「あなた達そんなところに座ってないで、まだ挨拶済ませてない人いるでしょ」
母さんがやってきた。
「それはそうと翼。聞きたい事があるのだけど?」
「どうしました?」
「大地はもう天音ちゃんと婚約したそうだけどあなたはどうなってるの?」
ジュース吹いた。
「そう言われたら将来の事なんて何も聞いてなかった。善明はどう思ってるの?」
「どうって言われてもまだそんな先の事を考える歳じゃないですよ?僕達」
「あら?翼じゃ何か不満があるの?」
「と、とんでもない!」
「じゃあ、問題ないわね」
母親の台詞じゃないと思うのは僕だけですかね?
「善明は自分の意思表示すらできない腰抜けなの?」
母さんが僕を睨む。
もう僕の人生はほぼ確定した。
レールの上を走る人生なんて嫌だって人は言うけど、新幹線のように周りを防音壁で囲まれている僕に自由はない。
「黙ってないでプロポーズくらいしなさい!」
母さんが死刑宣告を告げる。
結婚は人生の墓場だっていうけど、多分拒んでも墓場送りな気がする。
大体小学生でプロポーズするなんて今時あり得ないと思うんだけど。
母さんが僕を睨む。
翼も期待の眼差しを僕に向けている。
僕に選択肢はない。
人は覚悟を決めなきゃいけない時が必ず来るという。
まさか11歳でその時が来るなんて夢にも思わなかったけど。
ちなみに父さん達は何も言わない。
息子の危機よりも自分の身を案ずる方が優先らしい。
普通の家庭だったらグレるよ。
酒井家に非行なんて言葉は絶対にありえないと思うけど。
とりあえず覚悟は決めた。色んな意味で。
「今年のクリスマス……」
「はい?」
「クリスマスプレゼントに指輪をプレゼントしますので受け取ってくれませんか?」
「はい!」
翼は喜んでいる。
母さんも満足してるようだ。
こんなのでいいのか?僕の人生。
翼のお母さんは小6で結婚相手を見つけたらしいけど僕は小6で婚約までしちゃったよ。
翼は舞い上がってるようだ。
口約束ほど怖いものはないよ。
多分将来ずっと持ち続けると思うよ。
こうして若くして僕達の将来は多分バラ色に染められた……んだと思う。
(4)
「あ、繭。いたいた」
お姉様の声がしたので振り返る。
お姉様とその交際相手江口陸がいた。
2人とも大分お疲れのようだった。
無理もない。
江口家と酒井家の交際というのは私達と同じ酒井家と如月家の交際以上に地元経済に影響をもたらす。
その証拠に森重市長までもが挨拶に来た。
まだ小学3年生だというのに。
気が早いってレベルじゃない気がするんだけど。
「お姉様もお疲れのようですね」
「繭と一緒だよ。色んな大人の相手して。こういうの苦手だから来たくないんだけどな」
交際相手がいるからご子息の相手はしなくて済むかと思ったらそれどころじゃなかったらしい。
話はとんとん拍子に進み、お兄様の酒井善明は交際相手片桐翼と婚約までさせられたらしい。
その話を聞いたという事はひょっとして……。
「ひょっとしてお姉様も?」
私が言うとお姉様は少し照れていた。
「まさか小5で婚約するとは思ってみなかったよ」
「おめでとうございます」
「まだ早いよ」
そういうお姉様は少し嬉しそうだったけど相手の江口陸はそうでもないらしい。
まあ、小5の男子に女子一人の期待を背負うのは重荷なのかもしれない。
私は天の顔を見る。
そして考える。
「お姉様。お母様はどちらに?」
「ああ、向こうでまだ兄貴たちと話してるよ」
「天、行きましょう」
天の腕を掴んで歩き出す私。
そしてお母様の所に連れて行く。
「お母様。挨拶に来ました」
「そっちの子が繭の交際相手?」
「はい、如月天です」
「なるほどね……」
お母様は天を品定めするようにじっとみる。
「天君は繭の事どう思ってるの?」
「も、もちろん好きです」
「どのくらい好きなの?」
「え、えーと……世界で一番好きです」
「そう。じゃあ問題ないわね。繭は天君の事どう思ってるの?」
「ずっと支えて行けたらと思っています」
「そう。じゃあ問題ないわね。恵美。今日は良い日になったわね。私の子供達は皆将来の相手を見つける事が出来たみたい」
「お互いこれで安心できるわね。晶」
石原恵美さんとお母様がそう言って笑っている。
周りには片桐翼さんとお兄様と両家のお父様と天がいる。
天は状況が良く分かっていないらしい。
「あ、石原先輩に酒井先輩」
天の両親。如月翔太さんと如月伊織さんがいた。
「伊織、朗報よ。天君とうちの繭の縁談がまとまったわ」
「え!?」
伊織さんは驚いている。
「う、うちの子はまだ小学校3年生……」
「伊織はうちの娘は不満だというの?」
「そ、そんな事無いですけど……いいんですか?」
「問題ないわ。今日はめでたい日だわ」
母さんは笑っている。
恵美さんも笑っている。
他の皆も笑うしかないといった様子だった。
1人考え込んでるのは天だけ。
私と天は両親を残して家に帰る。
車の中で天は言った。
「あのさ、本当に僕でいいの?」
「私自分を信じてますから」
「え?」
「あなたに一目惚れした時からこの日を待っていましたので。言ったでしょ?私は母様の血をちゃんと継いでるって」
「なるほどね」
その意味を理解したようだ。
「繭、あのさ……」
「指輪ならまだまだ待ちますよ」
「え?」
「まだまだ育ち盛りだしサイズだって変わるから」
「そうか……」
車は家の前で泊まる。
「じゃあ、また」
「はい、連絡待ってます」
車は走り出す。
暗闇の中をヘッドライトが照らして走り続ける。
一寸先は闇。
だけどその先には確かな光が見えていた。
あなたと私の距離は離れてる気がしない。
目をつぶってもあなたの声で分かる表情。
あなたに逢えないから俯いてる。
でも前向きに事を考えてる。
そんな時も同じ空の下ですごしてるから。
すぐにまた会える。
だったて私達は繋がっているから。
いつだって以心伝心二人の距離繋ぐテレパシー。
恋なんて七転び八起き。優しい風がほら笑顔に変える。
離れていても以心伝心。黙ってたってわかる気持ち。
想いよ届け君の元に未来繋いでく信号は愛のメッセージ。
この想い夜風に乗せ膝を抱くあなたに届け。
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