第59話 ウィリアムの自覚

 離れの地下室については箝口令が敷かれ、小神殿に勤めるルギー・フォーミュラが遺体を弔い、地下室を浄化したのちに隙間なく埋められることになった。

 その上には、ルギーの希望で浄化の力が強い木と花が植えられ、小さな祠が建てられることになる。

「手際がいいなぁ」

 庭師の作業を見学していたウィリアムが呟くと、近くにいた職人が笑う。

「逆に言うと、これしかできねーっすよ」

 今日のウィリアムは文官のような服を着ているため、誰も王とは気が付いていない。

「いや、素晴らしいと思う」

 一つでも、他人に負けない事があるのだ。

「そうかい?ありがとうよ、あんちゃん!」

 ははは、と笑いながら手は動いている。自分なら、話しかけられたら作業を中断しないといけない。

(そう言えば…アメリアは剣を振るいながら普通に喋れるな…)

 一度だけ手合わせしたがアッサリと負けてしまった。「アメリア嬢のようなご令嬢は普通居ませんからね」とマーカスには言われたが羨ましい。

 アルフレッドは書類を読んで理解するのが恐ろしく早いし、最近仲が良くなってきた少し年上のオズは記憶力が抜群である。

 どうやったら出来る?と訊けば「慣れです、慣れ」と皆同じような事を言う。

(慣れの前に、向き不向きがあるよな…)

 目の前の庭師たちの仕事は楽しそうに見えるが、自分に出来るとは思えない。

 というか、出来上がっていく様を見ている方が楽しい。

「うーむ…」

「どうした?あんちゃん」

「いや…俺には特技がなくって、どうやったら作れるかな、と」

「そんなきれいな顔してんだから、俳優とかどうだよ」

「演技…かなり苦手だ」

 顔に出やすいし嘘もすぐバレる、と言うと職人は笑った。

「ははは、大抵の男はそうだ!女にすぐ嘘がバレる!…そうだなぁ、今オレたちがやってる中で、どれが楽しそうだ?」

「え?ええと…」

 土を掘る者、花の種を植える者、花の苗を並べて思案している者、木を背負って持ってきている者。

 水を運んできている者に、植えた植物に水をやる者。そしてベンチなど小物を配置している者。

 ルギーの希望を聞いて光の属性に偏った庭を作る、と言っただけで、沢山の人とそれぞれの仕事が関わるのだな、と感心して見ていたのだが。

「…一部の仕事ではなくて…出来上がっていくのを見るのが…楽しい、かな」

 そう伝えると、職人は笑った。

「ははは!それじゃあ王様だ!」

「え」

「高みの見物ってやつだなぁ。ま、分かるぞ。祭りなんかでも準備じゃなくて…雰囲気っつぅの?それを見てるのが楽しいって奴はいるからな」

 オレの倅も目をキラキラさせながら、毎日屋根から通りを見てるぞ、と教えてくれる。

「なるほど…」

 確かに誕生日が来る前までのさわさわした王宮の空気感が好きで、いざ始まると”もう終わっちゃう”と、いつも寂しく思っていた。それはまだ、母が生きていた頃の記憶だ。

(小さい頃から、あまり変わっていないんだな、俺)

 少しおかしく思えてくすりと笑うと、職人は言う。

「ま、頭いいんだからよ、俺たちをたくさん使って、コレくれればいいさ!」

 手でお金のマークを作って彼は笑う。

(そうか…そういう、単純なことでいいのか…)

 今まで難しく考えすぎたのかもしれない。

(自分でも、枠を…大きく作っていたのかも)

 いつだったか、アメリアに言われた王や王妃の枠だ。

「分かった。蓮を移動させた池がちょっと手狭だから…どこかに池を作ろうかな」

 池のほとりに使用人たちの屋根付きの休憩所を作るのもいいかもしれない。

 自分もそうだが、ずっと王宮内にいるのも…石の壁を見続けているのも窮屈だろう。

(リリィもそうだったかもしれない)

 今更ながらに、そう思った。

 大きな庭のある屋敷で、蔑まされず、のびのび生活していることを祈りたい。

「そうそう、王様にも言っておいてくれよ。別荘でも建ててくれーって!」

「別荘?」

「庭がある建物なら、なんでもいいからさ。頼むぜ!」

「なるほど…分かった」

「そんじゃな、頑張れよ!」

 呼ばれたのか背中越しに手を振って男は去って行く。

(公共事業というやつか…)

 だが、パッはいい案は思いつかない。代わりに思い浮かぶのは、いつもの面々だ。

「アルフレッド、マーカス、アメリア…あとはオズ、だな」

 会議がある日は必ず皆に自分で考えた意見を言い、ダメ出しや応援をされて挑むことが多くなってきた。

 これをやらないと宰相および大臣たちとの戦いで力を出しきれずに不完全燃焼に終わる。

(最近は会議もやり直しが効くから助かる)

 以前はメイソンが決めたらそれで終わり、だった。会議もすぐに終わる状態で大臣たちは不満そうな、不安そうな顔をいつもしていたが、何も言えないでいた。

 アメリアが「王様権限でもう一度会議を開いては?」と言い…確かに会議のやり直し禁止などという法律もないため、決まってしまった議題についても再度話し合うことにした。

 お陰で鉱山も危険な山を避ける事が出来たし、道の整備についても古い道から順番に整備する、とすることが出来たのだ。

 王たる自分が主導権を握っている様子に、大臣たちも…特に以前王弟派だった者たちは安堵した表情だった。

 その代わりに、メイソンが常に不機嫌な様相となっているが。

(ま、それはどうでもいい)

 …と思える自分が今ここに居て、息苦しくなることもなく、過ごせている。

 以前はリリィのいる離れへ駆け込んでいたなぁ、と思う。

(だいぶ迷惑だったかな…そうだよな)

 泣きついてきた男の愚痴を延々と聞くのである。自分が逆の立場だったら嫌だ。

「気がつくのが遅すぎた…はは…」

 最近はリリィと手紙のやり取りをしている。会えなくても繋がっている、という感じがして不思議だ。

 前は片時も離れたくないと思っていたのに。

 そんな自分でも、リリィは受け入れてくれている。手紙には「また会える日までにちゃんとします、お慕いしております」と彼女なりの言葉が書かれていて。

(ニヤついた所をアルフィに見られたなぁ)

 ちょっと睨みつけられた気もする。

(そりゃそうだよな…王妃は、アメリアなのに…)

 これだけ助けてもらって恩も感じているが、やはり恋心にはならない。

 アメリアが凄すぎて、彼女の隣に立つ自分が想像できないせいもある。

(アルフィなら…似合うよな)

 言葉に出すと怒られるので頭で考えるだけだが、どう考えてもそうした方がいいように思える。

(アルフィとアメリアで、王と王妃をやってくれないかな)

 自分とリリィはもちろん二人を支えて公務をこなすが、補佐がいい。

(…って都合の良いことを考えるのは、俺の悪い癖だ)

 アルフレッドに全てを任せたら「やっぱりな」と思われるのも、ちょっと悔しい。

 頭をふるふると振ると、王宮の中へ向かって歩き出す。

 自分はトゥーリア国の王なのだ。

「何年だったか…」

 公務や会議に諦めが入り始めたのは、17歳くらいか。2年間頑張ったが、早々に心が折れてしまった。

 そこからはずっとアルフレッドが、メイソンと戦いながら自分の仕事を肩代わりしていた。

「7年か…」

 今もまだ半分以上が彼の肩にかかっているかもしれない。

 だから手際も良くなるし、自分より出来ると思ってしまうのだろう。

(やってないから、当たり前だ)

 くしゃり、と頭をかき混ぜる。

「うん、やっぱり頑張ろう」

 いずれリリィとともにありたい。その夢を叶えるには、公務から逃げていては駄目だ。

 そして王妃教育を1年も経たずに詰め込んだアメリアのように、大至急、自分にも知識その他を叩き込む必要がある。

「勉強は頑張るとして…あとは、仕組みか」

 ずっと考えてきたことがある。

 後はそれを、皆に伝えるだけ。

 今までは勇気が無かったが、今は話しても馬鹿にされないと思える土台が出来た。

(やっと土台だけど)

 綺麗に整えられていく庭を振り返る。

 土を綺麗に慣らすまでに一週間は掛かっている。それを見て土台が肝心なのだ、とようやく気が付いた。

(メイソンにだいぶ荒らされたが…これから綺麗にする時間も、まだある)

 ウィリアムの視線に気が付いた職人が手を振ってくれた。

(彼らを、きちんと養わなくっちゃ)

 陽の光に目を細めつつ、男へ手を振り返してウィリアムは王宮へと戻るのだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る