「現実」という名の「煉獄」

 母は起きていた。目をぱっちり開けていた。突然、早口で何か言い出した。かと思うと、「あんた誰?」と言った。そして、暫く話をする内、また、早口で言い出した。殆どの歯がないから、聞き取りにくい。どうやら、早く退院させてくれと言っているらしい。

 短い時間でも波があるのか。施設にいるときにパニックになった時に言われて以来だ。私は、自自身がパニックにならないように、正直に手短に経緯を説明して、帰る場所がないことを納得させたが、面会時間が数分オーバーしてしまった。この病院で督促されたのは初めてだった。

 あの時、施設で救急車を呼んだ時、随分迷った。夜明けまでうなり声を聞いていたら、苦しみながら息を引き取ったに違いない。でも、私には出来なかった。

 運を天に任せた。母は、危篤状態から脱した。その代わり、「寝たきり老人」として、長い入院生活に入った。病院は、介護施設以上に、面会規制がある。

 思うようにコンタクトやコミュニケーションは取れない。予約した面会予約時間に行っても「眠り姫」状態が多い。起きていても、反応は薄かった。

 目を開けていたのは、14ヶ月の内、2回目。そして、パニック。

「女は三界に家無し」とは言うが、母は「喧嘩した実家」には帰れない、貸主に借地借家を返した為嫁ぎ先にも帰れない。4年弱同居した息子の家にも帰れない、介護施設には病院並みの医療器具がないから「終活用住居」にも帰れない。

 病院で、鼻チューブで栄養剤を入れられながら、尿を垂れ流し処理されながら、「お迎え」を待つしかないのだ。

 私は、残酷な仕打ちをした、「親不孝息子」なのだろうか?」と煩悶し続けてきた。

 そして、遂に聞きたくない言葉を言った。「殺してくれ」と。

※「女は三界に家無し」の解説

女は、幼少のときは親に従い、嫁に行っては夫に従い、老いては子に従わなければならないものであるから、この広い世界で、どこにも安住できるところがない。 [解説] 「三界」は仏教で、欲界、色界、無色界、すなわち、全世界のこと。

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