第37話 夏が来た
(1)
「やっぱりプールは良いね」
私はプールの水に仰向けに浮かび漂っている。
今年のプール開きは無事行われた。
去年の悪夢を繰り返さないようにした。
本当は巨大な泡の出るプールにしようと、泡の出る入浴剤を大量に仕入れて投入しようとしたんだけど見つかってしまった。
その後愛莉に怒られると思いきや。
「バブルバスがいいの?」
と聞かれるだけで済んだ。
「天音!真面目に泳ぎなさい!」
「ちゃんとノルマの分は泳いだよ!」
クロールを25M15秒で泳いでたら人より早くノルマは済む。
それに桜子。あまりこっちにムキになってると……。
後から喜一に押される桜子。
プールの中に落ち込んでしまう。
桜子は隙がありすぎるんだよ。
「ふぅ~さっぱりした」
水泳の授業が終わった後くつろぐ。
もうじき夏休みだ。
今年の夏休みはどこに行くんだろう?
大地と最近デートしてねーな。
あいつは油断するとすぐに誘ってこなくなる。
大地を呼び出す。
「どうした?」
「今年の花火大会どうするんだ?」
「え?」
「まさか何も考えてないとかふざけた回答するんじゃねーだろうな?」
「あ、ああ。大地から聞いてないのか?」
大地が何か関係あるのか?
「その日大地の家で酒井家と江口家と志水家と如月家と白鳥家のパーティがあるんだ」
それに招待されてるらしい。
私は初めて聞いたぞ。
金持ちだらけのパーティか。
それで花火を見れないとか言うんじゃないだろうな?
「大地は夏休みは私に構ってくれないわけかな?」
「そ、そうじゃなくて……」
「ああ、天音はその話まだ聞いてなかったのか?」
祈も行くらしい。
「どうせおっさんだらけのパーティで面白くないからSHのみんなを誘おうと思ってさ」
祈が言う。
「……あんまり堅苦しい所は嫌いなんだけどな」
「そんなに堅苦しいパーティじゃないと思う。繭も天誘うって言ってたし」
祈が言う。
まあ、ご馳走にありつけるならありか。
「わかったよ」
「迎えには姉さんが空を迎えに行くついでに行くらしいから」
ってことは空と美希も行くのか。
「で、それだけか?お前の夏休みの予定は?」
「後は渡辺班のキャンプとかあるらしいぞ?」
「大地は私にサービスしてくれないのか?」
「あとは映画見に行くくらいしか思いつかないよ」
それで十分じゃねーか!
「なんかいい映画あるの?」
「天音の好きな映画でいいよ」
……ま、いいか。爆睡するよりはマシか。
「わかった。何か適当に探しておく」
「うん」
その後授業を受けて、家に帰ると夕食の時間に愛莉たちに報告する。
「そうなんだ」
パパが言う。
「じゃあ、翼と空は今年もパーティに行くのかい?」
「うん」
やっぱり空達も招待されていたらしい。
「今のうちに慣れておくといいよ。子供だから食べ放題も楽しいだろうし……」
「冬夜さんは最低限のマナーくらい子供に教えておこうって気がないのですか!?」
パパが言うと愛莉が怒り出した。
夕食が終ると先に1人で風呂に入る。
その後に翼たちも入る。
そう思えてくるから。
部屋に戻ると私はゲームをしながら、大地とチャットをしている。
そして時間になったら寝る。
早く大人になりたい。
そう思ってるうちはまだ子供だよ。
謎かけの様な回答が父さんから返ってきた。
その意味を理解するのにまだ随分と時間がかかりそうだ。
(2)
「いやあ、酒井さんのご子息も素敵なご令嬢と交際なされているそうで」
もう何十回と聞いたよそのセリフ。
それでも笑顔を絶やさず「ありがとうございます」と返事する翼。
パーティが始まってからずっと続いた。
「翼、疲れてないかい?少し休んだら」
「そうですね、足がちょっときついかも、慣れない靴だから」
「あそこに椅子がある、少し休もう」
「そうだね」
僕たちは端にあるテーブルに座る。
「ごめんね、こんな事に付き合わせて」
「いいよ、これからも続いていくんだから」
「そ、そうだね」
笑えば良いと思うよ。
正にその言葉通りだった。
言っとくけど翼と付き合ってるのが嫌って言ってるわけじゃないんだよ。
突然告白してきたり、キスをしてきたりちょっと意外性のある少女だけど見た目はかなりいい方だし優しくて気遣いの出来る子なんだけど。
ただ僕まだ小学6年生だよ。
今から「これで酒井家は安泰ですな」ってまるでお見合いが決まったかのような事を言われると誰でも戸惑うと思うよ。
しかも翼は嫌がるそぶりを見せるどころか「既成事実にしてくださって構いませんよ」と言った感じの対応。
確かに僕の将来は約束されてるね。僕の夢はどこにあるのかおいておいて。
「平凡な人生を送りたい」なんて細やかな夢は小学校1年生の時に打ち砕かれたよ。
小学校生活初めてのイベントは誘拐だったからね。
僕の人生は僅か6年で終わるのかと思ったね。
今でも生きてるけど。
それから3年間の間にいじめを受けたり、誘拐されたり、銃撃をされたり、トイレに爆弾を仕掛けられたり色んな困難を乗り越えてきたんだ。
犯行の動機は大体母さんが原因だったけどね。
だから人生最大のイベント「結婚」くらいは普通にしたいと思っていたんだ
当たり前の年頃に人並みの恋をしてそして普通に家庭を気づいていく。
酒井家に生まれた以上そんなの無理ってもうすでに悟ったけどね。
「どうしたの?善明」
「あ、いや。ちょっと過去を振り返っていただけ」
「それ聞きたいな。今度ゆっくり話聞かせてよ」
「聞いても退屈だと思うよ」
「そんな事ありませんよ。善明の話どれも面白かったし」
僕の悲惨な人生を「面白い」で片づけられるのも考え物だけどね。
「あなた達そんなところに座ってないで、まだ挨拶済ませてない人いるでしょ」
母さんと恵美さんがやってきた。
知らない子が二人いる。
誰だろ?
「紹介するわ。私の主人の弟の娘さんとその彼氏さん」
恵美さんが言った。
2人は礼をする。
「初めまして、石原サトミです。祈さんとクラスメートです」
「は、初めまして。花山彪吾です。」
大地の親戚か。じゃあ将来はもう決まったね。
というか、皆もう人生決まってるような気がするよ。策者の都合で。
祈と同じクラスって事はさぞ愉快な生活を送っているんだろうね。
君もそんなイケメンなのにどうして地雷原に足を踏み入れてしまったんだい?
サトミさんも服装に気を使ってるみたいだし綺麗なのは認めるけど。
人間見た目と表面上の付き合いだけじゃ分からないことが沢山あるんだよ。
翼が良い例だ。
「あ、いたいた。翼!」
僕達が振り返るとクラスメートの江口姉妹と指原翔悟がいた。
姉・江口美帆と指原翔悟は交際している。
江口姉妹の親は父親は江口重工、母親は江口銀行を経営している。
クラスメートだけで地元を牛耳れるんじゃないかと言った感じだ。
修学旅行の時、翔悟君から交際を申し込んだそうだ。
同じ男子として気持ちは分からないでもないけど、君も多分将来苦労すると思うよ。
そんな先の事なんて分からないなんて生易しい理屈が通るほどこの物語は甘くないよ。
他にも弟が来ているらしい。
まあ、こういう場で顔の知れた人と会うとほっとするよね。
そしてそういう時に災難と言うのはやってくる。
「ところで善明。聞きたい事があるのだけど?」
「どうしたの母さん?」
「祈はもう大地と婚約したそうだけど、あなたはどうなってるの?」
ジュース吹いた。
「そう言われたら将来の事なんて何も聞いてなかった。善明はどう思ってるの?」
「どうって言われてもまだそんな先の事を考える歳じゃないですよ?僕達」
「あら?まさか片桐家のお嬢さんに不満があるとかいうんじゃないでしょうね?」
「と、とんでもないです。とても素敵なお嬢さんです」
「じゃあ、問題ないわね」
母親の台詞じゃないと思うのは僕だけですかね?
「それにしても、さっきから聞いてると善明は自分の意思表示すらできない腰抜けなの?」
母さんが僕を睨む。
もう僕の人生はほぼ確定した。
レールの上を走る人生なんて嫌だって人は言うけど、新幹線のように周りを防音壁で囲まれている僕に自由はない。
「黙ってないでプロポーズくらいしなさい!」
母さんが死刑宣告を告げる。
結婚は人生の墓場だっていうけど、多分拒んでも墓場送りな気がする。
大体小学生でプロポーズするなんて今時あり得ないと思うんだけど。
母さんが僕を睨む。
翼も期待の眼差しを僕に向けている。
僕に選択肢はない。
人は覚悟を決めなきゃいけない時が必ず来るという。
まさか11歳でその時が来るなんて夢にも思わなかったけど。
ちなみに父さん達は何も言わない。
息子の危機よりも自分の身を案ずる方が優先らしい。
普通の家庭だったらグレるよ。
酒井家に非行なんて言葉は絶対にありえないと思うけど。
とりあえず覚悟は決めた。色んな意味で。
「今年のクリスマス……」
「はい?」
「クリスマスプレゼントに指輪をプレゼントしますので受け取ってくれませんか?」
「はい!」
翼は喜んでいる。
母さんも満足してるようだ。
こんなのでいいのか?僕の人生。
翼のお母さんは小6で結婚相手を見つけたらしいけど僕は小6で婚約までしちゃったよ。
「おめでとう」なんて他人事みたいに言ってる場合じゃないと思うよ。翔悟君。
僕の勘が告げているんだ。「次は君の番だ」って。
そして予感は当たった。
「美帆はどうするつもりなの?」
美帆のお母さん、紀子さんが言う。
「まだ私達付き合って2か月ちょっとだし」
「2か月も付き合えば大体わかるでしょ」
「う~ん、悪い人じゃないと思う」
「じゃあ、あなた達も決めておきなさい」
どういう理屈なのか全然わからないんだけど。
「どうかな?翔悟君」
ああ、美帆さんもそういう考えなんだね。
戸惑う翔悟君。
気持ちはよく分かるよ。
そして君にもはや自由がない事も分かる。
君の目が絶望色に染められていることも分かった。
そして翔悟君も観念したようだ。
「指輪はプレゼントできないから口約束でよかったら将来結婚してください」
「はい」
美帆さんは舞い上がってるようだ。
口約束ほど怖いものはないよ。
多分将来ずっと持ち続けると思うよ。
こうして若くして僕達の将来は多分バラ色に染められた……んだと思う。
(3)
「あ、繭。いたいた」
お姉様の声がしたので振り返る。
お姉様とその交際相手江口陸がいた。
2人とも大分お疲れのようだった。
無理もない。
江口家と酒井家の交際というのは私達と同じ酒井家と如月家の交際くらい地元経済に影響をもたらす。
その証拠に森重市長までもが挨拶に来た。
まだ小学3年生だというのに。
気が早いってレベルじゃない気がするんだけど。
「お姉様もお疲れのようですね」
「繭と一緒だよ。色んな大人の相手して。こういうの苦手だから来たくないんだけどな」
交際相手がいるからどこぞのおぼっちゃんの相手はしなくて済むかと思ったらそれどころじゃなかったらしい。
話はとんとん拍子に進み、お兄様の酒井善明は交際相手の片桐翼と婚約までさせられたらしい。
その話を聞いたという事はひょっとして……。
「ひょっとしてお姉様も?」
私が言うとお姉様は少し照れていた。
「まさか小5で婚約するとは思ってみなかったよ」
「おめでとうございます」
「まだ早いよ」
そういうお姉様は少し嬉しそうだったけど相手の江口陸はそうでもないらしい。
まあ、小5の男子に女子一人の期待を背負うのは重荷なのかもしれない。
私は天の顔を見る。
そして考える。
「お姉様。お母様はどちらに?」
「ああ、向こうでまだ兄貴たちと話してるよ」
「天、行きましょう」
天の腕を掴んで歩き出す私。
そしてお母様の所に連れて行く。
「お母様。挨拶に来ました」
「そっちの子が繭の交際相手?」
「はい、如月天です」
「なるほどね……」
お母様は天を品定めするようにじっとみる。
「天君は繭の事どう思ってるの?」
「も、もちろん好きです」
「どのくらい好きなの?」
「え、えーと……世界で一番好きです」
「そう。じゃあ問題ないわね。繭は天君の事どう思ってるの?」
「ずっと支えて行けたらと思っています」
「そう。じゃあ問題ないわね。恵美。今日は良い日になったわね。私の子供達は皆将来の相手を見つける事が出来たみたい」
「お互いこれで安心できるわね。晶」
石原恵美さんとお母様がそう言って笑っている。
周りには片桐翼とお兄様と両家のお父様と天がいる。
天は状況が良く分かっていないらしい。
「あ、石原先輩に酒井先輩」
天の両親。如月翔太さんと如月伊織さんがいた。
「伊織、朗報よ。天君とうちの繭の縁談がまとまったわ」
「え!?」
伊織さんは驚いている。
「う、うちの子はまだ小学校3年生……」
「伊織はうちの娘は不満だというの?」
「そ、そんな事無いですけど……いいんですか?」
「問題ないわ。今日はめでたい日だわ」
母さんは笑っている。
恵美さんも笑っている。
他の皆も笑うしかないといった様子だった。
1人考え込んでるのは天だけ。
私と天は両親を残して家に帰る。
車の中で天は言った。
「あのさ、本当に僕でいいの?」
「私自分を信じてますから」
「え?」
「あなたに一目惚れした時からこの日を待っていましたので。言ったでしょ?私は母様の血をちゃんと継いでるって」
「なるほどね」
その意味を理解したようだ。
「繭、あのさ……」
「指輪ならまだまだ待ちますよ」
「え?」
「まだまだ育ち盛りだしサイズだって変わるから」
「そうか……」
車は家の前で泊まる。
「じゃあ、また」
「はい、連絡待ってます」
車は走り出す。
暗闇の中をヘッドライトが照らして走り続ける。
一寸先は闇。
だけどその先には確かな光が見えていた。
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