第2話 ダメ!!

(1)


「これは一体何の騒ぎ?」


 騒ぎが収まろうしていた中に登場した新たな人物。

 それは石原美希さんだった。


「美希?どうしたの?」


 翼が美希さんに聞いている。

 美希さんは黙ったまま何も言わない。


「ああ、美希も気になったのね。やっぱり悪戯だったみたい。誰もいなかった」


 美希さんは俯いている。

 そして体を震わせている。

 嫌な予感がする。

 その嫌な予感は「共鳴」を伝わって翼に届く。

 それは不安という感情に変わって僕に返ってきた。

 誰も何も言わない。

 同じ事を皆考えたんだろう。

 そしてそれを口にすることを皆恐れていた。

 沈黙を破ったのは水奈だった。


「いや~参ったな。皆騙されたって事か」

「そ、そうだな。まあ、空に彼女なんてできるわけねーよな!」


 天音がそれについていく。

 竹本さんと三沢さんは何も言わない。

 様子を伺っているようだ。

 そして、なぜか翼は僕の腕を掴んで離さない。

 不安が増していく一方の様だ。


「じゃ、解散しようか。空、帰ってゲームしようぜ」


 天音が僕の腕を掴んでその場を立ち去ろうとする。


「待って!」


 美希さんの声が時を止めた。


「悪戯なんかじゃない……」


 多分誰もが想像していた事態になったらしい。

 その続きを聞きたくないけど誰も動かない。動けない。


「その手紙の送り主は私です。空君」


 言っちゃったよ。

 どうしよう?


「えーと、この手紙は美希さんのものって事はつまり……」


 恐る恐る聞いてみた。


「間違いありません。私は片桐空君の事が好きです。付き合ってください」


 皆、その場から動こうとしない。

 いや、正確に言うと竹本さんと三沢さんはこの場から逃げ出そうとしていた。

 やっぱり僕が何か言わないと収まらないのだろうな。

 僕は正直美希さんの事はあまり知らない。

 だから突然好きだと言われても困る。

 そう正直に伝えればいいのだろうか?

 父さんだったらこういう修羅場どうするだろう?

 父さんはこういう修羅場をくぐってきたんだろうか?

 思い切って飛び出せ!

 そう覚悟を決めた。


「あの、美希さん……」


 僕が言おうとした時だった。


「ふざけるな!!」


 先に切り出したのは水奈さんだった。

 別にふざけていないと思うよ。

 水奈だってこの場の空気くらい読めるでしょ。

 水奈は間違いなく空気を読んでいた。

 だから叫んだ。


「私だって空の事が好きだ。大好きだ!誰にも渡さない!」


 はい?


「ちょっと水奈。お前まで何言ってんだよ?」


 天音が言う。


「友達の兄妹だから手を出せなかった。でも誰かにとられるくらいなら私も言う。私も空が好きだ!」


 うわぁ……どう考えたってドッキリじゃないよね?

 そんな冗談が通じない雰囲気だって事くらい水奈にもわかってるはず。

 いきなり三角関係ですか?

 初恋でそれはきついよハッキリ言って。

 ていうか僕の気持ちはどっちを向けばいいの?

 整理がつかないうちに事態はもっとややこしくなる。


「ダメだ!!そんなの私が許さない」


 天音が言い出した。

 自分の友達が兄といちゃついてるところなんて見たくないよね。

 それは多分翼も同じなんだろうけど。

 しかしそんな生易しいものじゃなかった。


「空は私のものだ。私が一番大好きな人だ!誰にも渡さない」


 もう僕の思考回路は休息を欲してるようだけど。

 誰か助けて。

 ここで空気読まず光太辺りが登場してくれると凄く助かるんだけど。


「そんなの無理に決まってるだろ!空と天音は兄妹だぞ」


 水奈が言う。

 凄く正論だと思う。


「分かってる!でも私以外の誰にも空は渡さない!」


 天音も本気らしい。

 僕は酷く混乱している。

 同時に2人の異性から告白された挙句妹からも告白されるという非常事態。

 翼、翼なら分かってるだろ?

 僕が凄くパニックに陥ってるの分かるだろ。

 翼なら冷静にこの事態を収拾してくれる。

 そう思ってた。

 しかし事態は決して好転しなかった。

 

「空は誰を選ぶの?」


 翼が言った。

 この場で僕に3択問題か?

 どれを選んでもバッドエンドな気がするんだけど。

 この場にない選択を選ぶ。


「僕に時間をくれないかな?僕も突然の事態に頭が混乱して正常な選択が出来そうにないんだ」


 逃げた。

 でも美希さんは理解してくれたようだ。


「そ、そうだね。今日は一旦終わりにしとこうか?」

「じゃ、私達帰るね」


 この瞬間を狙っていたかの如く竹本さんと三沢さんは立ち去った。

 残された5人。


「じゃ、私も帰るね。いい返事期待してる」


 美希さんはそう言って帰っていった。


「私も帰る……悪かった」


 水奈も帰って行った。


「僕達も帰ろうか?母さんが心配してるよ」


 僕はそう言って二人を連れて帰る。

 二人とも帰る途中無言だった。


「おかえりなさい、今日は遅かったわね。あれ?二人ともどうしたの?」


 母さんは、翼と天音の異変に気が付いたようだ。

 二人は何も言わず部屋に帰っていった。

 僕は母さんに呼び止められる。

 そして母さんと二人でリビングで話す。

 今日の放課後の出来事を母さんに話した。


「空ってモテるのね。冬夜さんに似たのかしら」


 息子の修羅場を一言で片づける母さん。


「でも空も男の子なんだからちゃんと返事しないと駄目ですよ」

「それって誰かを選べって事?」

「空は誰か気に入る子がいたの?」

「分からない」

「本当に?」


 え?


「母さんには空がとても喜んでいる様に見えますよ?」


 きっとそれが答えなんじゃないですか?

 母さんは言う。


「それでいいのかな?」

「それが空の気持ちなのでしょ?」


 素直に伝えたらいい。

 どうせ一人しか選べないのだから。

 中途半端な優しさは時として残酷だと母さんが言う。


「わかった。明日伝えるよ」

「そうなさい」


 そう言ってリビングから自分の部屋に戻った。


(2)


「翼は平気なのかよ!」


 部屋に入るなり天音が叫ぶ。

 

「そんなわけない」

「じゃあなんで止めなかったんだよ!」


 私は天音に伝える。


「天音がいくら駄々をこねてもそれは空を困らせるだけ」

「翼は空の事好きじゃないのか?」

「好きだよ」


 大切な弟だ。

 それを友達に奪われた。

 天音の気持ちも分かる。

 だけどそれでも……


「いつかは空も誰かを好きになって結ばれていく……そのくらいの覚悟はしてた」


 してたつもりだった。

 まさかこんなに早く来るとは思わなかったけど。


「空は空なりの幸せを手に入れる権利がある。それを妹の天音が邪魔をするの?」


 いつまでも妹に甘えてる兄が天音の理想なの?

 私はそんな弟は嫌だ。

 いつかは他の誰かと一緒になるんだ。

 それでも姉弟の絆は途切れない。


「……ってことは翼は空が誰を選ぶのか分かっているのか?」


 天音が聞くと私はうなずいた。

 そんなに難しい事じゃない。

 長くずっと一緒だった水奈に示さなかった反応。

 美希に好きだと告げられた時に垣間見せた感情。

 多分それが空の結論だろう。


「やっぱり年下だとダメなのか?」

「そうかもね」


 空には天音という妹がいてその友達に水奈がいる。

 あくまでも空の中では”天音の友達”にしか過ぎないのだろう。


「それでもロリコンの兄よりはましでしょ?」

「そう言われるとそうだな……」


 いまだに納得できない天音。

 すると誰かがノックをしていた。


「僕だけど……」


 空だ。


「どうしたの?」

「さっきの件だけどさ……」

「それなら部屋に入りなよ」


 私が言うと空が部屋に入って来た。

 空は天音の顔をみるなり「ごめん」と謝った。

 理由はやはり”天音の事は妹としか見れない”から。


「じゃあ翼は?」

「同じだよ。やっぱり姉弟だし」

「じゃあ、水奈か美希なのか?」

「水奈には明日謝るよ」


 やっぱり美希か。


「……まあ、しょうがないよな」


 天音も空に言われてあきらめがついたようだ。


「でも私の兄でいてくれるんだよな?」

「当たり前だろ」

「翼からは何も言わなくていいのか?」


 天音が聞いてくるのでちょっと悪戯をしてやった。


「空の部屋はもともと愛莉とパパが使っていた部屋なんだって」


 だからベッドも大きいし防音も聞いてる。

 いつでも気兼ねなく誘ったらいいよ。


「そんな小学生いないだろ!」


 慌てる空を見て私と天音は笑っていた。


(3)


 夕ご飯を食べる。

 胸のつかえが取れてとても気分が良い。

 食も進む。


「あれ?随分と機嫌がいいみたいね。天音」


 愛莉が聞いてくる。


「まあね~」

「何か学校でいい事があったのか?」


 パパが聞いてきた。


「パパには関係ない」

「そうか、関係ないのか……」


 落ち込んでるパパを見てて可哀そうになったので話題を適当に振ってみた。


「パパはファーストキスは愛莉と?」

「そうだよ」

「何時したの?」

「中2の時でしたっけ?」

「そうだな……」


 愛莉とパパが言う。

 じゃ、それまでに相手探さないとな。


「天音はもうしたのか?」


 パパが聞いてくる。


「まだ相手がいないんだ」

「気になる子はいるのかい?」

「これから探す」

「そうか……」


 なぜか寂しそうなパパ。


「冬夜さん、ダメですよ。今からそんな事では。この先どうするんですか?」

「そうだな……」


 どうして落ち込んでるんだろう?


「でも気になる子はいないの?」


 愛莉が聞いてくる。


「いたけど先越された」


 兄だなんて言えない。


「翼もだよな」


 翼に振ってみた。


「そうね」

「翼くらいの歳ならそうなんだろうね」


 パパが翼に聞いてる。


「まあね」

「そうか~」


 パパは鈍いのか鋭いのかよく分からない。


「空は気になる女の子とかいるのか?」


 パパは空に聞いていた。


「聞いてくれよパパ!空の奴今日二人も告られたんだぜ!」

「それはすごいな」

「空はモテるみたいですよ。冬夜さんに似て」

「なるほどね」


 パパは空をじっと見てる。

 パパがこの表情になるときは何かを読み取ってる時。

 それは愛莉も知ってる。

 だから、愛莉がパパに耳打ちする。

 愛莉は知ってるのか。空が喋ったか?


「それはすごいね。誠の奴が何か言ってきそうだね」


 パパは納得したようだ。

 それ以上の追及はしなかった。


 食事が終わり風呂を出ると。空とゲームして遊ぶ。

 愛莉もパパも「勉強しろ!」とか小言はあまり言わない。

 ちゃんと結果出してれば文句は言わない主義らしい。

 でも寝る時間はちゃんと言う。


「早く寝なさい」じゃない。

「空は自分の部屋で寝なさい」だ。


 愛莉が私達の関係を疑っているわけじゃない。

 単に一つのベッドに2人ねたら風邪ひくでしょ?って理由。

 シングルベッドでも十分二人寝れる体格なのに。

 私達の部屋は二段ベッド。

 下が私で上が翼。

 だから都合がいい。

 翼が寝静まった頃枕を持って空の部屋に忍び込む。

 空の部屋のベッドは広い。

 愛莉たちが使ってた部屋のベッドでセミダブルだ。

 妹だからこのくらい甘えてもいいだろ?

 私は空のベッドに忍び込んで眠りについた。


(4)


 なんか生温かい感触がする。

 しかも柔らかい。

 なんだろ?

 気持ちいいからまあいいや。

 抱き枕なんて用意したっけな?

 ドアがバタンと開く。

 天音がまた乱入してきたか。


「天音!昨日の今日で何やってるの!?」


 翼の声がする。

 何の話だろう?

 天音?翼と一緒の部屋じゃないのか?


「空もいつまで天音に抱きついてるの!?」


 天音に抱きついてる?

 僕は重たい瞼を開ける。

 そして一瞬で目が覚めた。


「ああ、おはよう空」

「あ、天音何やってんの!」

「何って空と一緒に寝てただけじゃん」

「何で一緒に寝てるの!?」

「一緒に寝るのに理由がいるの?」


 いるだろ!普通に考えて。


「また空がぐずってるの?いい加減にしなさい」


 まずい、母さんがやってくる。


「天音まずい!」

「いいじゃん!妹といちゃつくくらい」

「いいわけないでしょ!」


 そう言って翼が天音を引きはがそうとする。

 そして部屋に母さんが入ってきた。


「あらあら。仲が良いのね。でも風邪引くから自分のベッドで寝なさい」


 それでいいのか、母さん!


「心配しなくても空は冬夜さんの若い頃にそっくり。無害だから問題ないわ」


 てな事を言われてるぞ父さん。


「3人とも着替えて支度して降りてきなさいな」


 そう言って母さんは部屋を出る。

 二人は部屋に戻って着替えてダイニングに行く。

 仕度をすると朝食を食べて、水奈を待つ。

 呼び鈴が鳴る。


「いらっしゃい、水奈」

「……おはようございます」


 水奈は落ち込んでいるようだ。

 僕達は靴を履いて家を出る。そして天音の声が響き渡る。

 水奈からどうにかしないとな。


「水奈、昨日の件なんだけどさ」


 水奈の体がびくっとする。


「やっぱり妹としかみれなくてさ」

「そうか……そうだよな。昨日の事は忘れてくれ」

「ごめんね」


 これでいいんだろうか?

 そうして僕達の二日目の登校が始まった。

 今日も色々あるんだろうな。

 美希にもちゃんと返事しないとな。

 こうして僕らの新しい生活が始まった。

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