第30話 笑顔咲く
(1)
「空、おはよう。今日から学校だよ」
「おはよう翼。すぐ着替えるから先行ってて」
「わかった」
4月に入る。
桜が舞う季節。
今日から僕は小学校最後の年を迎える。
去年は色々あった。
美希という彼女が出来た。
翼にも天音にも彼氏が出来た。
今年の春はにぎやかになるだろう。
着替えるとダイニングに向かう。
朝食を終えてから仕度をする。
水奈がやってくる。
「行ってきま~す!」
天音の元気な声がする。
天音と水奈は元気に話しながら歩いてる。
僕達はその後ろをついて行く
学校に着くと昇降口に張り出された新しいクラス表を見る。
予想通り変わらなかった。
新しい天音と水奈と別れると新しい教室に向かう。
五十音順に並べられた配置。
必然的に僕の後ろに翼がいる。
僕達の周りに集まるいつもの仲間達。
セイクリッドハート。
担任の高槻千歳先生が来ると皆席に戻る。
朝礼が終ると体育館に移動して始業式。
退屈な時間をすごして教室に戻ると担任から色々説明を受けて下校になる。
僕と翼は天音と水奈を待って家に帰る。
部屋に戻ると新しい教科書を流し読みする。
それに飽きる頃昼ごはんが出来る。
昼ご飯を食べて部屋に戻りゲームをしていた。
のんびりしていると夕飯の時間になる。
夕食を食べると3人で風呂に入って部屋に戻る。
美希とメッセージのやり取りをする。
23時には眠りにつく。
そんなのんびりした時間は入学式を終えるまで続いた。
(2)
「拓海!一緒のクラスだよ!」
夏希が嬉しそうに言ってる。
小泉夏希。幼稚園の時に知り合った友達。
人気漫才コンビ「ますたーど」の小泉美月の娘。
いつもは仕事で家にいないけど、今日ばかりは両親がいる。
親がいないのは家も一緒だ。
人気歌手「ALICE」の警護をやっている。仕事が忙しくなり父さんとは離婚した。
まあ理由は父さんに新しい女ができたからなんだけど。
母さんが家にいないから兄の志水竜馬が家事をやっている。
夏希とはいつも一緒にいる。
離れることは無い。
「ずっと一緒だよ」
夏希がそう言った時夏希は少し照れくさそうだった。
とりあえず夏希とクラスが一緒みたいだし一緒に教室に行く。
このクラスに頭が「さ」の苗字はいなかったみたいだ。
僕は夏希の後ろの席に座る。
2人で話をしていると先生が入ってきた。
先生は黒板に名前を書くと僕達を見て言う。
「今日から皆さんにお勉強を教えることになった中山瞳美です。よろしくお願いします」
そして教室に戻ると真新しい教科書を受け取る。
ランドセルに入れて。今日はお終い。
僕と夏希はスマホを買いに行く。
今時スマホくらい小学生でも持ってる。
GPS機能が防犯に役立つんだそうだ。
夏希と早速連絡先を交換する。
家に帰るともらった教科書等と机に並べてスマホを弄る。
夏希からメッセージが来てた。
「もう3年生になった事だしちゃんとお話するね」
話ってなんだろう?
「どうしたの?」
「私拓海の事好きだよ」
ふーん。
「ありがとう」
「拓海は私の事好き?」
別に嫌いじゃないな。
「好きだよ」
「じゃあこいびとになってください」
「別にいいけど」
「ありがとう、じゃあこれからよろしくね」
正直この時はまだ意味が解らなかった。
そんなに難しく考える事でもないと思った。
今はただ、これから始まる新生活とやらを期待しているだけだった。
(3)
一ノ瀬律と同じクラスになった。
そんな予感はしたけど。
同じクラスになったからどうってことはない。
いつも通りの生活を過ごすだけだ。
今日も下駄箱を開けるとお決まりのラブレター。
教室で読むとお決まりのメッセージ。
先月まではそれなりに楽しかったけど。
1人優越感に浸っていたけど。
あの日からそういうものがぱったり消えた。
ただ何となく教室の入り口を見てる。
そして彼が来るのを待っている。
彼が来た。
彼が来ると私の注目は彼だけになる。
彼は私の視線に気づいたのかふとこちらを振り返る。
「おはよう、また一緒のクラスになれたね」
そう言ってにこりと笑う彼。
私に愛想を振りまく男子なんていくらでもいる。
声を変える男子なんて山ほどいる。
今日の私はどうかしてる。
彼の一挙一動に注目してた。
彼もこのクラスでは良い人の部類に入る。
それなりに友達もいる。
人当たりの良い爽やかな少年。
見た目はカッコいいというわけでも無い。
ごく普通の平凡レベル。
彼の人気の秘訣はやはりそのまじめさと誠実さだろ。
担任が入ってくると朝礼が始まって授業が始まる。
4月は色々とクラスの役割を決めることがある。
学級委員とか。掃除当番とか給食当番とか班決めとか。
そして男子は一ノ瀬律が選ばれた。
彼の人柄なら当然だろう。
そんな風にただ茫然と話を聞き流しながら彼を見ていた。
そして運命とは気紛れなもので突然訪れる出来事。
「じゃあ、女子は川島さんでいいわね」
「はあ?」
私は席を立っていた。
「なんで勝手に私の名前が出てるわけ?」
「なんで?って話聞いてた?貴方推薦されてたのよ?」
誰だそんな勝手な真似をしたのは?
犯人はすぐにわかった。
そいつは自分から名乗りでた。
「いいじゃん、律と仲良くなるチャンスじゃない」
後から囁く声。
後ろの席の木元輝夜を睨みつける。
そんな私の怒りを意にも介さない輝夜。
「何か問題があるの?」
担任が聞く。
大ありだ!
誰が好き好んで放課後残って話し合いなどしたがるものか。
「別にありません」
なんでそんな解答したのだろう?
「じゃあ、決まりね。2人とも後は任せるわ。前に出て進行して」
私は彼の隣に立つ。
何をそんなに焦っているのだろう?
何をそんなに緊張しているのだろう?
彼は慣れているらしく一人でどんどん話を進めていく。
クラスの中で努力目標を決めて班で競っていく。
どの班が一番規則を守って生活しているか?
授業に意欲的に参加しているか?
掃除をサボってないか?
宿題をやっているか?
忘れ物はないかなど全て班単位で決まっていく。
連帯責任と言うやつだ。
悪い事は重なる物。
私の班は輝夜と中島君、一ノ瀬君の4人だった。
班が決まると席替えをする。
私の隣には一ノ瀬君がいる。
これが一年続くのか?
昼休み私は輝夜を呼び出していた。
「どうしてあんな余計な真似したの?」
私は輝夜を問い詰める。
「余計な事って?」
「私を学級委員に推薦したの輝夜でしょ」
「ああ、その事」
輝夜は笑っている。
笑ってないで答えろ!
「だって琴葉ずっと律の事見てたじゃない」
だから、私が一ノ瀬君に気があるんじゃないかと思った。
単純な答えが返ってきた。
「別に私はそんな事ない!」
「じゃあ、なんで断らなかったの?」
輝夜が尋ねてきた。
その答えを知りたいのは私の方だ!
私は何も言い返せなかった。
せめて否定するくらいすればよかったのにできなかった。
そんな私を見てくすりと笑って戻っていった。
放課後早速仕事が舞い込んだ。
クラスの宿題を職員室に運ぶという雑務が待っていた。
宿題を集めて2人で職員室に運ぶ。
「災難だったね」
彼は言った。
「まあ、仕方ないよ」
「こういう仕事誰もが嫌がるからね」
「じゃあ、なぜあなたは立候補したわけ?」
「誰もやらないからだよ。誰かやらないと始まらないだろ」
こういう性格が人を惹きつけるのだろう。
ノートを渡すと職員室を出る。
教室に戻るともう誰もいない。
「川島さん先に帰ってていいよ」
彼はそう言うと黒板を綺麗に消し始める。
「そんなの日直の仕事じゃない?」
私が彼に言うと作業を進めながら彼は答えた。
「そうだけどさ、折角なら綺麗な教室で朝を迎えたいから」
「……私用があるから、先に帰るね」
そう言ってカバンを手にする。
「お疲れ様。明日からよろしくね」
そんな彼の言葉を背に私は呼び出された屋上に向かう。
「ごめんなさい、今は誰とも付き合う気になれないの」
たった一言いうだけの面倒な作業。
だけど今日の私はどこかおかしかった。
「ごめんなさい、今好きな人がいるの」
誰だよそれ!?
答は私は知っている。
でもそれを認めたくない私がいる。
用事が済んだ後教室を覗いてみる。
彼はもう帰っていた。
私も昇降口に向かっていた。
昇降口には私を待っている人がいる。
黒頭巾を被った人達。
フォーリンググレイス。
メンバーの一人が言った。
「命令ならあの二人徹底的にしめるぜ?」
私は首を振る。
「その必要はない」
そんなやりとりをして私は家に帰る。
音楽を聴きながら、宿題をしていた。
音楽を聴きながらも頭から離れないメッセージ。
「明日からよろしくね」
たった一言が私を揺さぶる。
瞼を閉じれば彼の姿が思い浮かぶ。
どうかしてる今日の私。
どうかしてた今日の私。
そんなどうかしてる今日を繰り返していると噂が流れる。
川島琴葉は一ノ瀬律が好き。
そんな日が来ることを予感してた。
不思議だった。
不快ではなかった。
その日を境に煩わしいラブレターは無くなった。
ただ、揶揄われている彼の事だけが気がかりだった。
私には手を出せない。
代わりに彼に攻撃が絞られる。
ある日フォーリンググレイスのメンバーに呼び出された。
「何か用?」
「まあ、君も関係者だしね」
何のことだ?
すると一人で何も知らずにやってきた一ノ瀬君。
男は一ノ瀬君に言う。
「お前、琴葉に気があるんだって?」
「そういうデマに一々付き合ってられない」
私の胸がちくっと痛んだ。
「じゃあ、今この場で言えよ。”俺はお前みたいな性悪女と付き合えない”って」
男が言う。
言われても仕方ないかな?
そういうことをやってきたんだから。
だからこれで終わりにしよう。
これで過去を清算して一から始めよう。
私の胸はすっきりしていた。
だけど彼は言う。
「そう言うデマに一々付き合ってられないと言ったはずだけど。何度も言わせないでくれ」
「デマだって?お前本当に鈍い奴だな」
それから男は私の悪事を暴露していった。
彼にだけは知られたくなかったな。
すっきりしていたはずなのに胸が苦しい。
でも涙だけは見せたくない。
必死にこらえた。
私の過去の暴露が終ると一ノ瀬君は私を見る。
私は俯いてた。
今の顔を彼に見られたくない。
「これでわかったろ?お前も騙されてた間抜けの仲間だったって事が」
男が言う。
だけど彼は言う。
「今の彼女を見るとそうは思わない。たとえさっきの話が真実だったとしても」
「まだ、わからないの?」
「失って、傷ついて……けれどそれでも決して捨てることが出来ない想いがあるならば、誰が何と言おうとそれこそが彼女だけの唯一の真実」
「君……噂以上に間抜けだね。もういいよ。シラケた。つまんないから暇つぶしにつきあってよ」
まずい。
「早くここから逃げて!!」
だけどFGの行動が早かった。
私の両腕を掴む。
「逃げたら……抵抗したらどうなるか説明しなくても分るよね?」
「分からないから教えてくれないか?」
その声がして振り向いた時にはFGの男子が一人殴り飛ばされていた。
殴り飛ばしたのは片桐空。
彼は石原美希と様子を見ていたらしい。
私と律の様子がおかしいから気にかけていたらしい。
「ふぉ、FGに逆らう奴は……」
「どうなるのか教えてくれるんだろ?ほら続けろよ」
ただ空の前で鬱陶しい真似をしたやつは容赦なく殴り飛ばす。
空がそう言うとFGの連中は去って行った。
空は私達に言う。
「中島君達から話は聞いてたんだ。間に合ってよかった」
じゃ、気をつけて帰ってね。
そう言って二人は去って行った。
「ありがとね。遅くなったしもう帰ろうか」
彼はそう言って笑う。
「今日はごめんなさい。こんなひどい目に合わせておいてこんな事言えた立場じゃないんだけど」
「……僕は今の君の言葉を信じるよ。どうしたの?」
私は彼に自分の素直な気持ちを伝えた。
彼はじっとその言葉を噛みしめていた。
「ありがとう。じゃあ、とりあえず連絡先交換だけでもしておく?」
それが答えなの?
「……いいの?」
「ああ、僕だって1人の男子だよ。川島さんみたいな綺麗な人に告られて喜ばないはずがない」
「私は綺麗なんかじゃない!」
本当は凄く汚れてる。
「川島さんがどう思っていたとしても、僕には綺麗に見えるよ」
「ありがとう、今日からよろしくお願いします」
「こちらこそよろしく。じゃ、取りあえず一緒に帰ろうか?」
「ごめん、今日はまだやる事あるから」
「……一人で大丈夫?」
私はうなずいた。
「じゃあ、また明日ね。帰ったらメッセージ送るよ」
私は屋上に喜一を呼び出した。
「こんなところに呼び出して何の用?」
喜一が言う。
「私は今日を持ってフォーリンググレイスを辞めます」
「自分の言っている意味分かってる?」
喜一はそう言うとカッターナイフを取り出し私の頬に当てる。
「君の存在価値なんてその綺麗な顔だけだよ?その顔ぐちゃぐちゃにしてやったらあの彼氏だって幻滅すると思うよ?」
「そ、そんなことない!」
「ま、いいや。君には借りもあるしね。分かった。好きにしろよ。ただし、これからどうなるかくらい覚悟してるんだよね?」
「わかんないから教えてくれよ」
その声を聞くと喜一は建屋の屋上を見る。
そこには天音と大地が腰かけていた。
「あまりSHをなめるなよ?お前たちを標的にすると言った時からお前らは常に見張られていると思え」
私にふざけた真似をしてみろ?
天音が喜一を八つ裂きにしてやると言う。
喜一はそのまま踵を返し屋上から去った。
「……空から話は聞いてる。がんばれよ」
そう言って天音と大地も屋上から去る。
私も家に帰る。
スマホを見ると彼からのメッセージを着信していた。
「大丈夫?」
「大丈夫だよ」
その後しばらくメッセージをやり取りして眠った。
「おやすみなさい」
次の日の彼の「おはよう」と言うメッセージまで眠っていた。
学校に行くと靴箱の中にはラブレターは無い。
女子の虐めは男子よりも陰湿で汚く醜い。
口にするのも悍ましいものが靴箱に詰め込まれていた。
私は何も言わずにそれを処理すると教室に行く。
教室の戸を開けると黒板消しが落ちてくる。
頭から被ったチョークの粉を落としながら私は律に言う。
「おはよう」
ようやく私の心に笑顔が咲いた。
(4)
「どうしたんだ恋?」
昇降口で一人突っ立ってる恋を見ていた。
「要君……」
恋に事情を聞く。
買ってもらったばかりの靴が無くなってるらしい。
きっとFGの連中の仕業だろう。
遊たちはFGの連中を探しているらしい。
そっちは遊達に任せて靴を探すか?
靴を隠すポイントなんて見当がつく。
案の定池の中に捨てられてあった。
外用の箒でも届かない位置にある。
諦めるしかねーかな?
とりあえず恋に伝えるか。
そう思って昇降口に向かおうとしたときふと思い出した。
「新しい靴買ってもらったんだ」
あの恋が嬉しそうにはしゃいでる事を。
きっと大切な靴なんだろう。
だったらやる事は一つしかない。
躊躇わずに池の中に飛び込むと奥へと入り靴を拾う。
汚れはすぐに洗えば良い。
昇降口に向かうと遊や学達がいる。
「靴ってこれか?」
靴を見せた時の恋の顔はとても綺麗だった。
恋の顔に笑顔が咲いた。
しかし、俺の足をみて笑顔が消える。
「それ……」
恋が指差す。
だけど俺は言うんだ。
「大事な靴なんだろ?」
「う、うん」
「なら、泥なんて何だい!」
そう言って笑う。
笑って欲しかったけど笑ってもらえなかった。
靴は履けないので学が恋を背負って帰る。
「ありがとな」
学が言う。
「問題ねーよ」
家は母さんがいない。
だから怒られるということは無い。
靴を乾かしながらズボンを着替えて洗濯機に放り込む。
恋からメッセージが来てた。
「明日朝8時に教室で」
また随分早い時間を指定してきたな。
お礼なんて良いのに。
その日は早く寝て翌日奏達より早く家を出た。
教室に向かうと恋と酒井梓がいた。
梓が恋の背中を押す。
恋は頭を下げ僕に白い手紙を差し出した。
「昨日はありがとう!そのお礼ってわけじゃないけど私を受け取ってください」
「い、今見てもいい」
「……うん」
俺は手紙を見る。
「要君が格好良かった。今でも忘れられないくらい。今でも覚えてるあの言葉……好きです。付き合ってください」
まじかよ!
「ほ、本当に?」
「……うん」
こういう時なんて返せばいいんだ?
ベタに言っとくか?
「ありがとう、よろしくお願いします」
「はい、お願いします」
恋の顔にまた笑顔が咲いた。
今まで見た中で最高の笑顔だった。
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