第28話 私がいるから
(1)
「おはよう、空。朝だよ」
「おはよう、翼」
ゆっくり起き上がると部屋を出ていく翼を呼び止める。
「ちょっと待って翼」
「どうしたの?」
僕は机の引き出しを開けると買っておいたプレゼントを翼に渡す。
いつもは母さんと選んで買ってたけど初めて自分で選んで買ってきたプレゼント。
「ありがとう、開けてもいい?」
僕がうなずくと翼は袋を開ける。
「ハンカチだ。しかもこのマスコット好きなの覚えててくれたんだ。ありがとうね」
「気に入ってもらえてよかった」
翼とは接続できるとはいえ、やはり初めては不安だった。
「で、美希にも用意してるの?」
「うん、同じものを買ったんだけど……」
「もう少し奮発してあげたらいいのに」
「小遣いが足りなかったんだ」
「本命だけでよかったんじゃない?」
そう言って部屋を出ていく翼。
心から喜んでくれてる事くらい共鳴しなくても分る。
僕は着替えるとダイニングに降りる。
ここからが問題だ。
ダイニングにむかうと天音が手を出す。
「空君。今年は何をくれるのかな?」
にこりと笑ってそう言う天音。
翼は多分天音に言ったのだろう。
「はい、これ」
「なんだこれ?」
「ハンカチ」
「ざけんな!もっとお菓子とかあっただろ!」
案の定天音が怒り出す。
「天音も大地からいい物もらえるかもしれないじゃん」
「パパはちゃんとくれたぞ!?」
「何もらったんだ?」
「クッキー」
「あら?冬夜さん。私は何も受け取ってないですよ」
母さんが父さんに言う。
「あ、愛莉にも買ってきておいたよ。ほら」
父さんが母さんに渡したのはブランド物のハンドクリーム。
「ありがとうございます」
「愛莉も水仕事大変だろうと思って」
「お気持ちだけでも嬉しいです」
「放っておきなよ。どうせ残った材料で作った余りものなんだから」
翼がそう伝えてきた。
そうだったのか。
取りあえず朝食を食べると支度をして翼たちを待つ。
「心配するな。大地君からお返しもらったら機嫌も直るよ」
父さんが言う。
「父さんは義理返ししたの?」
「してないよ」
「そっか……」
「冬夜さんは私にしかプレゼントしない人でしたから」
母さんが笑って言う。
翼たちが部屋から出る頃水奈が来た。
「おっす」
「おはよう」
玄関に向かうと靴を履いて家を出る。
「行ってきます!」
天音の声が響き渡る。
学校に着くと昇降口で天音と水奈と別れて教室に向かう。
教室にはSH組が固まっていた。
麗華も機嫌は良さそうだ。恐らくホワイトデーのお返しを受け取ったんだろう。
僕も美希にプレゼントすると「ありがとう」と嬉しそうに返事してくれた。
今日も卒業式の練習があった。
立ち続けることが多く、美希が途中で貧血で倒れて保健室に行った。
もうすぐ卒業式。
卒業式が終れば、もう今年度は終わる。
来年は僕達の卒業式か。
まあ、この皆で中学に上がるんだろうけど。
どうせ大人の都合でクラスも一緒なのだろう。
6月には修学旅行がある。
卒業式の練習が終わると授業がある。
授業も半ば自習の様な時間が増える。
教科書の内容はほぼやりつくしてる。
FGの連中は僕達のクラスに限っては大人しい。
天音達の興味は水島先生からFGに移ったらしい。
日々彼等に嫌がらせをしている。
それは結果的には水島先生を助けているのだそうだ。
例えば授業中に1人の男子が暴れ出せばそいつの足を引っかけて転んだところを平然と周りの皆で蹴りつける。
先生が止めるまで暴行は止らない。
そんな事を続けている。
昼休みになれば悪ふざけで男子一人を全裸にして教室の後ろに正座させたりしたらしい。
FGを抜ける制裁を受けるよりもFGにいて天音たちの攻撃対象にいる方が恐ろしい。
そんな空気が天音たちのクラスにはあるらしい。
次第にFGは何もできなくなり、大人しくなっていた。
それが天音たちの不満らしい。
「なんかやれよ!退屈なんだよ!」
天音達がやっていた黒板消し落としすら。
「粉がかかったじゃねーか!てめーら何してくれてんだ!」
ともはやどっちが暴徒なのかわからないくらいの言いがかりをつけてFGを攻撃しているらしい。
それでもまだFGの規模は大きいそうだ。
SHのメンバーがいないクラスでは学級崩壊が起きてるらしい。
SHのメンバーはFGのそれに比べたらはるかに少ない。
その少ないグループに手が出せないのはやはりSHのメンバーの力にあるのだろう。
「やられたらやり返す」から「やるのを待って報復する」に切り替わっていた。
授業が終わると皆帰る。
水奈は今日は学と待ち合せらしい。
天音の手には腕時計があった。
「それ、大地のプレゼント?」
翼が聞くと天音は嬉しそうに頷いた。
ピンク色の腕時計。
ブランド物らしい。
家に帰ると部屋に戻る。
宿題をしていると、翼が来る。
「どうせだから一緒に勉強しよう?」
翼が言う。
テーブルで向かい合って勉強する。
勉強が終ると一緒にテレビを見る。
夕飯の時間になるとダイニングに向かう。
夕飯を食べると風呂に入る。
夜は父さんとお爺さんが飲むため僕達は自室にいることが多い。
自室でテレビをつけて漫画を読んだりスマホを弄ったり美希と話をしたり。
僕ももうすぐ小学校6年生。
時間前になるとお休みの挨拶を交わす。
翼が部屋を出る。
僕も寝ることにした。
(2)
SHのぼっち組から沢山の義理返しを受け取った。
それよりも天音が大地から受け取った物が宝物のように思えた。
なずなや花もそれぞれの恋人から受け取っていた。
放課後が待ち遠しかった。
メッセージは受け取っていた
「放課後昇降口で」
最近は退屈な授業時間。
FGの連中も腑抜けになっちまった。
私のクラスだけかもしれないけど。
桜子にいたずらしようと席を立って桜子に忍び寄るやつの足を引っかける。
転んだらすました顔でそいつを周りの仲間と一緒に袋叩きにする。
「どうしたの?」
「わかりません。一人で派手に転んでました」
誰も反論しない。
クスクス笑ってる。
だけど、そんな事をするのもすぐに飽きた。
退屈なのは私や天音だけじゃない。
祈や遊や粋も同じように考えていたようだ。
次の時間、粋はとうとう教室を抜け出した。
「栗林君はどこにいったの?」
「自分探しの旅に出ました」
「……皆自習してなさい!」
桜子が粋を捜しに行く。
桜子が粋を引っ張ってくる間暇になる。
暇だからスマホを弄ってる。
天音がついに暴れた。
FGの連中から黒頭巾を奪うと教卓の上に立ち頭巾に火をつけ燃やす。
完全な挑発行為だ。
だけど誰一人乗らない。
FGの連中は天音にビビッてた。
学校が終わり昇降口で待っていると学がやってきた。
「すまん、待たせたな」
「どうせ暇してたしいいよ。で、どうした?」
今日は3月14日。
少し考えたら誰でもわかるイベント。
学は鞄から学からは想像がつかない可愛い巾着を取り出し私に渡す。
「開けてもいい?」
「ああ」
空けると手作りのクッキーが入っていた。
「俺は結構自信作のつもりなんだが」
「ありがとう、帰ってから食べるよ」
そう言うと家に帰った。
夜にでも食べるか。
ゲームをして時間を潰して、夕食を食べて風呂に入る。
「水奈。待ちなさい」
父さんに呼ばれた。
「これ、父さんからお返し」
父さんはブランド物のチョコレートをくれた。
「ありがとう」
だけど悪いな。
今はブランド物のチョコレートよりも気になるものがあるんだ。
冷蔵庫に仕舞って部屋に戻ると学にもらったクッキーを食べる。
自分で言うだけの事はある。
メッセージを送る。
しばらくしてメッセージが返ってくる。
少しメッセージのやり取りをして眠りにつく。
出来る事ならこのままありふれた恋人達になりたいと望んでいる。
あなたが今望んでいる事、私がここで言いたい事、今なら思いも重なるかな?
君がくれた一握りの幸せだからずっと抱きしめていたい。
信じた明日がある。
あの日のままじゃ時間はとまらない。
「好きじゃない?」「好きだよ」
揺れる恋と空。
君との時間が一秒でも長くなればいい。
(3)
「鈴」
川島君に呼ばれた。
「何?」
「放課後時間あるかな?」
「いいけど、何か用?」
「うん、出来れば一緒に来て欲しい」
「……分かった」
余り二人で一緒にいると、川島君が粛正を受ける。
必要な言葉だけ交わして私達は離れる。
彼はFGのメンバー。私はSHのメンバー。
決して相いれない存在。
そんな私達を一緒にしようとしたのが片桐天音。
彼女にとってそんな事はどうでもいいらしい。
放課後になると教室の出口で川島君は待っていた。
「じゃ、行こうか」
「いいけどどこに行くの?」
「職員室」
川島君の顔を見る。
少し緊張しているようだった。
川島君が何をしようとしているのかすぐにわかった。
川島君の頬を抓る。
川島君が私の顔を見る。
私は作り笑いをして行った。
「リラックスしないと」
「……ありがとう」
職員室につく。
「失礼します」
そう言って職員室に入ると水島先生のところへ行く。
「どうしたの?」
水島先生が聞く。
川島君は鞄から手紙を取り出す。
「また?もうその手にはのらないよ?」
水島先生がそう言って笑う。
だけど川島君は真剣な表情で言った。
「今度は本物です。ちゃんと書いてきました」
先生はそれを受け取りその場で読んだ。
静かに目を通していた。
読み終えると、先生は川島君を見て言った。
「ありがとう。でも前も言ったけど先生が川島君の想いを受け止めることはこの先もありません」
「……はい。ありがとうございます。失礼しました」
そう言って職員室を出ていく川島君の後を追う。
昇降口で川島君は立ち止まる。
どう声をかけていいか分からなかかった。
先に口を開いたのは川島君だった。
「付き合ってもらってありがとな。ちゃんと言えてすっきりした」
「何もしてないよ。ただ見てただけ」
「……ずっと考えてたんだ。あんな手紙を最初に渡した時から胸につかえてたんだ。今それが取れた気分」
「うん」
「ダサいだろ?カッコ悪いだろ?二度も玉砕なんて。しかも無謀な恋に」
川島君は、うつむいたまま震えている。
「鈴も俺に幻滅したんじゃないか?素の俺はただの臆病者で弱虫だ」
川島君は勇気をだしてくれました。だから神様、今度は私に勇気を下さい。
私は川島君を背後から抱きしめる。
「川島君は川島君のままだよ。カッコ悪くなんかない」
「……今俺が鈴の告白に答えたらもっとカッコ悪くないか?」
「誰かが言ってた『恋の終わりは。次の恋が始まる時』って」
「……お前優しいんだな」
川島君は私の腕を解いて私に向かい合う。
「鈴、一つお願いしていいかな?」
「何?」
川島君は私に抱き着いて私の胸に顔をうずめる。
そんなに大きくないけど。
「ちょっとの間だけ胸貸してくれない?」
「貸すほど胸ないぞ」
そう言って私は笑ってみせた。
人が行き来する昇降口で少し恥ずかしかったけど。
私は川島君の顔を見ないようにしてた。
男の子にだって見せたくない顔があると思ったから。
「ダサい奴は本当に何させてもダサいよな」
私が振り返るとクラスメートの山本喜一を先頭に黒頭巾の男子が群れていた。
「何やってんのお前?振られた挙句に振った女に抱き着くって情けないと思わないの?」
川島君が私から離れると涙を拭って山本君に言った。
「お前には関係ない」
「いや、あるね。従兄として恥ずかしいよお前。それに忘れたの?お前FGのメンバーだぞ」
「関係ない。FGは抜ける。もういたずらは卒業だ。これ以上やっても惨めなだけだ」
「お前、何でも自分には関係ないっていうけど自分がやってきたことはみんな忘れないぞ。誰も許してくれない。俺達とやっていくしかねーんだよ」
「そんな事無い!」
私は叫んでいた。
「たとえ世界中が川島君を許さなかったとしても私は川島君の味方だよ!」
「足洗おうって言うならそれ相応の罰を受けてもらわないと。こっちとしても他のメンバーに示しがつかないんだよね」
私達を黒頭巾の集団が囲む。
「……わかった。でも鈴には手を出すな」
「お前が俺に命令するな」
「……ごめん、鈴。巻き込んでしまった」
「気にしないで。2人なら怖くない」
私達は互いに背中を預けて構える。
守られるだけが女子だと思わないで!
だが取り囲んでいた黒頭巾の集団の一人が派手に吹き飛ぶ。
顔面から着地して鼻を床にぶつけて鼻血を流す。
「面白いことしてくれてるじゃん。私達もまぜろよ!」
そう言ったのは酒井祈だった。
その背後にはSH4年組が全員いた。
「鈴、何やってるの!また面倒な事に首突っ込んで」
そう言うのは姉の楓。
「お前らには関係のない事だ。引っ込んでろ!」
山本君が言う。
「ああ、関係ない事だな。でも私達がいつお前らに喧嘩売ろうかも関係ない事だ。もう忘れたのか?SHの次の標的はお前らだってこと」
祈が言う。
「お前の弟は指10本で済んだらしいな。お前は足の指までいっとくか?」
栗林粋が言う。
「兄弟そろって病院で終業式を迎えたいなら望みを叶えてやるけどどうする?」
「言っときますけどこっちはやる気できてるんです。下手な脅しを聞く耳はもってません」
祈と石原大地が言う。
「別にいいんじゃね?この事がメッセージに乗ったらどうせこいつ棺桶行きだろ?南無」
桐谷遊が言う。
「ちっ……引き上げるぞ」
山本君は集団をまとめて撤退した。
祈に事情を説明する。
「そうか、FGは抜けるか」
「はい……」
「じゃあ、スマホ出せよ」
祈が言うと川島君はスマホを出す。
祈はそのスマホをみて考えていた。
そして祈は言った。
「やっぱ鈴が連絡先交換して招待するのが筋じゃね?」
祈が言うと私は川島君と連絡先を交換してSHに招待する。
「よろしくね。蓮太」
「ああ、よろしく、鈴」
私と蓮太は握手する。
しかし……
「皆なにしてたの?」
私が皆に聞いていた。
「いや、2年生探しに教室言ったら誰もいないから探してた」
そしたらたまたま私達を見つけたらしい。
私達は家に帰る事にした。
そしてメッセージで蓮太と話をする。
それは「そろそろ寝なさい」と親に言われるまで。
寂しいけど大丈夫。
だって明日になればまた会えるのだから。
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