第60話 ウィリアムの提案
離れが撤去され、”蝶の庭”という名前がつけられ完成した頃…ウィリアムはいつもの面々を会議室へと呼び出していた。
(緊張してお腹が痛くなってきたぞ…)
自分だけで考えた意見を人に言うのは非常に勇気がいる。
しかも目の前にいるのは、アルフレッド、マーカス、アメリアだ。オズにも声を掛けたが、至急の用事があるという事で席を外している。
彼らは逆立ちしても勝てないと思う者たち。しかし、味方なのだ。
(分かってる、分かってるんだそれは…)
モジモジしているウィリアムに気を遣わせないためか、アメリアがメイドに無理を言って教えてもらったという紅茶を自ら淹れて、イザベルが選んでエリックが贈ってくれたというお菓子も並べてくれた。
(舞台が整ってしまった…)
言わなければせっかく呼んだ彼らの時間が無駄になる。
ウィリアムは紅茶を一口飲んでから、口を開いた。
「その…今から言うことはおかしいことなのかもしれないが」
すぐに反応してくれるのは、いつもアメリアだ。
「あら、最初から変なんて決めつけては駄目ですわ」
「そうですね。兄上の意見を聞きたいです」
「2人ともあまり追い込んでは駄目ですよ。…なんでしょう?」
全員の視線を受けて、ウィリアムは「大層なことじゃない」と言いぽつりと話し出す。
「…王宮は広いと思っていたんだが、狭いことに、最近気が付いた」
皆真剣に自分の言葉を聞いて、頷いてくれる。
(こんな些細なことが、嬉しい)
自分はリリィ以外に”何かを言おう”という気が今まで起きていなかった。
幼い頃から全てを否定されて、”言うこと”を諦めていたように思う。
(でもこれから…ちゃんと、言わなければ)
平凡な自分の事は分かっている。だが、国王として言わねばならない。
「トゥーリアを治めろ、と言われて正直よくわかってなかった。王宮で、宰相の出す書類に判を押すくらいで…」
これが王の仕事なのか、と15歳で王位を継いだ自分は納得してしまっていた。
しかし様々なことが起きた今、それが違うのだと分かった。
書類はただの紙ではなく、書面の内容に千の出来事が隠れている。
「…違ったんだ。俺は、皆と一緒に民や国の行く末を協議しなければならない。でも」
ウィリアムは少しだけ俯く。
「俺は、平凡過ぎる。…マーカスのように強くないし、アルフレッドのように頭もよくない。それにアメリアのように皆を引き寄せる魅力もない」
その事を理解しているであろうアルフレッドとマーカスはじっと聞き入り、アメリアは自覚がないのかキョトンとしていて…それが少々嬉しくもあり羨ましくもある。
(ここには居ないが、リリィのように人を癒やす心も、イザベルのように他と積極的に関わる社交性もない。…メイソンのように他人の裏をかいて交渉する術もない…)
上げ始めたらきりがないかもしれない。
「だけど、皆以上に成る、というのも無理があるな、と思った」
その言葉にアメリアはすぐに相槌を打った。
「当然です。王は、全ての人の上位互換ではありません」
ウィリアムは顔をあげる。
「そう、そこなんだ。ずっと、王は…父上はそういう人たちを従えて、とても強くて凄い存在なんだと、思っていて」
(アメリアが以前話していた枠を…自分も、勝手に父上に当てはめていた)
苦笑したウィリアムにアルフレッドは言う。
「正直に言えば…父上はよくシルファ様に叱咤されていたように思えます」
「そうですね。ウィリアム様は、お父上に似ておられますよ」
「…マーカス殿」
アルフレッドは少しだけ睨みつけるが、彼はしれっと言う。
「本当のことです」
平凡な王だったからこそ、メイソンを退ける事が出来ずに妻を失い、王宮から逃げた。
わかりやすく言って気付いてもらわねばならないのだ。
案の定、ウィリアムは「そうだったのか…」と呟きホッとした表情だ。
「それで…今歴史を習い直していて、ペルゼンの民主政というのを教えてもらった。…あ、トゥーリアも、という訳じゃないから安心してくれ。貴族たちが何をしているかも教えてもらったから」
この国は平和だ。きちんと役割が回っているからこそ、平和が続けられている。
しかし…少し前までは、皆が宰相の暗躍に振り回されていた。その行く末はどうもきな臭いが、今もまだメイソンは宰相であるし、爵位を取り上げ王宮から追い出す証拠もない。
「役割を、変えようと思うんだ」
「役割…例えばどのように、でしょうか」
アルフレッドは慎重にたずねる。
「それはまだ決めていないんだが、俺は王だろう?そして宰相がいて…各種大臣がいる」
「ええ」
「父上や俺のように、王が別の権力を持つ者に…ええと、なんと言うのだったか」
「籠絡ですか」
「ああ、そう、それだ。籠絡されてしまえば…ゲームで例えたら、チェスは終わりだろう」
「そうですね…」
クイーンが斃されチェックメイトされる前に、父王は逃げた。
目の前にいる素直で若い王は、さぞ扱いやすかっただろう、とアルフレッドは思う。
「だから、王を増やせばいいな、と思った」
「王を…増やす??」
「ああ。今のように…俺と、お前と、マーカスと、アメリアが、王だ。そうすれば、一人落としても、まだ大丈夫だと思うんだ」
前例のない突拍子もない意見だが、アルフレッドは「しかし的を得ている」と思う。
王政とも民主政ともまた違う方法だ。
「そうですね…政治を担う要の宰相があのようになった場合、格下である諸大臣が逆らうのは難しい」
マーカスは頷いた。幸いなことに騎士団は”王の持ち物”だから宰相からの指図を無視できたが、王印を押された書類をいつ持ってこられるか若干ヒヤヒヤしていたのだ。
「私は良いと思いますわ!」
歪んだ世界で、アルフレッドと二人で公務をやり続けてヘトヘトになった記憶があるアメリアは賛成する。
仕事が分散されるのなら、大歓迎だ。
「あと、公爵だから宰相…いや、逆もか。そういうのもやめたい。後を継ぐのも本人が嫌ならやらなくていい。人に見合った能力で、仕事をやらせたほうがいい。…俺は、無理だが…」
ウィリアムが自嘲気味に言うとアメリアは慰める。
「本当にそうですわ。私も数字が回ってくると目眩がしますもの…」
素直過ぎた二人にマーカスとアルフレッドは苦笑している。
「まぁ、宰相は…フォックス公爵家の長男次男は領地に引っ込んでいるから、こちらへ来ないでしょう」
セルトはマーカスよりも少し年上の、常識的な人物だ。領地と領民、そして自分の家族を護るために必死に動いている。
穀物倉庫の調査についても、騎士団へ協力し慎重に対応してくれているのだ。
「そうそう、そこが不思議なんだが」
普通、貴族は与えられた爵位と役職にしがみつくものだ。
なのにメイソンは息子を次期宰相へと教育していない。要職についている中で一番の高齢者だ。
「自分流に整えた舞台で、邪魔をされたくないのでしょう」
マーカスはそう言い、肩をすくめた。
親と子は違う。メイソンにとって、自分の意に沿わない者は不要な駒でしかない。
「兄上の意見…王の権力を分散させる、というのは分かりました。役職はどのようにしましょう?」
この国は王政だから流石に王をその言葉のまま増やすことは出来ない。
「そこは考えてない」
「兄上…?」
「だから言ったろう!向いてないと」
そろそろ開き直ってきたらしい、ウィリアムは笑った。
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